第六章 少女の王国 31
チャプター31 下川雪
ソファでただぼんやりと天井を眺めていた下川雪は、
「に」
という声で我に帰った。フローリングの床をてしてしと動き回って、かしかしと雪のジーンズを掻いているににを見て「夕飯の支度しなくちゃ」という言葉が自然と口から出る。時計を見ると時刻は三時半を示していた。夏希が帰宅してくるのはあと四十分かそこらだ。
それまでに買い物を済ませておけば夏希にごちゃごちゃ言われずに済む。
そう決めると早い。何故こんな簡単なことに今まで思い至らなかったんだろう。それこそ午前中に全て済ませておけばいい話ではないか。にには歯がむず痒いのか知らないが家に這っているコードとしょっちゅうじゃれている。ねこじゃらしじゃ駄目だ。長く、そこそこ太さのある紐状の物のでないと、その内噛みちぎられる。流石に時間がない。ホームセンターまで行っていたら夏希が帰ってきてしまうだろう。あまりににを一人にしたくはない。いいや。それも明日行けばいいさ。そうだ。フローリングは歩き辛そうだから、カーペットも一緒に買ってきてあげよう。掃除は面倒になるが時間は有り余っている。柄はどんなのがいいか。
「待ってて」
そう言い、雪は玄関を出、扉に鍵を掛けた。扉を閉める直前、「に」と寂しそうにこちらを見上げるににに申し訳なさが募った。その拍子に昨年から続いた夏希に関する一連の不幸――そう……正に不幸だった――が、想起されるも固い意思でもって脇へと押しやった。
鍵はいつもの鉢の下に隠して置く。この鉢にも適当なお花ぐらい飾った方がいいかもしれない。そう。それは明後日でいいんだ。
久しく忘れていた生きる気力が湧いてくる。




