第六章 少女の王国 24
チャプター24 誰?
「誰だと思う?」
翌日、犯人探しが始まった。当然と言える。禁止にすればするほど人はそれが何か気になるものだし、第一、ああは言ったものの、寧々は納得していない。
真逆本当に犯人が名乗り出るとは予想していなかった。あのくらい脅しておけば、生真面目な冴木先生の性格上、嘘を付き、あの場をやり過ごすということはないだろうと。するとつまり、本当に誰かが名乗り出たのだ。
「ここまでで、名前の出ている人が犯人なんでしょ?」
相棒、向日葵は面白がるようにノートを眺めている。ノートには時系列や交友関係、夏希との関わり等を記入してあった。四年四組、男子十六名、女子十六名、計三十二名。
「ここまでしてくれなくても……」
遠慮するように夏希が言うが、向日葵が太ももをぎゅっと締めてやると黙った。
現在、夏希は向日葵の膝上に無理やり座らされている。腹に腕を回されていて、夏希は窮屈そうだった。助けてやるつもりはない。
「そうね。佐奈さん。あと、あの時出ていった男子の数人は除外していいわ」
「夏希ちゃんが登校したのが七時四十分前くらいだよね。その前に登校していた人となると」
「前どころか前日も含めるわ。夏希が帰った後に残ってた人も当然」
「覚えてる?」
「……動機の線から辿った方が早そうね。最も夏希に思うところがありそうな人物を」
「先生張っとく?」
「それはつまらない」
「寧々は誰だと思う?」
先程した質問が自分に帰ってきた。いいでしょう。寧々はここまで自らの考えを述べる。
「恵、陸、てすらま、いろは――この辺りかしら。怪しい順で言うと」
「あたしとしては陸一択かなあ。男の嫉妬は醜いよ~」
「りく……」
夏希の呟きに二人は夏希の顔を覗き込んだ。遠慮することなくじろじろと。
「夏希ちゃんにとって陸ってなに?」
「あれから何かあった?」
あれとは給食事件のことだ。陸が夏希に対して暴言を吐き傷付け、彼と仲の良いレンが陸を殴った事件。寧々と向日葵は当然夏希の事情は知っていた。可哀想だが、下手に同情しても何も解決しないことくらいは分かる。いつものように根掘り葉掘り聞こうとはならなかった。掴んでいる事情が真実ならば、全く好みじゃなかったからだ。
こういうのは何も考えさせないようにするのが一番。朝から画鋲の件で夏希をどうにかしようとはしていたのだ。そのまま給食の件は触れずに連れ回すことにした。
ここまで給食事件には一切触れていない。
「幼なじみ」
「で?」
「それだけ?」
「それだけになった」
「……そ」
なったとはどういうことだろう。友達ですらなくなったという意味か。それとも好きが絡んでいたのか。友達や好き。感情を載せた言葉がその後も続くようであればどうにかしてやろうかとも寧々は考えていたが、どうにも彼女の心に浮かんでいるのは諦念とか距離を置きたいとか、その手のもののように思えてならない。
「いいわ。男なんて吐いて捨てるほどいるのだし、向こうが土下座してきたら許してやるくらいの精神でいるのよ」
「そうそう」
「何で恵ちゃんですか?」
寧々の話を聞いてるのか聞いていないのか――切り出し方やタイミング的に後者だと判断する――とりあえず捨て置き寧々は応えてやることに。
「猫」
「猫?」
「あなたいろはさんに猫貰ったとか言っていたでしょう?」
「うん。あ。はい」
そうなのだ。土曜日、いろはが夏希の家に突然やって来て猫をやったらしい。置いてきた、押し付けられたと言ってもいいくらい強引に。尋ねると、いろはは何かよく分からぬ理由を述べていた。
夏希には何が何やらといった感じだったが、母親は「いいんじゃない。夏希ちゃんがいいなら」と言うし、反対するかと半ば予想していた父親も笑顔で許可してくれたという。夏希はなし崩し的に飼うことにした。そんな話を今朝した。猫はまあまあかわいいらしい。いろはと夏希が「猫ちゃんどう?」「元気」「かわいいでしょ?」「顔以外かわいい」と、会話しているのを寧々も向日葵も見た。その二人に視線をやる恵のことも。
「恵ちゃんいろはさんの言う赤ちゃん猫? に、興味津々だったらしいじゃん」
「そうね。転校初日。今度家に来たら猫見せて上げる、なんて約束してたわ。ぼうっとしていろはさんのことずっと見てたからよく印象に残ってる」
「貰えると思ってたんじゃないかなー?」
「たぶん。その後も随分いろはさんにはご執心みたいだし。やっかみ買ってるんじゃないかしら」
「やっかみ? あたしが?」
「そう。あの子ヒエラルキーだとか凄く気にするらしいから」
「ひえ?」
「ラルキー。友ちゃんが愚痴ってたよね」
「ふうん?」
「つまり、夏希はいろはさんみたいな人気者とわたしたちのようなヒエラルキーの頂点に立つ者たちに気に入られてその上能瀬恵が欲して止まなかった赤ちゃん猫まで貰ってる。地位と名誉と権力と猫まで手に入れたあなたは能瀬恵から見れば羨ましくて仕方ない存在ってことよ」
「はあ……頂点?」
「あたしたちの師匠だから正に頂点だね!」
「そういえばあなた男を篭絡する手解きはどうしたの? 福田良夫のことね。早く。思い出したわ。ご指導ご鞭撻のほどをよろしくして見せて」
「何言ってるのかわかりません」
「考えるな感じろってこと?」
きゃいきゃい騒いでいる内に何の話だったか忘れていく。寧々はここまでやっても全く笑顔を見せてくれない夏希にもどかしくなっていた。




