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第六章 少女の王国 22

 チャプター22 イジメ


 地味な嫌がらせが続いた。

 給食の配膳の際、量が微妙に少ない。行く先々で女子が行く手を塞いでいる為、強引に通らねばならない。強引に通ると必ず体が当たる為、気を使う。この前なんかはセクハラ呼ばわりされた。下駄箱を開けると上履きが裏返しになっている。或いは横倒しになっている。ロッカーに貼ってあるネームシールが半分ほど剥がされている。休み時間、教室に戻ると自分の机の上に女子たちが座っている。近づいてもどかない。クラスの女子たちが「理想のデートは?」「恋人は何歳までに欲しい?」「結婚は何歳までにしたい?」「相手に求める条件は?」など、マセたアンケートをクラス男子全員に取る中、自分だけハブにされる。

 そんなレンに対し、勢い込んで友は言った。

「わたしもおんなじことされた!」

 驚きでろくに反応している間もなく友はその詳細を告白し始める。その表情は真剣だが、泣きそうに見えた。事実、話している内に彼女の声はどんどん嗚咽に塗れてくる。

「あのね。少なかったりわたしあんまり食べないからいいんだけど。でも野菜はきちんと食べないといけないよってお母さんにはいつも言われてるから食べるようにはしてたんだけどすぐおかわり行くなんて恥ずかしいからそれもできないでいて今日だって行ったら上履き裏返しになってたしネームシールは剥がされてなかったけど通れないとかもなかったんだけどねわたし掃除当番中庭の掃除なんだけど教室戻ったらわたしの机だけ前後逆になってて」

 その後は「ふ~っ、くっ……、う~っ……」と言葉にならない嗚咽が続いた。聞きながら、自身のやられてきたことも踏まえながらレンは思った。嫌がらせにしても地味過ぎる。

 告発しにくい。もっと派手にやってくれるんなら幾らでも帰りの会で吊るし上げるなりなんなりできそうではあるが。今の段階だと、いちゃもん付けてきたどうたらで余計に嫌がらせが悪化しそうだ。その前にしらばっくれるだろう。さてどうしようか。

 レンも困っていた。他はいいが、給食が地味に嫌だ。友の言っている通り、食べてもないのにすぐにおかわりに行くのが微妙に恥ずかしいのだ。何かされてるんだと自ら喧伝しているようで目立つ。かといって食うの早い奴はかきこむように食って速攻おかわり行く為、あんまり時間空けるとおかわりする物がなくなっている。

 犯人は分かりやすい。

 判明している。

 給食配膳の担当も、通路塞ぎも、机椅子も、アンケートも、今の教室掃除担当も。全部に全部、共通している奴らがいる。

「てすらまなあ」

「うん」

 レンより少し高い位置にある友の顔を眺める。彼女は被害者だ。てすらまの被害者であると同時にレンの。

 肇真那にはあの言うに何も言えなかった次の日、レンは別れを告げた。帰り道で言おうとは考えなかった。どうせ押し切られたのだ。自分も同じことをしてやろうという気持ちで二時間目休み真那に近づき、「昨日の話なんだけど全部なかったことにしてくれ」と一方的に告げて離れた。真那の顔は見なかった。周囲は何だろうと訝しんだ様子だった。

 これが良くなかったらしい。後から菊や椿に聞いた話では、既にあの段階でレンと真那が付き合い始めたという噂は広まり始めていて――というより自慢するようにてすらまが周囲に吹聴していて――向こうはわざわざみんなの前でレンがそれを告げたことにより、いらん恥をかかされた、という認識らしい。

「なんだそりゃ」とレンはそれを聞き零した。

「あんなことするくらいなら最初からOKするんじゃねーよ」とか「自分から真那とそういう感じになっておいて信じらんない」とか「性格最悪じゃん」とかまあ言いたい放題

 と、菊と椿が言っていた。

「君らも大概言いたい放題だったじゃないか」

「はあ?」

 横にいた愛がぼそっと鼻で嗤いながら呟き菊椿愛間で口論が始まったのはご愛嬌。

「でもそれで何で友ちゃんに意地悪がいくんだ?」

「それは……だから……」

 友は一瞬「分かんないの?」とでも言いたげな目つきでレンを見た後に、そっぽを向き、やっぱり顔を戻してレンを見、何か言いたげに口を開きかけ、結局やめ、最終的に俯いた。レンの見てる合間、頬はみるみる紅潮していき、耐えられなくなったのかぼそっと零す。

「わたしがレンくんを誘って。レンくんがそれに乗ったから真那ちゃん振ったって」

「はあ」

 はあ、としか言えない。本当に行動を深読みし意味を見出すのが好きな連中である。てすらまだけじゃなく女子ってみんなそうなのだろうか?

「違うって言えばいいじゃん」

「それは……だって言えないもん」

「仲悪いの?」

「ただの又聞きだから。それに……」

「それに?」

「なんでもない。あの子たち嫌い」

 春の霞掛かった青空を見上げ考える。確かに面倒な連中だ。良夫の話はいろはのことばっかりで、てすらまの話は一切出てきていない。それはそうか。いろはのように目立ち、クラス全体を巻き込む(良夫の話からの想像でしかないが)ような奴の方が珍しいのだろう。

 良夫の知らないところでの個人間での衝突だって絶対あったはずだし、問題にするまでもないわだかまりや、イライラだって生まれていたはずなのだ。良夫は今でこそああだが、基本無頓着というか――ありていに言って鈍い。

 てすらま。三上てすかと二之瀬ラン。あと、肇真那。てすかとランはともかく、真那がこの件について特に否定するでもなく、てすかとランを止めるでもなく、流されるように友&レン虐めに加担しているのは意外だった。

 大人しそうなイメージで、掃除当番中レンが会話した限り、虐めを進んで行うような子には見えなかったのだ。けれど、通路塞ぎには真那がいた。一回や二回じゃない。三回だ。

 そう。掃除当番。相変わらずレンは一緒だった。まだ新学期二週間そこら。班替えはない。お互い気まずいかと思いきや、どうも向こうはレンのことを嘲笑している雰囲気が伝わってくる。同班のランと一緒に。いや、昨日はそうだった。が、今日は夏希に対してか。

 レンの思っていたような子じゃないのかもしれない。

「ん?」

「どうしたの?」

「あいやさ」

 涙が引っ込んだのか「すん」と鼻を鳴らして応える友。そんな友に罪悪感を覚えつつ、レンは言う。

「時系列がおかしくないかなって」

「じけいれつって?」

 ああ、良夫と愛が感染ってる。分かりやすいように、己の中で芽生えた違和感を言葉に換えようと試みる。

「俺と真那ちゃんが付き合った。……付き合ったって俺は思ってねーけど。でさ。その日、帰りに下駄箱からちょっとだけだけど真那と歩いて。そんで別れたじゃん?」

「前に二人並んでてすごく通り辛かった」

 拗ねるように友は言った。

「う。ごめん。で。俺と友ちゃんがその後一緒になって帰ったじゃん。次の日、真那ちゃんに昨日の話全部無かったことにしてくれって言ったんだよ。別れてくれって。どうしてそれで友ちゃんのことが噂になるのかなって」

「あれ?」

 友はぽかんと口を開けた。

「でしょ? 友ちゃんとは学校で話すことなかった。今日だってたまたま一緒になっただけじゃん? いつだっけ? あの日以来でしょ? 真那と付き合うとかごちゃごちゃした日以来。友ちゃんが俺を誘ったなんて。そういう噂になるのがすでに変じゃん。だって話してないんだから俺たち。学校で。ああは言ったけどさ。この前。通学路」

 背後を見た。ランドセルを背負った人間は自分たち以外見当たらなかった。

「誰か見られてんだったらべつだけどさ」

「……そんな」

 レンは考える。こちらの道。通学路。良夫や他の人間もいると言えばいる。人数の多い学校だ。あの日、友と話したときに誰かが友とこうして話していることを目撃していて、そこからてすらまの耳に入り、あらぬ噂を流されたというのが適当なところか。

 ――でもそんなこと言い始めたらそれこそ学校では菊や椿と話したし、愛ちゃんとだって話し……てはないけど、一緒の輪の中にいたしなあ。それに……。

 ――今噂立てるなら友ちゃんより夏希ちゃんの方がぽいような……。

 三日前のこと。レンは陸を殴った。給食の時間。クラスのみんなの前でである。誰がどう見てもレンが夏希ちゃんの件で腹を立てて殴ったのは明らかだったろう。今のタイミングで噂を立てるなら友ちゃんよりも夏希ちゃんのがぽい気がする。こんなこと考えるのも嫌だが、誘ったというなら、夏希ちゃんの事件に乗っける方が、噂が浸透しやすく思える。より嫌がらせ感が増す。てすらまが友ちゃんに対して個人的な恨みでも抱いてるんだろうか。てすらまと恵友佐奈グループ。あまり仲が良い印象は受けない。

「やだな。学校行くの」

 ぽつりと友が零した。

「最近恵ちゃんもいろはさんのとこばっか行っちゃう。一緒にいる佐奈ちゃんにも悪いし」

 佐奈ちゃんにも悪いとはつまり、わたしと一緒にいることで佐奈ちゃんにも迷惑が及ぶ、というのを申し訳なく感じているのだろう。

「学校でなるべく一緒にいる? 二人なら手出ししにくいだろうし」

 頭では陸の『拓真の精子が掛かったメシなんて食えるかよ』が浮かんでいた。この三日間繰り返し脳内で再生したシーン。腹が立って仕方なかったのだ。

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