第六章 少女の王国 21
チャプター21 おかしな二人
夏希は緊張している。なんだろう。ここ最近妙に情報量が多い。頭がパンクしそうだ。
「四十二回」
「三十秒以上見ていたのが五回」
「十二回」
「一分以上の会話が計七回」
「回数の差はあまり参考にならないかもね。教室に現れる回数が他の生徒より少ないから」
「聞いてるー?」
びくっとなった。後ろにあった顔が横にある。
「う、うん。聞いてたよ」
聞こえてはいた。聞こえていただけで意味が分からなかっただけだ。
夏希は周囲を見渡した。
――変な場所知ってるなあ。
あれから二時間目休みは何事もなく過ぎた。結局何も無いのかと安心していたのだが、昼休みに入るや手を引っ張られ連れて来られた場所がここだ。二階音楽室横外にある非常階段。校舎の割に新しい造り。敷設された時期が違うのかもしれない。風はない。が、時期が時期だ。まだ肌寒い。尻から伝わる温度が冷たい。
「そんな場所いないでほらこっちこっち。真ん中。はい」
「あ、ありがとうございます……」
二人から離れ座っていたのだが、結局引っ張られ階段を一段二段と上がらされた。夏希を挟み左右に向日葵と寧々がいる状態になる。二人とも自前の膝掛けを持ってきており、一枚を三人覆うように頭から掛け、一枚を覆うように膝に掛ける。毛布じゃない。ただの膝掛けだ。当然サイズは小さい。自然三人寄るようにしないと左右の人間が入れない。夏希はこれまで接点の無かった人間に左右からサンドイッチされるはめになる。状況がよく掴めない。
多少温かくなった。
「ここ先生は来ないんですか?」
「あなた敬語キャラなの? でもやるなら徹底すべきよ。さっき崩れてたわ」
「あごめ」
「すいませんよ」
「すいません」
「大変よろしい」
「ねえそんなことよりどう思った今の話」
どうって。
「何の数字な……だったんですか?」
「やっぱり聞いてないんじゃん。福田良夫が後藤いろはと崎坂愛を見た回数だよ。四十二回が後藤いろはで十二回が崎坂愛ね。これ昨日の話。なんなら先週のデータもあるけど聞く?」
「いえ。え……? 回数? 何の?」
「だから見た回数よ。ね。どう思うのかって聞いてるの」
「どうもこうも」
首が辛い。左右から順番で話しかけないで欲しい。
「数えてたんですか? 回数を? なんで?」
「なんでって」
「答えはひとつしかないじゃない。男が女を見る。恋の波動を感じるの」
恋? 陸の家でやったハドーケンが浮かぶ。ハドーケンが名前じゃないのか。なんだったっけ。あれ、面白かったな。うちゲームないし。またやりたいな。夏希は益体もないことを連々考える。ハドーケンハドーケンハドーケンハドーケンハドーケン。
「たまたまそっちに目がいっただけでは――」
「それもあるでしょう。だからあくまでわたしたちがカウントしたのは三秒以上見つめていた回数のみよ。三秒以下も含めればもっと多いわ」
「ふうん」
「ぼーっとしてるんだよね。ぼーっと。後藤いろはを見る時は」
自分もここ最近ぼうっとしているかもしれない。少し冷静になった。
冷静になったところで、良夫のそれはただぼーっとしてただけではないのかと言いそうになった。
「崎坂愛を見る目は違うわね。なんというか、あれは友人に向ける目ね。でも万が一ってこともあり得るわ。備えあれば憂いなしよ」
「はあ」
「あたしたちに向ける目は違うよね」
「そう。あれは情熱? それとも――」
「獲物を見る目だよ絶対。狙われちゃってるんだよあたしたち」
「結論は出すのは早いわ。恋は盲目。その精神を忘れずにいなさい。観察を怠らず現状をまず把握するのよ。一、問題には早急に手を打つ。二、ライバルは極力排除。三、一緒にいる時間を増やす。疎かにする人が多いこと多いこと多いこと。一緒にいればいるほど相手を好きになるというのに。半ばそうならざるを得ない雰囲気を作るのがコツよ。偉い人が言ってた」
「寧々が友ちゃんに言ってたやつじゃん」
「そんな些細なことは忘れた」
「口調崩れてるよ」
「忘れてたわ。二つの意味で」
「あの」
「なに?」「なに?」
二人の会話に割る形で言った。同時に迫られる夏希。お母さんの元へ帰りたくなる。
「何の話をしているんですか……?」
夏希の言葉に二人はきょとんとした顔をした。夏希越しに顔を見合わせる。
「あなた意外とにぶちん?」
「ちん?」
「夏希ちゃんのこと好きな男子いっぱい知ってるよー。てか夏希ちゃんて分かっててやってるのかって思ってたけど」
「ええ。手玉に取って遊ぶ系じゃないの?」
「お手玉遊ぶ系……?」
夏希の言葉に二人はきょとんとした顔をした。夏希越しに顔を見合わせる。
「天然とは斯くも恐ろしいもの」
「よもや我々が教えを乞うべき立場では?」
「なるへそなるへそ。作戦の大幅な変更が必要。ね」
「作戦……?」
「えっとね、あの、ね」
と、そこで向日葵が言い淀んだ。夏希が見たことない表情をしている。頬が赤く、唇を震わしている。かわいい。素直に思った。
「ストレートに言わないと伝わらないわよ。たぶん。この子」
寧々が助け舟を出した。それで意を決したのか決然とした瞳を夏希に向ける。
「福田良夫のことが好きなの。あたしたち。ラブね。ラブ。それで夏希ちゃんに助けになって欲しくってこうして話し掛けたんだよね」
「良夫? 二人が? ラブ?」
聞き間違いかと思った。似合わないなんてもんじゃない。しかし目の前の向日葵はこっくりと頷き、右横に座る寧々も視線を向けれてみれば一瞬躊躇いつつも力強く頷いた。
「なんであたしですか?」
「あなた後藤いろはと崎坂愛とよく一緒にいるでしょう? さっきも言ったけれど、福田良夫がその二人に視線を向ける回数がかなり多いのよ」
「で。好きなのかなって思って。まずはそれ訊きたくてね。聞いてる知ってる?」
「そんなはなししてない。です」
悩むまでもなく応える。むしろ口調の方に悩む。
「そこは想定の範囲内。福田良夫とは? そんなはなししてる?」
「してない。です。でも」
「でも?」「でも?」
「愛ちゃんは男子の中で話せる人が良夫と、あとレンくんくらい? だから、見る回数多いだけじゃないのかな……仲が良いだけじゃないですか?」
「ふむ。そこも想定の範囲内。だからね? 当初の作戦は崎坂愛をそこそこイケメンで人気もあるレンと上手いことくっつけといてまず排除しておいて、後藤いろはの方はまだ転校したてで情報も少ないから、あなた経由で情報を聞き出しておいて適当にわたしたちがその誰かさんとくっつけちゃおうかと計画してたの。顔の好みくらいあるでしょ? だからこうしてあなたを呼んだのよ。下川夏希さん」
「レンはあれ最近肇真那と付き合いだしたっていう話もあったけどちょっと前に別れたのは把握済み。別れを切り出したのもレンからで、そのレンは崎坂愛を見ている回数が異様に多い。昨日だけで七十二回。三秒以上見つめていた回数が内五十回」
「小学校の男なんて顔さえ良ければ好きになってしまう。女子もまた然り。お互い言い寄られて悪い気はしないはず。ならば適当にお膳立てして周りから盛り上げておけばいけるわ」
「今まで散々やってきたからねー」
「だけどあなたのお陰で考えが変わった。いえ。思い知らされた」
「自分たちが逃げていたんだってことに」
「ええ。逃げていたのよ。恋って臆病になるのね。ちょっと。いえ。幾ら何でも回りくどすぎたわ」
「もっとストレートにいくべきだったね」
「というわけで」
「ていうことで」
「どういうわけで?」
マシンガントークに合わせ、左右からぐいぐい寄って来られ、夏希はもうぎゅうぎゅうだ。頬と頬がくっついてる。おしくらまんじゅうじゃないんだから。言ってることの意味も半分くらいしか分からない。し、理解しようとも思えない。想像していたよりだいぶ変な子たちだ。なんなんだろうこの子たち。ああ、押しが強いのか。だから頂点にいる。いつもいる。誰も彼女たちの流れには逆らえないんだ。
牛頭馬頭は言う。左右から。頬をもごもごと動かして。
「よろしく。師匠」
「もちギブアンドテイクね。その精神は忘れてないからあたしたち」
「まずは画鋲の犯人探し」
「ボロクソにしてやろー!」
たった一本の画鋲でこの二人に目を付けられた誰かさんに同情せずにはいられなかった。




