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第六章 少女の王国 16

 チャプター16 画鋲


 一本の画鋲によって凪いでいた海が再びざわめき出す。

「いつっ」

 上履きに入っていた小さな悪意。己の足に深々と刺さった金色の画鋲を片足立ちで見る。表面には錆びが浮いていた。錆びがじわじわと自分の中に侵食していくようで慌てて刺さった針を取った。血は付いていなかった。

 登校再開時が夏希にとっては異例だっただけで、基本的に夏希は朝早い。余裕を持って起きるし、余裕を持って登校している。お母さんにお昼ごはんを作ってあげておかなきゃいけないのもある。

 時間帯。まだ早いとはいえ、早い者は早い。人はそこそこいる。突然声を上げ、よろけた夏希に後方からやって来た同クラスの牛頭寧々がぶつかった。

「なに騒いでるの? 朝から。そこどいて邪魔だから」

 牛頭寧々は目付きが悪い。高飛車な態度で悪態を付く顔の綺麗なこの子を、崎坂愛に例える者は多いが、夏希にとって寧々と愛は明確に違っている。

 愛だって口悪い。目付きも良くない。しかし、愛は口悪くとも相手への労りが感じられる。言い回しが迂遠で分かりにくくってひたすらに上から目線。その割に恥ずかしがり屋で引っ込み思案だから誤解を受けやすいだけでアレは基本的には優しい子なのだ。それはやたらめったらと愛に絡んでいっては煙たがられていた夏希がよく知っている。

 愛は半眼でも目つきが終始穏やかだ。不遜だが、どこかに卑屈さが滲んでいる。

 対して、寧々は終始こちらを睨んでいるよう。見られていると、自分の何がそんなに気に入らないのか、と心配になってしまう程である。じいっと見てくる。

 感じてはいた。ここ最近こちらを見ているな、と。

 元来夏希はコミュニケーションが得意な方だ。しかし、事件のこともあって、自分が今どう見られていて、どう思われているか、その辺りにまだまだまだまだまだまだまだまだ不安があった為、交流の輪を広げるということを必要以上にしていなかったのだ。元四組の菊椿愛+転校生いろはのグループで固まっていた。居心地は良かったから。

 夏希は元四組、寧々は元六組。まして相手は夏希なんて及びも付かないくらいに交流の広い他クラスどころか上級生とも繋がっているという噂の情報強者、四年生女子、裏の総番長、牛頭寧々&馬頭向日葵。たぶん、夏希の身に起きたことなど全部知られているはずだ。

 関わり合いになるのはよくない。

 それくらい今の夏希でも分かった。

「ごめ」

「そうだあなたたしかあのいけ好かない女と仲良かったでしょう」

 片足立ちで横に飛び跳ねようとしたところ。後ろから早口で襟首を掴まれた。夏希はバランスを崩しよろける。ぶふぉん、と抱き留められる。転げそうになっているのを防いでくれたらしい。相手の胸でもぞもぞと半身を動かし、お礼を言おうと口を開きかけ、目の前にあった顔を見、夏希の動きは停止した。ニヤ~~~、とでも聞こえてきそうな笑みを寧々は浮かべている。朝の日光で顔半分が影になっており凶悪さは倍増だった。なんで絡まれているんだろう。あたし。夏希、嘆く。

「い、いいい、いけ好かないって」

 夏希の頭には画面四分割で菊と椿と愛といろはの四人が浮かんでいる。人によっては全員いけ好かない奴だ。

「コレ」

 顔を向ければさっきまで夏希が持っていたはずの画鋲を摘んでいた。いつの間に取られたのだろう。

「犯人。やった奴わたしたちが突き止めてあげるわ」

「たち?」

 抱かれたまま呟いた。もうひとつの影が夏希を覆った。

「やっほー。夏希ちゃ~ん。あたしのこと知ってる?」

 ひょっこりと牛頭寧々の肩から顔を出したのは寧々の相方だった。夏希は「へあ」と息を漏らし、

「ひ、向日葵さん」

 と、呟いた。

「向日葵でいいよー。あごめん嘘。やっぱりどっちでもいーや。夏希ちゃんの呼びやすい言い方で。……で? どうする?」

「向日葵さん」

「あっは。いいじゃん。夏と向日葵。良ーいコンビになれそうじゃない? ね?」

「いえ」

 疑問に思う。何でこの二人を怖く感じるのだろう。身長のせいだろうか。顔か。自信満々なところだろうか。口調か言い回しか。こっちの知らないヤバイ事情でも知られているんじゃないかという二人の持つ独特の雰囲気だろうか。

「その代わり」

「代わり?」

 寧々が再び口を開いた。繰り返した後で「ああ……」と夏希は思う。犯人がどうとかいう会話、続いていたのか。続かないで欲しい。色々と。

「協力しなさい」

 ――そろそろ、離して欲しくれないかなぁ。

 通り過ぎる人、みんなが見てくる。


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