第六章 少女の王国 12
チャプター12 戒場レン
五十メートルってマジで何もできねえな。
小さく手を振り返しながらレンは罪悪感に駆られている。目の前にはスキップするみたいに軽やかな足取りで帰って行く真那が。肇真那。レンからしたら同じクラスで掃除当番一緒、くらいの認識しかないのだが。今、俺たち二人はカップルらしい。噂はたぶん明日にもクラスを駆け回るだろう。そして明後日くらいには学年中を駆け巡るだろう。愛の顔が浮かぶ。それを聞いた時、愛はどう思うのだろうか。どうとも思わないかもしれない。だって、たぶん、愛は良夫のことが……。
「はああああああああ」と、レンは深く深く肺に残る息を全て吐き出し――、ていたところでレンの瞳がすぐ真横を通り過ぎようとしていた少女を捉えた。
「友ちゃんじゃん。げっほ……今帰り?」
クラスメイトの六角友がすぐそこまで歩いてきていた。むせた。友はレンの様子がおかしいことに引いているのか、それとも声を掛けられたことに戸惑っているのか、
「え。あ。うん。か、かい?」
あたふたし始めた。名前をまだ覚えていないのだろうとレンは当たりを付ける。
「レンでいいよ」
「……レンくんは今帰り?」
友はほっと一息付いた。少しだけ表情に笑顔が見えたが、まだ緊張しているのだろう。レンは教室内での友の様子を思い浮かべた。能瀬恵と弓矢佐奈といつも固まっていた。この三人は元二組だったはず。新しいクラスになり、能瀬は色々動いているようだが、今のところまだあまり交友を広げられているとは言えない。恐らく、能瀬は元来コミュニケーションが得意な方ではないのだろう。の割に、妙にコミュニティに対する意識が強い。注視していれば分かる。あれじゃ却って空回りだ。
同性、というわけにはどうしたってできないけれど。多少なりとも交友関係を広げるお手伝いが出来れば、という想いでレンは声を掛けている。気持ちは分かる。クラスで気軽に話せる人が少ないとちょっと肩身狭いよな、と。
「ああ。あのさ。これから同じクラスじゃん? それで帰りも方向一緒。ずっと俺、友ちゃんのこと知ってはいたけど、まあお互い知らないから無視してたじゃん。でもこれからはそういう風にするのも疲れるかなって」
「かなって?」よく分からない、という表情を示す友。
「気楽に話せればお互い楽じゃん」
「ああ」と、友は微笑んだ。そうして言う。
「レンくん話しやすいね」
レンは返す。
「よく言われる」
「じゃあね」
「うん。ばいばい」
十五分程歩いたところで二人は別れた。お互いさっと手を振り返す。後には何も残らないさっぱりした関係。こういうのが一番いいよな。レンはふっと鼻で笑った。友は落ち着いていて話しやすかった。アニメの話を振ったら喰い付いてきてくれた。これから三年間。帰り道でたまに一緒になった時アニメの話が出来たらいい。
「……」
しかし下心が他に無かったと言えば嘘になる。
いろはは良夫が心配していた通りのグループを形成し始めている。愛の動きは良夫もレンも予想外だったが、いきさつが予想外だっただけで一応は良夫の指示通りだ。対して自分は? 愛ちゃんに対してレンは? 何も出来ていないじゃないか。でも、注意しろって何を注意すればいいんだ。良夫だって何か馬鹿なりに動いてる。ぐっ、と良夫に対する気持ちを抑える。馬鹿を心の中で訂正する。
複雑だった。今まで見下していた相手だからだ。今はそんなことを思ってない。はずだ。
相手は大人であり、そしてレンの絵の師匠であり、プラスしてレンの恋敵だ。心なしかレンの知っている良夫より表情が引き締まっている。気がする。気がするだけかもしれない。
情報収集。これでいいんだろうか。間違ってはないだろうが、どうにも、二人に比べて前に進んでいる感じがしなかった。




