表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/322

第六章 少女の王国 8

 チャプター8 てすらま


 伝説の桜の木の下。

 というらしい。呼び出されたその場所は。レンが呼び出されたその場所は。この場所で告白すると必ず成功するという噂の場所は。

 女子たちとも話すレンだからこそ知っていた、というわけではべつになく。小六の姉と小五の姉からもそういえば聞いたことがあっただけ。真逆自分が呼び出されることになろうとは。同学年男子たちでこの伝説の桜の木の下とやらに呼び出された経験のある男子たち……というか女子からの告白を受けたことのある男子はどれくらいいるのだろうと、その人生初めてとなる告白を受けながらふと想う。

「話してて楽しくってだから付き合ってください」

 そういえば今し方女子が頭下げて立っているその場所で男子が頭埋めて随分ベクトルの違う告白をしていた。菊池拓真。その名前と存在に嫌悪感が湧き、腹の中で抑える。目の前の少女には関係ない。しかし……。

「うん」

 レンにはいまいち性的なものに対する興味が欠けていた。胸やお尻やあそこなどを触りたい見てみたいという同年の男子たちのエロ談義は理解出来るが、そんなものより大道寺知世のパンツが見たい。そういえばこの前良夫から借りたラブひなでは女の子たちの裸が載っていた。目の前の少女とラブひなの話は出来るだろうか。出来ないだろうな。

「やった! 真那ちゃん成功!?」

「ね! やったじゃん!」

「うん?」

 茂みから女子二人が現れ、真那と呼ばれた少女に抱きついた。二人に挟まれ窮屈そうにしているが、決して嫌そうではない。その顔には照れと告白が無事終わったことによる安堵が浮かんでいる。

「おい」

「あーごめんね? 見ちゃってて。心配だったからさ。真那ちゃんがちゃんと出来るのかどうか」

「おい。おめーも真那ちゃん泣かせんじゃねえぞー」

「相槌打っただけなんだけど」

「なにか言った?」

「あ?」

「……」

 苦手なんだよなあ、こいつら。レンの頭に浮かんでいるのは二人の姉だ。強引で有無を言わせないところがそっくりだ。顔は似ていないけれど。チラ、と恥ずかしげにこちらを一瞥してくる少女を見てイラッとする。それどころではないのに。妙な奴らに絡まれた。

 夏希が登校してきて三日目。クラス関係がぐちゃぐちゃと変動し始めた。人の心を掴むのが上手いという良夫の話は、言っていきなりそんな仲良くなるということもないだろうと高を括っていた。人間関係をある程度卒なく熟せる自分がまだ探り探りなのだ。転校生、しかも身体にハンディキャップを背負っている人間。軽んじられるだろうと。立ち位置や扱いは身体の大きさや声のデカさで決まってしまう。小学生なら尚の事。姉、松司。その他今のレンのクラスメイト達。生きてきて根付いた常識といっても良い。

 後藤いろは。

 確かにあいつは違う。

 身長は普通。多少はある方か。だけど身体は華奢な方。声も目の前のこいつらみたいにでかくはない。正反対と言っていい。相手を労るような声。優しい。健気。可憐。聞こえは良い。が、レンが知っている、今まで見てきた、そういう形容を受けるような奴らは、言い換えれば引っ込み思案と同義だった。それは男子も女子も変わらない。

 あの容姿。ハンディキャップも逆に作用しているのか。座っているだけなのに、隅にいるのに存在感がある。ああいうのオーラというのだろうか。

 意識を戻す。

 目の前の三人に意識をやる。クラスの女子第二グループに意識をやる。

 三上てすかと二之瀬ラン。それから今告白してきた肇真那。略して『てすらま』。

 声のでかい二人にくっついて苦労している女子一人の三人グループという認識だ。見ていて自身を思い出す。姉と俺。そんな話を真那にした。同じ班。掃除当番の時だ。『話してて楽しくって』とはつまりその時のことだろう。レンとしてはただ苦労話を共有したかっただけなのだが。「大変だよな。近くにあーいうのがいると」「なんのこと?」「あいつらだよ」「ああ。くすくす」みたいな流れを音楽室でやった気がする。楽しかったか?

「じゃーそういうことでねー」

「は? どういうこと?」

「今日一緒に帰れよ。レン」

「家の方向ちげえじゃん」

「ちょっと一緒じゃん」

「五十メートルもねえじゃねえかよ」

「じゃあ真那行こ」

「うん。ばいばいレンくん」

「……ばいばい?」

「きゃあーーー!」

 きゃあきゃあ言いながら走って去って行った。ぽつんと一人手を振り返しながら思う。自分の行動その一挙手一投足に意味を見出され勘違いされるなんて堪ったもんじゃない。だけど、ああいう輩は揚げ足取りの達人だ。冗談も本当にされる。ああいうのに絡まれたら最後、底なし沼とは言わないまでも泥沼が待っている。経験から知っている。めんどくさくなるんだ。さてどうしよう。クラスの動向を見守っててくれと頼まれとりあえず影から注視しようと考えていたレンだったが、動乱の只中に放り投げられた気分だった。押し出した奴は誰だ? いろはか? いや。いろははたぶんまだ『てすらま』たちと話しているのを見たことがない。第一第三グループの数人だったら初日以降ちょいちょい見ているが。『てすら』が『ま』を焚き付けた形か。大方そんなところだろう。

「きちんと言うか」

 自分の意見をはっきり言わず流されるままだと今より大変になる。陸が良い例だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ