第六章 少女の王国 7
チャプター7 四人目
札を見上げればそこに四年四組と書かれていた。先生の後にくっついて教室に入ろうとした夏希だったが、先生が突然止まったことで先生のお尻にぶつかった。不思議に思い、上を見上げると、先生が夏希に逡巡した顔を向けていた。どうしてだろうと一瞬考えるもすぐに、「ああ、後ろから入った方がいいのかな」と思い至った。元町先生はあまりその辺り気にしなかったが、この先生はそういうルールを厳しく見るのかもしれない。くっついたままだった身体を引き、くる、と奥の扉へと脚を向ける。視界の端で先生の右手が夏希に向かって伸ばされた。びっくりして夏希は早足になる。絶対にそちらに目を向けないようにする。
遅刻、という言葉には極度の緊張があった。遅刻はしたことがなかった。どころか、学校は休んだことがなかった。風邪を引いてたって休んだことはないのに。
それが、今回はたくさん休んでしまった。通学路。そーっと扉を開けようと考えていた夏希だったが、伸ばされた右手がチカチカと頭の中で青白く明滅し、自分でもびっくりするほどの大きな音を立てて扉を開けてしまった。
ガガガガ、ガン、ガシャァン。扉が擦れる音、逆側に扉が当たる音、その衝撃で天井近くにある小さなガラス窓にまで衝撃が相次いで伝わる音。その全てを生み出した夏希を一斉にクラスメイトが振り返る。大勢の視線に射竦められ、夏希は尻もちをついた。何もない場所で一人で勝手に後ろに転ける。ざわめきの伝染に動悸が速くなる。言葉の意味は入ってこない。「大丈夫?」という音が聞こえた。知らない誰かが見ている。その言葉で夏希の中でスイッチが切り替わった。「大丈夫! あたし大丈夫だから!」すっくと立ち上がる。あたしの机はどこだろう。
「みんな前を向いて下さい。授業を再開します。夏希さんの机は一番後ろ。そう。そこに座って下さい。ああ、夏希さんの分のプリントがありませんね……。ごめんなさい。休みだと聞いていたものだから。後で纏めて渡そうかと……えっと……隣の利通くんではなく……ええ。いろはさんいいですか? はい。机をくっつけてもらって」
どうしてわざわざ通路向こうの席の子と机を寄せ合うことを指定したのか理由は分からなかったが、指示に従うことにした。机をがたがたと寄せ合い座る。そこで「あ」と遅れて気が付く。背もたれにランドセルが当たったことで自分が鞄を背負ったままだったこと。ロッカーはどこだろうと教室を後方を見やり、ふっ、と右手がひんやりとしたものに触れた。
冷たい。
「お母さん」
「はーい。お母さんです。はい。夏希ちゃん。つんのめったままいないで立って立って。鞄下ろして。もお~。ほらー。ばんざーい。あははは。甘えんぼさんだなあ。ほーら。こっちだよこっち」
「うん」
お母さんがいる。




