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第一章 二階堂絵里《永久歯》永久消失事件2

 愛は黙って俺の話を聞いていた。

 俺の身に起きたこと、ここに来る前に見た暗示的な夢の件について。


「賛同しかねるね」


 沈黙を破って愛が放ったその一言に、俺は裏切られたような気分になった。

「信じてくれるって言ったじゃないか」

「慌てるなよ。信じるとは言った。しかし、その君の言う、使命だか運命だかには賛同しかねると言っただけだ」

 ちなみに場所は移動している。

 俺たちは図書室に来ていた。保健室の先生――木下というらしい。この先生はさっぱり記憶にない――は、どうやらすぐに戻ってくるみたいで、このまま保健室で話すことでもないだろうという愛の判断からだ。

 一階から二階へ上がった先にあるという図書室までの道すがら、ずんずん先を進んで行く愛の姿は歳相応にわくわくしているようだった。

 その小学生らしい表情にほっとする。

 楽しいことを提供できてるみたいだ。

 俺は全く楽しくないが。

「俺は今、タイムリープしているってことになるのかな」

 考えるように俯いていた愛が顔を上げる。

「リープよりはスリップじゃないか。良夫くんの話を聞いていると。いつの間にか、寝ている間に意識が移動していたという認識なんだろう?」

「まあな」

「タイムトラベルはタイムマシン有りきの言葉だとわたしは考えるし、タイムリープはもっと狙ってその時に向かうイメージだな」

 愛が目の前にある紙に何やらペンで書きつけた。

 未来、過去と書かれており、矢印で何やら書き付けている。

 こういうの、子供は好きそうだなあ。俺も好きだけどさ。

「トランクスもバック・トゥ・ザ・フューチャーも違ったみたいだな」

「だね」

 図書室は常時開放しているらしい。図書室の先生もいる。名前は不明だが、この人は覚えていた。見た目四五十の、人の良いおばちゃんだ。たまにクラスで図書室に向かう授業がある時に、優しい声音でいつも物語を読んで聞かせてくれるのだ。俺のいる未来ではもう結構なおばあちゃんのはず……まだ存命であればだが。

 本来ならば授業を受けているはずの俺たちである。普通なら咎めるところだと思うのだが、司書先生はただ一言、

「あら」

 と言い、微笑み、奥にある図書準備室に入って行った。

 こういう生徒が他にもいるのか。というより、こいつ授業中よくここ出入りしているんだろうなと察せられる笑みだった。誰かを連れてきたのが珍しく、また微笑ましくでも映ったのかもしれない。俺の存在くらいはツッコまれても良さそうなところだが、図書室の先生って、その辺り普通の先生と立場異なるよな。生徒寄りというか。報告無しは有り難い。今の俺にとって、授業などどうでもいい存在だ。

 でかい木のテーブルに並んで俺たちは座っている。

 距離が近い。目の前には一枚のコピー用紙とペンがある。ササッとカウンターに入り、サササッとこいつが抜き取ってきたものだ。手慣れていた。

 昔は女子と話をするのすら苦手だったのにな。今となってはどうとも思わない。子供というのもあるだろうが、単純にとし食うと全部どうでもよくなるというか……。

 ただ、目の前の少女はどこか大人びているように感じる。だから、全く緊張しないと言うのも違うな。俺自身の年齢の変化も影響しているのだろうか。

「どうした」

 少女が警戒するような瞳を向けていた。

 肩を抱いている。

「ああ。いや」

 考えてみれば俺は大人なんだよな。今の話をしてから子供をじっと見ていたら、少々不審に思われてしまうかもしれない。今の時代ならないだろうが、元の時代なら捕まっていてもおかしくない。

「賛同しかねる、とは?」

「うん」

 口をもごもごとさせた。言葉を探しているみたいに見える。やがて口を開いた。

「そこに現象があるだけさ」

「現象?」

 愛は指を一本立てた。俺の目がそこに向けられるのを見てからくるくると指を回転させる。

「台風、竜巻みたいなもので」

「ふむふむ」

「そこに物語も使命も運命もない。その夢はただの夢。それを見て、君の得た感想」

「待てよ。現に俺はタイムスリップしている」

「そこに物語性を求める君の意見には賛同しかねると言っているだけさ」

「?」

 饒舌な癖に説明は下手だな。むしろ饒舌なせいで却って分かり難い。

「タイムスリップもタイムリープも信じるよ。そういうことはあるんだろ。そういう話はありふれてもいるし。前世の記憶だとか見たこともない景色を正確に記憶しているだとか」

「そういうのとはちょっと違うだろ」

「わたしにとっては全部同じに見える」

「それ、結局は信じていないってことなんじゃないのか?」

「違うよ」

 少女はふるふると首を振った。どうして理解ってくれない、とばかりに振った。そう言いたいのはこっちなんだ。

「どう違う?」

「うーん」

 悩ましげな声を上げ、ちら、と書架を見やった。すると、ぴこん、という閃き音が聞こえてきたみたいに、愛は突如どたどたと書架に向かって走って行く。ぽかんとするしかない俺。口調と見た目と動作がいまいち一致しない奴。

 すぐに戻ってきた。

 片手には一冊の文庫本を携えている。

「なんだそれ」

「なんだ知らないのか。本当に大人なのか?」

 愛はがっかりしたとばかりに肩を落として座る。

「悪いな。小説は専門外なんだ。漫画はよく読むんだがな。しかし、一冊の本を読んでるか読んでないかで大人かどうかを判断しないで欲しいね」

「北村薫、スキップ」

 饒舌に喋る俺を無視し、愛は持ってきた本を胸の前で掲げた。

「北村薫の名前だけは知ってる。ミステリ作家だろ?」

「そんなことで大人ぶられてもね……。ええっと。この本は面白くってね? あ、物語の根幹に触れる部分もあるから聞きたくないなら言わないが。もちろん知っていても面白いよ?」

「言えよ。聞くしかないだろ」

 俺の言葉に愛はびくっと肩を強張らせた。表情も得意げなものから怯えを含んだものに変わっている。

 いけない。強く言い過ぎたか。

「ええっと。ええっと」

 取り繕うように慌てて言葉を紡いでいる。

 いまいち調子の狂う子だなあ。それとも子供ってのはみんなこんななのか?

 けほけほと苦しそうに咳をした後、少女は言う。




「現象としてタイムスリップが起こるんだ。だが、そこにSF的な謎解きもないし、起きてしまったことに対する根本的な解決もない。主人公が己の身に起きてしまった運命――という、大それた言葉を使うのも違うな――起きてしまったことをただただ受け入れるだけ。その過程を描いているんだ、この小説は」




「つまり?」

 結局何が言いたいのか分からない。

「台風、竜巻、地震、雷。もっと言ってしまえば雨や風なんかと一緒でさ。わたしは考えるんだけど、君の――良夫くんの身に起きたそれには、誰それの崇高な意思もなければ従わなければならない使命とやらもないと思うんだよ。定められた運命もないし、そこに物語的な意味もない。小説じゃないんだ。映画でもないし、漫画でもない。現実だろ? あるのは現象としての結果だけ。現実ってそういうものじゃないのか」

 そりゃあ随分……俺は折れそうになる心をぐっと堪えた。

「つまり何か? その小説と一緒で、俺のこれは結果として起こってしまっただけ。自然現象みたいなものだから、仕方がないから後は受け入れろと?」

「そういうこと」

「そりゃあ随分……」

「なんだい?」

 己の示した意見にどうだとばかりにこっちを覗き込んで身を乗り出してくる少女。テンション上がってるようだが、こっちはだだ下がりだ。

「随分、現実的な意見だな」

 もっとこう、夢のある意見が聞きたかったよ。

「現実を見据えているからね、わたしは。夢は見ない主義なんだ」

 得意げに鼻を鳴らす少女が示したその発言に、俺の気分は重たくなる。

 色んな意味でな。

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