第六章 少女の王国
チャプター1 リスタート
「はじめまして」
紹介を受けた少女はぺこりと頭を下げ、まずそう口にし、にっと笑顔をつくり笑った。くるりと笑顔のまま反転すると、隣の冴木硝子先生に言われるまでもなく自分から黒板に向かってカツカツと自らの名前を書いていく。
『後藤いろは』
それはいろはの自信と自身の現れかのように思えた。それほど大きい字。誰かが「おっき」「でっか」とくすくす笑った。いろはもそれに釣られるようにして「えへっへ」と笑った。右斜め前に座る光輝のぼうっとした視線が目に入った。
「後藤いろはさん。自己紹介をお」
「はじめまして後藤いろはです」
冴木先生が横から口出す。赤縁の眼鏡が朝の日に当てられきらりと輝く。冴木先生に被せる形でいろはが喋る。
「家族の仕事の都合でこの地に引っ越してきました。それで私みなさんにさっそくなんですが言っておかなければならないことがあります。実は私、右目があまり見えません。ついでに右手と左脚に痺れがあります。先天性のやつです。先天性は分かりますかね? 生まれ持ってってやつです。時々みなさんに助けを求める場面もあるかと思いま……じゃないですねー。絶対助け求めます。なのでぜひぜひよろしくして下さい。仲良くして下さい。助けて下さい」
それからぺこりともう一度頭を下げた。しんとした静寂の中、冴木先生が「みなさんいいですか。いろはさんがこま」と何やら口にしていたが、
「はい!」
という、新四年四組半数による元気な声で遮られた。いろはは「えへっへー」と照れくさそうに笑い、そんないろはと皆を眺め、冴木先生はふっと息をついたように見えた。残り半数はまだまだ様子見、元気に返事するのが或いは照れくさい、といったところか。
「よく口が回る子だねえ」
隣で頬杖をつきながら感心とも小馬鹿にしてるとも取れない口調で愛が言う。「あそこに」「はい」と机を縫って進んで行く後藤いろはの存在を認識しながら今後のことを考える。
先手は打っておかなければなるまい。昔のようには決していかない。今だからこそ分かる。奴の、いろはの使っていた手法、それは俺も以前、仕事で使っていた手法だから。
営業手法。営業方法。言い方を変えれば話術。或いは、
――いいや。そんな生易しいもんじゃないな。あいつのは……。
マインドコントロール。
そう言って差し支えない。
振り返ってみれば後藤いろはの使っているのは正にそれだった。
俺なんか比べるのもおこがましい。仕事で知識として、そういうものを知っていたから使う場面が多少あったってだけの俺とは違う。いろはは完全に狙ってやっていた。
胸に刻んで置かなければならない。
――おまけに。
新たにクラスメイトとなった面々をぐるりと見渡す。絵里の不在。それによって変動した面子。不確定要素は多々あるんだ。もう、明確に俺の知っている歴史じゃない。
いろはが俺の横を通り過ぎる間際――ちりん――という鈴の音が聞こえた。




