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第五章 MOTHER 2

 指しゃぶってる子供が夏希をじっと見つめていた。夏希より小さい。背丈からしてまだ三四歳くらいであろう。きょときょとと周りを見渡す。この子一人。

「こんにちは」

「こんにちは?」

「もうこんばんはかな? お母さんはどうしたの?」

「わかんない。お姉さんはどうしたの?」

「お姉さんだって。しっかりしてて偉いね! あたしはー……それよりえっとお名前は?」

「光希」

「光希だって! あたし夏希! ちょっとだけ似てるね」

「そうでもないよ」

「ふふ」

 夏希は愉快な気持ちになる。言葉遣いはしっかりしている気がするのに迷子というギャップがおかしかった――と、ここまで考えて「え迷子?」という気持ちになる。そうだお母さんがいないと今言った。ということは迷子だ。

「いけない。お母さんとはぐれちゃったの?」

「さっきまでいた」

「さっきっていつ」

「さっき。お外行った」

「えぇ!?」

 夏希は慌てる。じわじわと焦りの気持ちが湧いてくる。お買い物カゴどうしようという気持ちも湧いてくる。お母さんは大丈夫かなという気持ちも湧いてくる。最近あまり食べてくれないなという気持ちも湧いてくる。家を出る時すっといなくなった。遅くなると。それから

「あ! まって!」

「なんで?」

 夏希がぼうっとしていたら男の子が駆けて行ってしまっていた。きっと興味を失ったのかもしれない。けれど夏希に、自分のような子供に話し掛けてきたということは頼ってきたってことだ。どうにかしてあげないといけない。

「お母さん探さなくちゃ」

「なんで?」

「なんでって……。外出てったって本当なの?」

「ほんとだよ」

「どっち?」

「こっち!」

 買い物カゴは油のコーナーの脇に寄せておいた。そうして二人で走った。店内を駆けていく今の自分たちは仲の良い兄妹に見えているはずだ。

 自動ドアを潜る手前、お客様コーナーというのが目に留まる。あれで呼び出すことは――考えたが、外に出てしまったのなら関係ないか。追いかけて来ない夏希を振り返って右方向を指差している男の子を見て考えを改める。

「どこ行ったの?」

「たぶんあっち」

 あっちと言われても。目の前の駐車場にはたくさんの車が停まっている。この中のどれかに母親が乗っているということだろうか。お母さん一人だけ帰ってしまった。そんなことがあるだろうか。あるかもしれない。夏希のお母さんなら帰ったりしそうだ。夏希を置いて。

「探してみよっか。お母さんの顔分かるよね? 車は?」

「うーん?」

「行こうか」

 暫く駐車場を二人で巡った。


 二十分程過ぎたろうか。

 歩き、疲れ、あまり表情の無かった男の子がなんだか泣き出しそうなのを察し、

「そうだっ。お店の中戻ってみよっか。お母さんいるかもしれないし」

 と、言ってみた。

 言葉も発さず男の子が頷く。

「暗い」

 薄暗くなってきていた。先程とは打って変わり元気に歩く男の子の背中を眺め、なんだか酷く見当外れなことをしてるような気がしてくる。

 ――実際、その通りだった。


「ちょっとどこ行ってたのっ! 自分が一人で待ってるって言ったんじゃない」

「お姉さんが」

 店内に戻り、お客様コーナーに行くと、女の人が一人いた。背がすっと高く線が細い。スタイルは良いが、顔は夏希のお母さんより老けて見えた。

「お姉さん?」

 男の子が夏希をスッと指差してくる。女の人は目を細め夏希を見、夏希はその視線にびくりと肩を震わせる。関係のない学校のことを思い出す。何か一言でも突っつかれたら絶対泣く。

「はっ、はの。子供をほいてひなくなるのはっ」

 声が震え上手く言葉が出てこない。女の人はそんな夏希から視線を外した。

「行こっか」

 女の人がカウンターから何か手に取り夏希の横を通り過ぎた。黒いカバーに覆われたペラペラの何か。決してバッグではない。取っ手は黒く、安っぽいプラスチック製で、形状としては服、か。スーツ辺りが妥当かもしれない。クリーニング屋。そういえば外にあった。

「一緒に連れていけよ」「お母さんだろうが」夏希は思った。言おうともした。男の子はチラとそんな夏希を振り返ったが、結局何も言わずに差し出されたお母さんの手を握り返した。

「お嬢ちゃん大丈夫?」

「大丈夫です」

 お客様コーナーのカウンターの中から声を掛けてきたのはおじいさんだったと思う。声からして。夏希は決してそちらは見ずに、目の前一点だけに集中してその場を歩き去る。

 油コーナーまで戻った。買い物カゴは片付けられていた。もう一度カゴを手に取り買い物を済ませた。お客様アンケートを出す気力はなくなっていた。自転車を五分程漕いだところで油を買い忘れていた事に気が付いた。もう一度スーパーへと自転車を走らせ、油だけ買って帰った。帰り道、夏希は自転車を漕ぎながら泣いた。

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