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第四章 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン 3

「重度のカカオアレルギー」

 知らされた事実は俺たち四組の間に重く、響いた。

 まずふいに鼻血を出した拓真を何人かが笑い、何人かが心配しつつも笑った。いつの間にか頬が赤くなっていた。いつの間にか見える範囲の皮膚全部が真っ赤に染まっていた。呼吸が次第に荒くなって来た。拓真と取り囲んでいた周囲の空気が変わった。倒れ、全身が痺れるように痙攣し始めた段階で、ようやく誰かが隣の教室に走り先生を呼んだ。救急車が呼ばれ教室の窓から救急車がやって来るのが見えた。救急隊員が教室に担架を持って入ってくるのは異様の一言だった。人が運ばれているその姿も異様だった。誰かが泣いた。教室中が――いや、騒ぎは廊下を伝わり三年生全体に広がっていた。授業中にも関わらず抜け出す野次馬は一定数いて、そこには教師も混じっていた。未来を知っている俺自身、かなり戸惑っていた。

 誰かの呟いた「また四組?」という声がやけに印象に残っている。

 持永先生は淡々と、拓真の母から聞いたという情報を話した。

「症状は鼻血、湿疹、喘息、あとそれから痙攣だそうですね。知らなかったのなら無理はありませんが、バレンタインだからといって学校にお菓子は持ち込まないように。また、嫌がっている人に無理やり食べさせる行為もやめましょうね。今回のようなことは稀ですが、稀だからといって起こらないとは言えないですから。本当に何かあってからでは遅いですからね。絵里さんのこともありますよね。四組の皆さんに限ってはくれぐれも慎重に行動して下さい」

 持永先生はそう言って報告を終えた。そうして何事もなく、己の仕事に割り振られた算数の授業を熟し、二組へと戻っていく。

 残りの授業中。重苦しい時間だった。普段なら――例え、それが絵里のあの事件の後であったとしも――先生から質問をされたら、誰かしら手を挙げる。それが全くなかった。先生が業を煮やして誰かを指差し、それに答える、という時間が暫く続いた。

「嫌な先生。印象だけで言ったら元町先生よりも嫌いかな。絵里ちゃんのことをわざわざ持ち出す意味がどこにあったんだか。わたしたちの行動を釘差したこと。状況を考えれば仕方のないこととも言えるが、文脈的にいまいちピンと来ないね。言ってることは正しいようだけど、いちいち物言いが引っかかる」

 中途半端な授業を終え、教科書とノートをとんとんと揃え引き出しに仕舞った愛がぶつぶつと文句を垂れた。こいつが饒舌な時は機嫌が良い時か悪い時。今は間違いなく後者だろう。

「何の関連性もないのに過去の出来事を持ち出す奴ってのは一定数いるからな」

「それは大人としての経験則かい?」

「……憶測。当てずっぽうだよ。適当言ってるだけさ。そういう大人もいるんじゃないかってな」

 頬杖をついてこちらをじっと見てきた愛に、恥ずかしくなってそう返していた。散々助けて貰った愛に、知った風なこと言って大人ぶるなんてどこか自分が滑稽だと思ったからだ。愛はそんな俺の態度にやや不満げに溜息をつくと、教室内をざっと見渡す。

「……やな雰囲気だね」

「ああ……」

 陰口。ひそひそ話。しかし、それを本人に隠そうする気もまるで感じられないあからさまなやつ。

 その中心にいるのは夏希。

 夏希は俯き、歯を食いしばっていた。膝上のぎゅっと握った自分の拳をただ眺めている。早くこの時が過ぎ去ってくれるのをじっと耐えているかのようだ。

 視界の端で誰かが動く。

「お前ら。いい加減に」

 陸だ。夏希を中心に遠巻きにするクラスメイトたちに陸が一歩進み出る。

「陸」

 夏希が陸を見上げた。目立つ行為は止めて欲しいか、それとも頼っているのか、何とも言えない視線。

「でも夏希ちゃんがああ言ったから拓真くんはチョコ食べたんだし」

「それはお前らだって」

「それに先週だって夏希ちゃん拓真くんにチョコあげようかって言ってなかった?」

 陸が言い終わる前に誰かが喋り出す。

「言ってた言ってた。俺後ろだから聞こえてたもん」

「それはっ。だって夏希はそういう奴だって」

「じゃあそういう奴なんじゃないの?」

「ふすっ。ぐっ。ひぐっ。えっ。えぐっ」

 夏希がしゃくり上げ泣き出した。普段元気な夏希からは考えられないその様に、言い合いしていた奴もひそひそしていた奴も一斉に押し黙る。陸もあまり気の利く方じゃない。どうしていいんだかわからないのだろう。拳を握り、唇を尖らせ、頭を掻いた。結局何も出来ずに次の授業を知らせるチャイムが鳴り始めた。皆がそろそろと自分の机へと戻り動く。

 くいくい、と袖が引っ張られた。熱い吐息を近くに感じる。

「次の授業。抜けるよ」

 至極真面目そうな顔で不真面目な提案をする愛の顔が近くにあった。

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