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第二章 霞ヶ丘小男児四名遭難事故6

「おい。別れてるぞ」

「別れてるな」


 俺たちは顔を見合わせる。お互い浮かべているのは、眉を寄せた何とも言い難い表情。事態が悪い方向へと進行していってるのを互いに感じているはず。

「思い出せないのかい」

「さっきからずっと考えているんだが如何せんこの寒さで頭がぼうっとしていてな。全体的に記憶が薄ぼんやりしている。立て続けに色々起こっていたからなあ。目の前のことに集中出来ていなかった気もするし、ほら、熱も出ていたことだし」

「君は永遠にトランクスになれそうにもないね」

「ふはははははは。昨日、お母さんの買い物に付いて行って、みんなより一足早いトランクスデビューを果たした俺と知っての台詞かな? それは」

「言ってて情けなくならないのかい。大の大人が」

「……」

「ところで」

 いかん。寒さで頭がぼうっとしている。風も強くなってきたし、雪もまたちらつき始めた。空元気で喋っていたら愛が真剣な顔している。

「なんだ」

 その「ところで」を合図に、結構な確率で示唆に富んだ指摘をしてきていることに、ここまで何となく気付いていた。

「君はどれを追うべきだと考える?」

「うん? そうだな……」

 質問か。

「これじゃないか? 上に向かっている足跡。たぶん、足の大きさ的に松司だろ。上方向なら向かう先はてっぺんになる。逸れたら厄介だが、子供だし、言っても単純だと思うんだよな、考えは。上へ上へ。目指すはてっぺんだ。ああいう奴だしな。……それに、言い出しっぺの松司が山を下り始めれば、みんなももう山を登る意義も薄れる」

 愛は顎に手を当て考えてから言葉を紡ぐ。

「ふむ。意外と見ているね。だけどわたしは、こっちを先にまず捕まえるべきだと思う」

 差した足跡を見て不思議に思った。

「どうしてだ? これ、山下りてるぞ? 下りてるんなら一旦放置でいいんじゃないか? 奥に入って行かれる方が厄介だ」

「これ、方向がズレてる」

「方向?」

 確かに俺らが登ってきた方向とは若干ズレてるが。しかし、大体は同じだからそのまま下りて行けば麓まで下りられるであろう。

 最初に松司やこの――横道に逸れてった誰かさんを連れて戻り、後は互いに少し距離を置きつつみんなで山を下りていく。そうすれば、下りてった誰かさんと途中でぶつかるかもしれないし、もし誰かさんが仮に再び山中に戻ろうとしたとしても、ぶつかる可能性が高い。複数人の目があれば、それだけ誰かを見つけやすくなる。この暗闇でも。

 俺の考えを読んだかのように愛は言葉を紡いだ。

「この先は崖になっていてね。途中、アップダウンもあって先が見通し難いんだよ。気付けば崖」

 その瞬間――過去のフラッシュバックが、まるでコマ送りのように瞬時に脳裏を駆け巡った。

「ああ――!!」

「思い出したのかい。恐らく、この方向は本来君が向かう道だったんじゃないのかな。良夫くんがいなくなったことでそこに別の誰かが嵌まった。役割じゃないけどね。ただの確率の問題でさ。あちら、登る方向には松司くんが行く。あっちは別の誰か。じゃあこっちとこっち。二択問題だ。骨折したんだろ? それ聞いた時、すぐにあそこが浮かんだんだ」

 そうだ……。俺は、崖に落ちたんだ。崖と言ってもせいぜい数メートル程の高さなのだが、それでも足を骨折した。身動きが取れなくなった俺は、その谷底で三日間過ごすことになった。

 あの時の絶望感と言ったらなかった。

 誰も来ない。元々グループに置けるヒエラルキーは下。足はやたらに腫れる。見捨てられたかと思った。それか、

 ――みんなに黙ってカードキャプターさくらを見に帰ろうとした罰が当たったんだと谷底でしくしくと泣いた。

 全く、罪作りな女よ。

 ……情けなくって墓場まで持って行こうと決めた秘密である。助かった後も絶対に俺はあそこに落ちた本当のところの理由を語らなかった。誰にもだ。「迷った」「滑った」と最後まで主張し通したのだ。偉いぞ、当時の俺。末代まで語り継がれ馬鹿にされることだろうからな。

 ……俺の代わりに誰かがあそこに。

 俺みたいな巫山戯た理由では当然ないだろうが(そもそもが巫山戯た理由で山を登っているってことはこの際置いといて)、俺の不在を理由に別の誰かが怪我をするのは流石に看過できない。まあ、まだ怪我すると決まったわけではないが。

「そうだった。そう。谷みたいになっててな。ちゃんと気付いていたんだよ。ただ」

「袋小路みたいになってたんだろ? 右は壁みたいになっていて、左の方は分かりやすく崖で。分かりにくいからね、あそこ」

「お前、さっきからなんでそんなこの山に詳しいんだ?」

 流石に我慢出来なくなって訊いた。

 俺の問いに、愛は自慢するようににやりと笑う。


「狩りは得意なんだ」


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