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第一章 二階堂絵里《永久歯》永久消失事件7

「……え?」


 言葉の意味が分からず俺は間抜けな声を上げた。

 どうやったら?

 戸惑い、愛の方に視線をやる前からそれは分かっていた。

 顎に手を当て考え込んでいるんだ、ほら、そうして。

「遠心力は下半身に加わっているんだよ? 投げ出されたら、ほら、良夫くんみたいに尻、もしくはわたしや他の子みたいに脚からいくはずじゃないか」

「たし――かに」

 冷や汗が脇に伝った。

 寒風が吹き荒び、ぐらりと回転塔が揺れた。回転しながらも未だ掴まり続ける少年少女たち三人が楽しげな叫び声を上げた。

「尻、脚、いっても背中じゃないのか? この勢いでどうして顔面からぶつかる? よしんば顔面に当たったとして、まず、どこか下半身に当たり、その弾みで顔面をぶつけるんじゃないのか? 遠心力だよ? 回転している物体に対して外向きに力が加わるんだよ? 後ろでんぐり返りでもしてぶつかったなら分かるが……、その場合勢いは殺されるはずだし、第一、歯以外にも傷が、まして三本なんて――そう……そう。永久歯以外に傷は無かったのかい」

 早口で言葉を紡ぐ愛の後を必死に追い掛ける。そう、傷、傷、傷は。

「なかった」

 無かったんだ。

 俺は近くにいたんだ。だから覚えてる。

 泣いていた絵里のことを。

 血だらけでしゃっくり上げていた絵里のことを。

 砂塗れの中、落ちている真っ白の歯と舞い落ちる雪のことを。

 今でもはっきりと思い描ける。

 先生、つられて泣く少女たち、おろおろとする松司……

 松司?

「なかったって――。じゃあそもそもだよ。本当に回転塔だったのかい。別の遊具、いや、今日じゃないなんてことは――」

「つっ!」

 誰かが落ちた。

 木村だ。中学になっていきなりモテだす。名前が拓也だったから、そのまんまキムタクなんて呼ばれていたっけ。成長すると、名前に劣らずイケメンになるんだ。

 ぐるりと、改めて周囲を見渡した。


「松司がいない」


「松司くん?」

 俺のぼやきを愛が拾った。

 そこに、レンが興味深そうな顔をして近付いて来る。

「ああ、松司なら掃除中にぞうきんで野球しててさー。まーた松司だけ先生に怒られてるよ。もうすぐ来んじゃね? それよりお前らさっきから何話してんの?」

「そうだ……そうだ……! 松司だ! あいつがっ」

「あ、来た」

 チラと、レンが下駄箱方向を見た。五十メートル程先。

「いっきまーす!」

 松司が体操選手みたいに片手を上げスタンディングスタートを切った。

 視界の端で誰かが脱落するのが見えた。

 ずべしゃあ、と音が鳴った。光輝だ。大人しい癖に体力だけはあった。むしろ体力しか無かった。他はからっきし。だけどこいつには体力があったから、そのまんま中学高校大学と陸上部に入り、なんとあの箱根駅伝にまで出場した。

 ちなみに、順位は忘れたから大したこと無かったんだろう。きっと。

「松司くんがどうかしたのかい!?」

 松司。

 松司。

 松司。

 小三にしては異様に背の高い松司。

 奴は短距離が俺たちの誰より速かった。歩幅がまず違う。誰もこいつに敵わない。ジャンプ力だって。松司には絶対敵わなかった。

 お調子者で、いつも怒られてばっかりいた。

 俺は陸よりこいつが苦手だった。

 松司の性格がさらに悪くなったのは、この事件の後――。

 荒れた。元のあいつを忘れてしまうくらいに。俺たちは次第に離れて――。

「松司がジャンプしたんだ」

 後、十メートル。

 回転塔を回転させる役割を担っている二人が役割を果たしたと判断し、同時に手を離した。

 後、六メートル。

 回転塔はそのまま回転し続ける。勢いに乗って。慣性に従い。動いている物体はいきなりは止まれない。

 絵里は、俺たちとは反対側にいた。鉄輪にぶら下がり。今、松司の目の前を通り過ぎる。

 後、三メートル、二メートル。


「遠心力じゃない……てこだ」



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