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十字を切ることなど絶えてありませんでした
葵さんは何を信じている人なのかも分からない、と私は当時よく思ったものでした。あっちこっち行っている自体が謎でした。なぜそのようにすることが出来るのか、不可解でした。
私を杉並へ紹介してくれはしたものの、葵さんはずっと「常識的」でした。(今の私から見て「常識的」という意味です。)私のような狂信者でありませんでした。それなのに、私のような狂信者と分け隔てなく何年間も交流していました。ですから、「異端的」な教会にも平気で出入りしていました。(これも、当時の私から見ての「異端的」です。)具体的にここで教団名をあげる事はしませんけれども、例えば、礼拝式で十字を切るだとか、父と子と聖霊の名によって祈るだとかする所へも足を運んでいました。私も葵さんに誘われて、一度そういう礼拝式に加わりました。
杉並の教会では、十字を切ることなど絶えてありませんでした。父と子と聖霊の名で祈ることも決してありません。私にとっては異様なオカルトでした。




