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その悪魔は異世界を蹂躙する  作者: 辛い物好きの変質者
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プロローグ

――自分の人生は自分が主人公の物語である。

そんな言葉をどこかで目にしたり聞いたりした。それはテレビだったか、ネットの名言集だったか。どこで聞いたり見たかは定かではないが、ふとそんな言葉を思い出した。


そして、思い出すと同時になんて理不尽な言葉なんだろうと思った。


「何で…僕が、何で…!」


焦燥的な声が一つ、薄暗い林の中で聞こえてくる。

見れば、1人の青年が走っている。どうやら何かから逃げているらしい。


青年は背中に感じる何かの気配に追いつかれないように必死な形相で林の中を走っている。


「何なんだよ!何なんだよ!!!僕が何したって言うんだぁ!」


青年、黒沢くろざわ あおいは普通の人間だ。黒髪黒目、短足胴長、何処にでも居そうな顔立ちで運動ができる訳でも勉強ができる訳でもない至って普通の高校生。


クラスの他人より秀でている才能は無く、かと言って致命的に欠落している物も無い凡人。


それが康多 葵というどこの高校にも居るであろうクラスカースト最低辺に位置する空気人間である。


そんな空気人間葵はつい先程までいつも通りの退屈で窮屈で代わり映えのしない通学路を歩いていた。そして、どうしようも無い学園生活が待っていると憂鬱な気分でいた。


その筈だ。その筈なのに今、見た事も無い林の中を葵は必死に走っている。


どういうことか。たった数分前まで摩天楼で囲まれた都会に葵はいた。それがいつの間にか木々が生え茂る林の中だ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


生い茂った木々の中、葵は最悪な足場の中で道を無理矢理にでも創って進む。その中で、主幹から垂直に生えている鋭い枝を蹴り割ったり、黄金色をした雑草を踏んだりと色々なものを見ているが、葵は気にも止めない。あまりの必死さで周りに目が向かないからだ。だから、この場所が異様である事に気付かない。


着ている制服はボロボロ、息は切れ切れ、身体も擦り傷だらけ。スピードも落ちてきている。それでも逃げるしかない。すぐ後ろにアレが来ている気配がする。


葵はここが何処なのか分からない。自分がどこに進もうとしているのかも、この先何があるかも分からない。当てずっぽうだ。だけども、逃げるほかない。アレに追いつかれたら死んでしまうと予感している。だから、必死に逃げている。


しかし、逃走は唐突に終わった。


――自分の人生は自分が主人公の物語である。


この言葉がもう一度頭を過ぎった時、半歩前に出した葵の短い足が剥き出しになった太い根に引っかかった。


「あ」


足が縺れて(もつれて)体制が崩れ落ち葵は無様に転んだ。


葵の視界は一変する。目の前には足を付けていた筈の地面が現れ、凄まじいスピードで近付いてくる。どうしようも無い、と葵の脳はそう判断し痛み受け入れる覚悟をした。そして、葵は為す術なく顔面から激突し、


「ぶッ!」


瞬間、走っていた疲れが吹き飛ぶ程の痛みが葵を襲う。


ひしゃげた鼻から鋭い痛みと共に生温い赤い液が溢れ出る。口の中が鉄の味で一杯になる。あまりの痛さに視界が白黒し、痛みで思考が一瞬吹き飛ぶ。


「うぅ…」


咄嗟に両手で鼻の辺りを覆い、数秒動けなくなった。

その間にもドロドロと際限なく溢れ出す生温い血が何とも不快で痛みを助長させる。


涙を眦に溜めながら押さえていた両手を覗けばドス黒い血で真っ赤に染まっていた。


「うぐ、」


喉の奥から悲鳴が零れそうになるのを必死に我慢する。ここで弱音を少しでも出したら動けなくなると思ったからだ。


少しの冷静さを取り戻すと、潰れた鼻を片手で押さえながら、もう片方の手で素早く体を起こした。


涙でボヤけ、痛みで点滅する視界の中で再び走ろうとした時、すぐ後ろで悲痛な人の叫びを聞いた。それがアレの声でついに追いつかれたのだと気付くのにそう時間はかからなかった。


『何でこんな日に…』

『全く…、最悪だよ…』

『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"』

『痛っ!痛い痛い!』

『貴方!』

『え?』

『せめて、お前だけでも…!』

『おかーさん、真っ暗だよ?ロウソクは』

『死ね!化け物!』

『主よ、我らを守り給え!』

『死にたくない!死にたくないよぉ!!』

『お父さん!お母さん!お兄ちゃん!』

『これが、現実?』

『あばばば』

『ちくしょう!離しやがれ化け物め!』

『こんにちは』

『さようなら』

『絶対に殺してやる』


葵は鼻を押さえたまま振り返る。すぐ後ろに追いついたアレがいるのを確認した。


アレは目が無数についた宙に浮く直径1m程の肉の球体だ。口らしきものは見当たらないが声を発しているらしく、肉の球体から老若男女の様々な言葉が聞こえた。


人間の目を無造作につけた肉の球体がふわふわと浮かびながら葵を見ている。正確には肉の球体についている数多の目のうちの一つが瞬きもせずにじっと葵の瞳を捉えている。他の目はギョロギョロと忙しなく眼球を動かしたり瞬きをしたりしているが球の真ん中にある目だけ絶対に視線を逸らさない。まるで逃さないと言っているようだ。


「は、は、は、」


恐怖と焦りで呼吸は小刻みになる。すぐにでもこの場から逃げだしたいが葵は立ち竦み何もできない。葵の身体はピクリとも動かず、こちらを見続ける目から視線を逸らせない。ほんの少しの行動が命取りになると本能が警鐘を鳴らす。


「ぇ?」


そんな葵の恐怖をよそに肉の球体は無数にある目を中心から遠ざけ始めた。一つ、また一つと目をすぅーっと移動させていく。あまりに異様な光景に葵は呆然とする。


瞬く間に真ん中の目を除いて球体の端に片寄っていく。そして、今度は真ん中にある一つの目が球の中央に向かって沈んでいく。


どんどん、どんどん沈んで、沈んで、暗闇になっていく。


奥が全く見えない。真ん中だけ黒く塗りつぶされたようだった。


すると黒く深い闇の奥底から何かが伸びる。人の手だった。人の手と、そう呼ぶには異形で禍々しく、荒々しいがそれ以外に思い付くものも無い。


「う!?」


一瞬のうちに葵の身体は異形の手に掴まれていた。異形の手は葵が思っていた以上に大きく長い。


状況に理解ができないまま葵は異形の手に掴まれ暗闇となった球の中央へ身体を持っていかれた。


――自分の人生は自分が主人公の物語である。


暗闇の中でまたこの言葉が浮かぶ。


再三にわたり頭に浮かぶこの言葉に葵は苛立ちを覚える。


何が主人公であるのか。


訳の分からない場所で訳の分からない化け物に追われて訳も分からず転んで捕まった。それで死んだのか、生き残ったのかは分からない。ただ何も見えない場所で何も聞こえない場所で何も感じない場所に葵は居る。思考以外に何も残されていない。それを死と捉えるか、まだ生きていると捉えるかは葵の考え方次第だ。


もしこれが葵の物語の終わりだとしたら、なんて突拍子も無くて訳の分からない終わり方なのだろう。理不尽だ。せめて、まだ終わっていないと思いたい。


葵は自分の人生で主人公などと思った事は1度も無い。スポーツでも、勉学でも、恋愛でも、ゲームでも、家族でも自分が主人公になった事など1つも無い。要するにこの世は葵を拒んでいる。葵を徹底的に部外者にしたくて堪らないのだ。許せない。憎い。殺してやりたい。


『何で僕は主人公じゃないんだ?』


心の底から放たれた誰に届くでもない言葉だった。何もない暗闇を独り歩きする怨念とも言える声は儚くとも消え、なかった。


『男がうじうじと情けねぇな…』


暗闇の中で男の声を聞いた。


『まぁ、そんな事はどうでも良くってよ。お前と契約をしたいんだが…YESしか返答は受け付けないけども』


『おーい。聞こえる?聞こえたら返事しろー。おじさんお前みたいな若い子から無視されるの結構心にくるものがあるんですけどー』


陽気な口調で軽口をたたいてくる男がいる。声の主は闇の中で見つけられないが確実にいる。


『え、嘘。もしかして嫌われてんの俺?もしくは魂が死んじゃった?』


『たまーに魂ごとショック死しちゃう人っているもんなーってそんなん見た事無いぞ!喋れるんだろ!知ってるぞ!嘘つきはドロボーの始まりだってお母さん悲しんでるぞ!』


意味の分からない事を言い出す男の声。だが、ここには自分独りしかいないと思っていた葵は安堵した。それと同時に会話が成立するのか不安になるも折角のチャンスだ、逃せない。


『お前にとっても旨み成分たっぷりの契約内容なので是非とも話を』


『あ、あの』


葵が話すと男の声は話をプツリとやめた。


『やーっぱ、話せるじゃんかよ!お母さん嬉しいわ!男だけども!』


『だ、誰ですか?』


『えー?!初対面の人にいきなり名前聞いちゃうー?有り得なーい!ぐいぐいくるタイプはあんまモテないぞ!これ、おじさんの経験談ねっ!あ!めちゃくちゃブーメランじゃん…』


裏声を混ぜた気色の悪い声で返答する様に葵は困惑する。


『あの…』


『俺の名前はオグロ・ベリアル。オグロって気安く呼んでくれや。これから長い付き合いになるんでな』


一幕置いて質問に答えるオグロという声。


これが葵という少年の物語の始まり、オグロという化け物との初めての邂逅だった。


初めての小説投稿ですので誤字、脱字、意味合いが違う等が多々あると思いますが気軽に指摘して下さい。

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