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結婚がしたい騎士はブラコン義弟に悩まされている

作者: 押野桜

騎士団第3部隊副隊長グノンはため息をついた。

長身に鍛えられた体、派手ではないが誠実さがあらわれた顔立ち。

黒い髪はつやつやと光り、黒い瞳はあきらめの色を浮かべている。

同期のルルファスと女友人マリベルの結婚祝いの会で、マリベルの知人の花のような女性たちが自分たちに話しかけている。

嬉しいし、どうにかしてその中の一人とお付き合いしたい。

自分だって適齢期なのだ。

なのに……


「俺と義兄さんはいつも一緒に寝てるから、彼女になる人は3人で寝られる人がいいな!」


ふわふわしたはちみつ色の長い髪、深い青色の瞳。

美少女のような美形の義弟、騎士団第3部隊隊員のリーリシャリムは、いたずらっ子の笑顔を浮かべ、無邪気に言い放った。

女性たちの笑顔がひきつる。


「それはお前がいつまでたっても一人で寝られないからだろ!」

「だって義兄さんがいないと寂しくて落ち着かないよ!」

「早くお前も彼女を作れ!っていうかいつもグノンって呼ぶのにこういう時だけ……」


言い争っているうちに、一人、またひとりと女性が離れていき、グノンはがっくりと肩を落とした。


「あれ?いなくなっちゃったね?」

「確信犯だろうが、お前はっ!」


可哀相に……という仕事仲間の目が悲しい。

このやりとりがまた噂になって、自分に近づく女性はしばらくいないだろう。

稼ぎ頭でもてていいはずの騎士になのに。

ずっと仲のいいつもりだったし、実際今も仲はいいし、自分なりに愛情をもって接してきたはずなのに何の恨みがあってこんな仕打ちを受けなければならないのだ。

一仕事終えた!というリーリシャリムのすがすがしい顔がうらめしい。


「昔はかわいかったのに……」

「今もかわいいだろう?」



***



地方の豪農である我が家に突然現れた義弟、リーリシャリムにびっくりしたのは自分が8歳だった10年前。

もともと末っ子の四男坊で、弟か妹が欲しかったグノンはリーリシャリムをことのほかかわいがった。

しかし、その気持ちに反して最初リーリシャリムはなかなか懐いてはくれなかった。

彼は6歳にして、今の美貌を持っていた。

家の者が、美貌とサイ?で生まれた家では危険になったのだ、と話すのを聞いて、少年グノンはその生まれた家に腹を立てた。

何がどう危険なのかはわからないが、ひどい話ではないか。

家の中がピリピリして落ち着かない日々が続き、丈夫が取り柄の母が少し疲れた様子を見せていた。


「リーちゃんがなかなか寝付けないのよ。離れるのもかわいそうだし」


孝行息子のグノンは母に昼寝をプレゼントし、代わりに自分がリーリシャリムの相手をすることにした。


「寝たくない。お外に行きたい」

「いいぞ。山か、川か?」

「えっ、いいの?」

「俺たちが俺たちの領地で遊んで何が悪い」


目を輝かせてリーリシャリムはグノンを見た。

その日以来、昼寝の時間にはこっそり二人で領地中を探索した。

最初、リーリシャリムはどんくさかった。

川の岩場で転んで泣くし、山では木から落ちて泣いた。

しかし、けがをしても舐めれば治るとグノンが笑い飛ばすと、


「舐めて?」


と、腕を差し出した。

ぺろっと舐めてやると満足げに笑った。

そんな風にリーリシャリムをグノンは多少荒っぽく鍛えていった。

リーリシャリムは、自然の中でいきいきと跳ね回るようになっていった。

剣も弓も体術も教えてやった。

そして疲れ果てて一緒に眠るのだ。

母は気づいていただろうが、目こぼししてくれていたようだった。

体が大きく、気の利くグノンは、村の子どもたちのお兄さん的存在でもあった。

ケンカがあれば仲裁し、祭となれば裏方に回り、子どもが泣けばあやす。

そんなグノンの身体能力と人柄を買われて王都の騎士団に入ってはどうかと言われたのは10歳のことである。

どうせ跡を継ぐ身でもないし、とてもいい話に思えた。

ただ、学力試験があると言われてがっくり来た。

それでは受かるまい。

自分は勉強がすこぶる苦手なのだ。


「グノン、なんでそんな暗い顔しているの?」


と、聞いてきたリーリシャリムに話すと、なんてことはないという顔で言った。


「俺が教えようか?」


立場が逆転して、今度はリーリシャリムがこっそりグノンの先生となった。

各国の歴史、地理、算数、作文、魔法の使い方。

8歳の子どもがなぜここまで、と言うほどにリーリシャリムは優秀な先生で、王都の試験を受けた結果、優秀な成績で自分はトップクラスの騎士の予備軍に入ることになってしまった。

故郷のほまれと言われて照れくさかったが、その2年後にリーリシャリムが同じく騎士の予備軍にやってきたのには驚いた。

エリートである予備軍の寮には個室があるのに、グノンの部屋に押しかけて居座る。

美少女に見えるリーリシャリムを狙う不埒者はけっこういて、母にもくれぐれも仲良くねと言われていたし、言われなくてもグノンとしてもかわいい義弟を守るのは当然だと思っていたから、多少不便はあってもそれなりに楽しく寮生活を過ごしたのである。

しかし、正式に騎士となっても、この状態が続くとちょっと、いやかなりまずい。

毎晩気づけばベッドの中に潜り込んで自分を抱いて眠る義弟を見て、早く女性を抱きたいなーと考える。

親にも孫を見せてやりたいし。

グノンは孝行息子なのである。



***



リーリシャリムは要人の対応を良く任される。

中央貴族出身者も多くいる中で、地方の豪農出の騎士としては珍しい。

自分は辺境への出張や警備の総括などが多いので見たことはないが、礼儀作法が完璧なのだそうだ。

女騎士と間違われがちだが、決して髪を短く切ろうとしない。

はちみつ色のふわふわの髪に、深い青色の目。

少し荒れた肌は忙しい仕事のせいだ。

グノンと同じく、家訓により弱いものに優しい。

朝、早く起きたグノンは自分を抱えて離さないリーリシャリムの寝顔を見ながら、こいつも女に不自由しないだろうに、と考える。


(そういえば花街でひと騒動起こしたことがあったな)


そう昔ではない過去を振り返る。

いまだに女性を知らないのはこいつのせいである。

グノンはけんかの仲裁や人の仲を取り持つのが得意な方だ。

騎士団は貴族と平民のごちゃまぜで、理不尽に威張り散らす者や優秀でも評価されない者などがいた。

身分が中間にあるグノンは、自分の生活の平和の為に今まで村でやってきた通りお兄さん役をやっていた。

すると、まだ実力が伴わないはずなのに、副長に任命されてしまったのである。

その祝いの夜、グノンが先輩に連れられてドキドキしながら訪れた花街の宿に、リーリシャリムが突撃してきて、


「グノンをたらしこんだらこの宿を全壊させてやる!」


と、タンカを切ったのだ。

あれが婚期の遠のく第一弾だった。

リーリシャリムがグノンを好いている、というのは騎士団の中では周知の事実だし、否定もしないが、これは家族愛というやつである。

ああ、誰かいい人があらわれてくれないかな。



***



「囮?」


そうそう、と、女友達の1級文官チアシェがお茶を飲みながらうなずいた。

いい子だが、残念ながら婚約者がいる。


「最近、女性を狙った誘拐が続いているでしょう?」


町娘、貴族の令嬢、見境なしに金髪の青い目の見目好い女ばかり狙われて、連れ去られる事件が確かに増えていた。

国をまたいで存在する大規模な強盗団が絡んでいるらしく、これを機会に潰してしまいたいと思っているらしい。


「リーが適役だと思うの。」

「確かに」

「確かにって……グノン、俺が万が一つかまってもいいの?」

「リーが連れ去られたら敵を壊滅させて帰って来る。賭けてもいい」


無敵じゃないんだから少しは心配してよ、とリーリシャリムが憤慨する。


『女装したリーリシャリムが街を散策する』


というプランを実施することになり、リーリシャリムはその日から街の噂となった。

謎の美少女あらわる、である。

地味なグレーの街着を着たリーリシャリムは、それでも目立ってしまった。

女装をして違和感がないのがすごい。

街を歩くだけで求愛されたり花をもらったりするらしい。


「こんなに目立ってしまうなら、敵も狙わないんじゃないの?」

「いや、この子が欲しい、っていう金持ちが必ず出てくるだろう。様子を見よう」


女装をしたリーリシャリムは、確かにかわいらしかった。

しかし中身は義弟なのである。

本人は気に入っているようで見せつけるように毎日家に帰ってもしばらく娘の格好でウロウロする。


「さっさと着替えて風呂に入れ」


と言うとぶーっとふくれる。


「なんかさあ、グノンは俺に言うこと、ないの!」

「癖にはするなよ」

「ちがう!」


肌の手入れや髪の手入れを女騎士に教えてもらって始めたので、日々磨きがかかる。

しかし中身は義弟なのである。

夜には無断でベッドに潜り込んで自分の頭を抱いて眠る義弟に、オプションが加わった。

しっとりした肌質といい香りである。

ああ、この事件を収めて早く彼女を作らなくては。



***



それは突然だった。

リーリシャリムがさらわれたのである。

竜笛は持っているはずなのに使われておらず、魔石の通信具も発動しない。


「魔力を封じる道具を使った可能性があるな」


一番実力のあるルルファスが何度見ても分からないらしい。

リーリシャリムの魔力は強い。

どこからでもわかると思っていたのに。


「とりあえず、男だと分かっただろうから何もされないと思うが」

「馬鹿かお前、男がいい男がいるのは騎士団寮で知ってるだろ」

「それは……」

「その上あのリーの美貌よ。早く見つけないと!」


チアシェに言われて初めてまずい!と気づいた。


「リーが連れ去られて2日。魔力を吸い取られていたら切れるころよ」


底なしと思っていたリーリシャリムの魔力が有限だということにも初めて気づいた。


「意外と敵の規模が大きかったってことじゃない?リーがいくら強くても爆発の魔術具を奪われて20人くらいでかかられたらしばりつけられちゃうし、魔力を吸い取られたら抵抗もできないでしょう」


みんなが頭を抱える。

これは緊急事態だ。


「居場所はカイエンが分からないだろうか?俺の竜だけどあいつにも懐いていたし」


竜舎に行くと、待ち構えていたように俺の相棒カイエンがしっぽを振った。

しかし、


「リーがどこにいるか分かるか?」


と聞くとしゅんとする。

いよいよ緊急事態である。

グノンはぱっと身をひるがえすと魔石交換室に向かった。


「何?どうしたの?」

「実家に連絡する」

「死亡連絡はまだ早いわよ!」

「いや、そうじゃなくて」


地方の豪農には珍しいのだが、実家には通信の魔術具が置いてある。



***



「リーに何かあったら顔向けできないでしょ!何であんたがいるのにそんなことになっているの!」


案の定母に叱られ、なんと国境に接するアジトの場所を教えられた。


「泳がせていたのが悪かったのね。竜で飛べば数刻だから、騎士団で制圧してほしいわ」


きびきびと指示するのは母らしい。


「魔力切れも起こしているかもしれない」

「えっ!」


母は言葉を無くした。

うちの家族とは血のつながりがないから魔力を注いでも適合しないかもしれないし、うちの家族は魔力が少ないので量でも対応できない。

一度魔力切れを起こすと魔力を満たさない限り元に戻れず、魔力で騎士をやっていたリーリシャリムは騎士に戻れないかもしれない。

騎士しか生きてゆくすべを知らない義弟はどうすればいいのか。


「とにかく、アジトをつぶさなければ」

「リーは大丈夫かな。無事を祈るしか……」


と、騒ぐ仲間を横に、グノンは


「国際問題になるな」


とつぶやいた。


竜に乗れる騎士団員の少数精鋭で国境を目指す。

巧妙に隠してあったアジトは母の指示通りの場所にあった。

腕におぼえあり、という賊を、圧倒的な力の差でなぎ倒していく。

グノンは珍しく焦っていた。

魔力の切れたリーリシャリムはちょっと腕のいい剣士でしかない。

もう賊にどうにかされてしまっているかもしれないと泣きそうになったのだ。



***



一番奥の部屋に到達し、リーリシャリムが豪華な部屋のベッドに寝かされているのを確認してほっとした。

魔力が切れると意識も切れる場合があると教えられている。

魔力を吸い尽くしたらしい魔術具を外し、体をあらためた。

華奢な肩に、細い腰、形の良い胸。

趣味の悪い魔法だ。

灰色の娘の街着を着たまま眠るリーリシャリムは本当に少女である。

このまま義弟が少女の姿で眠ったままだったらどうしよう。

いたずらっ子の顔で笑ったり、ベッドに潜り込まれたり、野山を駆け回ったり、一緒に過ごしたあれこれ。

そっと抱きしめてみる。

体が、いつもより柔らかく頼りない。


その瞬間、背後でドーン!という音が響いた。

振り向くと隣国ハポン国の国軍の鎧が見えた。


「国境を渡る無礼をお許しくださいね?」


柔らかい声が鎧の列の後ろから聞こえると、兵士たちがザッと平伏した。

ふわふわのはちみつ色の髪を豪華に結って、青い目は賢そうに輝いている。


「ハポン国王妃、リーリアムラーと申します。」


我が国初めての女宰相。

隣国に使節団として行った際に国王に見初められ奪われるように王妃となってしまった母の元主。


「こんなに、大きくなって……」


リーリシャリムの瞳に口づける。

と、まばゆい光が刺して、リーリシャリムの身体が宙に浮かび、ふわふわの髪が広がった。

グレーの街着がはためいている。


光の中でゆっくりと目を開けたリーリシャリムは、


「……グノン?」


と、グノンを見た。

一目散にグノンに飛びつき、泣きじゃくる。


「もう、会えないと思ってた……っ!」


ふるえる義弟を抱いて背中をなでながら、居心地の悪い思いで周りを見る。


「……リー、母には何もないの?」

「母上には時々お便り差し上げておりますが」

「そうではなくて、魔力切れを満たしたことに何か言って欲しいわ」

「……えっ、俺、魔力切れを!」


慌てたように自分の身体を見て、顔を染める。

グノンは柔らかくて心地よい義弟の身体をべりっとはがした。


「早く元の身体に戻れよ」

「今すぐは無理ですわ。しばらくは魔力が安定しないのですもの」


リーリアムラー国王妃はリーリシャリムとよく似た柔らかい声で言った。


「男の身体に変わる魔法は当分使えません」



***



(嵐のような日々だった……)


久しぶりの休日の朝にまどろみながらグノンはぼんやりする。

賊のアジトは全壊させられた。

自分達騎士は表彰されることになり、義弟は非公式の国賓になることになったそうだ。

めったに会えない存在になってしまうだろうが、生きているならばそれでもいい。

義弟が実は義妹だったというのがそれよりもショックだった。

まあ、もう別に自分には関係ないが、いい夫を見つけて幸せになって欲しいものである。

ところで最近一人寝が寂しかったが、今日のベッドは何だか柔らかくて心地よい。

心地よくてぎゅっと引き寄せると、抱きついて来た。

なじみのあるふわふわとした髪が顔をくすぐって、懐かしいく感触だ……え?


「リー!」


がばっと起き上がって体を突き放す。

どつかれたリーリシャリムは、痛いよグノン、と頭を押さえた。


「お前は貴賓室にいるはずだろ!」

「帰ってきちゃった」


けろりと義弟……義妹?は答えた。

いたずらっ子の笑みを浮かべる。


「毎日お茶会ばっかりで何もすることがないし、上流社会なんてなじめないし、兄さんがいないと寂しくて眠れないよ」

「年頃の娘が男にこういう事をしてはダメだろう」

「魔力がなかなか安定していなくて男の身体に戻れないんだよ。周囲がわずらわしいし、いっそ騎士団に戻ってやれと思って申請したら通ったから帰ってきた」


何気ない発言の背後にリーリシャリムの友人たちである有能な文官の存在を感じるが、それよりそんなに簡単に国賓の立場を投げ出して騎士団なんか(いや、騎士団も十分立場がある身分なのだが)に戻ってきていいのか。


「制服も備品も元のものを使えばいいし、いつも女のままでいいなら魔力に余裕もある。十分働けるよ!どうせ書類仕事は俺がいなくなってから溜まっているんでしょ?」


その通りだった。

グノンの部屋で制服に着替えたリーリシャリムは当然のように騎士団の朝礼に出席し、みんなが持てあましていた遠征や討伐にかかった所経費などの書類を整理してゆく。

これは正直ありがたかった。

騎士団にはもともと女騎士もいたし、リーリシャリムは美少女枠だったので団員もスルッと順応したようだ。

順応しすぎである、とグノンは考える。

グノンの竜である赤色の竜、カイエンに好物の果物を与えてグルグルと鳴かせ、久しぶりだったね、と抱きついた。


「ちょっと借りて乗ってきてもいい?」

「ちょっとだけだぞ」


と言うとはちみつ色の髪をなびかせて王宮を一周する。

相変わらずである。

都での評判は下がるどころか


「国賓の身分を投げうって騎士になった姫君」


と、評判らしい。

しかし中身は義弟なのである。

グノンはため息を漏らした。



***



ハポン国は徹底した男尊女卑の国であった。

女宰相であったリーリアムラーはこの国の女性の地位を向上させたいという志を抱きながら嫁入りし、10年近くかけて挫折を知る。

子どもは5人生まれていた。5人目の初めての娘を抱いて途方に暮れた。

王妃であっても、この国のありかたをどうもできないのだ。

夫は自分にべたぼれだが、娘の代がどうなるのかまでは分からない。

意にそまぬ相手に嫁がされ、嫁ぎ先で不自由な思いをすることを考えると生まれた国に戻した方が良い。

しかるべき時が来たら、自分が生まれ育ったメーユ国で成人させ、自分で身を立てられるようにしよう。

そのために幼いころから6歳まで厳しい学問をさせたのだ。

周囲に女として見下げられ、母に厳しい教育を受けた優秀な娘は、どこか冷めた子供に育った。

幸い自分に仕えていた女騎士が国境近くの豪農に嫁いでいた。

自らお忍びで見に行った村は、規模が大きく自然が豊かで男性と女性は性差別なく暮らせているようだった。

それでも念のために娘に常に男性の身体になる魔法をかけて、行方不明になったことにしたのである。

夫である王は取り乱し、国中を探し回った。

しかしリーリアムラーは知らぬ顔をしていた。

娘の未来のためである。



***



(……今日もやられてしまった)


抱きついてくる柔らかく心地よい体を引きはがすのはもう何度目だろう。

ああ、ちゃんと彼女が欲しい。


「こんな美少女に魅了されないなんてグノンには若さがないんじゃないの?」

「本当の美少女は自分で美少女とは言わない」


身支度をしながら二人は言い合う。


「申請する書類が今日は多いから運ぶのを手伝ってよ」

「おまえがさぼったせいだ。マメに申請しろと言われていただろう」


並んで騎士棟まで歩きながら副官である自分の予定を確認する。

鍛錬、警護の総括の後の午後にちょっと余裕がある。

結局つき合ってしまう自分は甘い義兄である。

久しぶりに行った文官棟でも女性に変わったリーリシャリムへの反応は薄かった。拍子抜けである。

そういえば元々義弟は美貌の有名人だったのである。


(やっぱり……)


という視線が多いようだった。

奥の机に陣取るマリベルの隣には、意味もなく夫のルルファスがいた。

書類を置いてから、騎士の仕事をさぼっているルルファスはもちろん回収である。

嫁バカも大概にしろ、というとうちの妻がかわいすぎて、とにやける。

マリベルの仕事が進まない、とチアシェが笑っていた。


「ルルファスはマリベルのどんなところが好きなの?」


リーリシャリムが熱心に聞いている。


「いつもは怖いんでしょ、マリベル」


うっとりと新婚のルルファスは言う。


「でも、二人の時はすごくかわいいし、出かけるときはめちゃくちゃ美人に変わるんだ。というか、仕事の時は人の目が面倒で無駄な手をかけないんだってさ。そこも俺だけのものって感じがするし、新鮮だし、ドキドキするよ」


「新鮮で、ドキドキ……」


リーリシャリムは考え込んでいた。

これ以上面倒を起こさないで欲しい。



***



ハポン国王夫妻が非公式に我が国にやって来ることになった。

生き別れたかわいい娘にぜひとも会いたいらしい。

そりゃそうである。

そうなればリーリシャリムは国賓に戻る必要があった。

嫌がるかと思ったが、なぜだか乗り気である。

大丈夫か、主に礼儀作法、と思っていたが、特に何の準備もせず一行を迎えることとなった。

中規模のパーティーが開かれる。

リーリシャリムは心配するグノンをよそに「ちょっとそこまで」感覚で王宮の貴賓室に飛んで行った。

年頃の男女が招かれることになっている。

グノンは数時間要人の警備を任されたが、あとは自由にしていいと言われている。

今度こそ良い出会いを探すと意気込んだ。

なのに……


現れた美貌の姫君に会場はどよめいた。

現れたリーリシャリムは優雅に歩いて美しく一礼すると貴賓席に座る。

はちみつ色の髪を美しく結って、青色の目を輝かせ、化粧のおかげかいつも以上に上品でたおやかに見える義弟が、青いドレスをまとっている。

光沢のある青い生地に金糸で刺繍がされたドレスはリーリシャリムに良く似合った。

形の良い胸、細い腰が強調され、程よく筋肉のついた腕はちみつ色の透けるグローブをはめていつもより華奢に見える。

後ろに控える自分に、いつもはしないいい香りが漂ってくる。


父と母であるハポン国王妃夫妻に呼ばれると、立ち上がって美しく礼をして口上を述べた後、くるりと振り向いて……


「グノン、踊れるでしょう?」


警備をしていた自分に手を差し出した。

断れるはずもなく、礼服のままホールに滑り出す。

村にいるころからダンスが好きなリーリシャリムの相手をするうち、グノンもかなりのダンスを覚えた。

無骨な自分が女性を誘うのにとてもいい武器だとリーリシャリムに感謝している。

しかし、これでは……

最後まで二人は踊り続け、グノンはまたしても出会いを逃したのである。



***



宴の後、花街へと続く華やかな道をグノンは騎士団の仲間と歩いていた。

「いいのかい?」と言われたけれど何が「いいのかい?」なのかが分からない。

王宮のまともな女の子はもう自分を相手にしてくれないだろう。

田舎の両親に誰か紹介してもらうのもいいかもしれない。

とにかく結婚しなくては。

今はとにかく女を知ってしまいたい。


あんなに遠いなんて思わなかった。

あんなに立場が違うなんて思わなかった。

やっぱり生まれ育ちってあるんだな。


家には女友達のマリベルに作ってもらった魔法陣が張ってある。

女性を通さない仕組みになっている。

もうリーリシャリムに抱きつかれることはない。

要人警護からは外れるようにしよう。

それが一番いい。


あら良い男ね、と声がかかり、女たちが手招きする。

甘い香りに酔いそうになりながら、花街で一番の女を抱きたいんだ、と言ってみると竜使いの騎士ならば歓迎よと立派な楼閣に導かれた。

とても高価だが夢のように美しく、とろける時間を過ごさせてくれるらしい。

竜でも来られる立派な屋上があるらしい。

しばらく通うかもしれない。

あら素敵な人が来たわ、と、その妓楼一の美女が嫣然と笑う。

二人きりになり、まずは酒を飲む。

義弟の愚痴をこぼし、優しく聞いてもらう。

頭をなでられて、自然と唇と唇が近づいて……


「グノンをたらしこんだらこの宿を全壊させてやる!」


建物が大きく揺れ、耳になじんだ声が叫ぶのが聞こえた。

なんだなんだ、とみんなが出ていく気配がする。

グエンの場所が分かるカイエンをあせって操って、勢い余って着陸し損ねたらしい。

弁償金……とグノンは遠い目をした。


お客様、お待ちになって、と言う声と、ドタドタ大勢の足音が近づく気配にグノンは頭を抱えた。

パーン!と、扉を開いたのははちみつ色の頭と青いドレスをぐしゃぐしゃにした美少女だ。

ボロボロ涙をこぼしながら抱きつく。


「なんで家に入れてくれないの……っ。おっ、大人の女の人じゃなきゃダメなの?」

「なにもかもめちゃくちゃだぞ。姫君にあるまじき状態だ」

「姫君は一日だけだよ。明日からまた騎士団勤めだよ」


しがみついて離れないリーリシャリムをべりっとはがそうとすると、まあ、お兄さんつれないのねぇ、と美女が笑った。


「いいかげん観念してあげたら」


うちの義弟はブラコンで、いつも自分の恋路を邪魔してばかりいるのだ。


「お前とどうこうなったら、母さんに顔向けできないだろ?」

「騎士団に入った時、父さんと母さんにはもう、許可を取ったよ?」


え?と、驚くグノンに得意げに胸を張る。


「そうじゃなければ年頃の娘と同居なんてありえないでしょ」


呆然とするグノンにリーリシャリムは続ける。


「今回は父上と母上に許可を取るために来てもらったんだ。ついでにグノンに俺の美貌を改めて焼き付けようと思ったんだけど……」


効かなかったな、あきらめないけどな!と、こぶしを握る。


「……お前は俺のこと、好きなの?」

「何を野暮なこと聞いてるのお兄さん」


呆れた美女の言葉にリーリシャリムは困った顔をする。


「それをグノンが俺より先に言わなかったら、結婚させてあげられないって母さんに言われたんだ」


……え?


「言っておあげなさい、お兄さん」


周囲の気配に気づくと、街中の人じゃないかと言うくらいの顔が自分を見つめていた。


「ちょっと、ここでは……」


後ずさるグノンをリーリシャリムは逃がさない。

騎士の腕力と魔力でからめとられた。

こいつ実はもう魔力が戻っているな。


「今言わなかったら、ここで公開キスしてやる」


恥ずかしさに思わず、


「好きだよ!」


と叫ぶと、かわいい義弟はいたずらっ子の顔で満足そうに笑った。






【了】


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