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第11-4話 カイナー地方、帝国最後の希望へ

 

「なるほどな……いよいよ無事なのはウチだけか……」


 春告祭兼収穫祭も終わり、やる気マックスになった我がカイナー地方。


 現在、街をあげて防衛ラインの強化と備蓄用の食糧増産にまい進している。

 避難民の有志にも協力してもらい、防衛ラインの戦力も大幅に強化された。


 帝都冒険者ギルドの上級クラスや、帝都大学の研究者たちが合流してくれたのが大変心強い。


 地脈の活性化により、ダメージ床四式を使った食糧増産計画も予定以上の成果を上げている。

 報告書類に並ぶ数字だけを見れば、順調そのものなのだが……。


「帝都だけでなく、北方のノルド、東方のオスト地方まで魔軍の支配下に……帝国の穀物倉庫と言われたオストと、魔導工業地帯であるノルドを押さえられたのは痛いですね……」


 執務室の壁に貼られた帝国の地図を見ながら、フリードが唸っている。


 フリードの言う通り、じわじわと確実に侵攻を進める魔軍は、帝国最大の工業地帯と穀倉地帯を押さえ、その他地方の立ち枯れを待っているようだ。


 事実、小さな街の中には魔軍に降伏する所も多いと聞く。


 帝都正面で行われた攻勢で大敗した帝国軍はもはや軍の体を成しておらず、戦力は散り散りに……皇帝陛下や政府首脳の一部は離宮がある南西地方の離島に逃れたようだが、もはや帝国の運命は風前の灯火と言ったところだろう。


 となれば、一定の人口と戦力を残しているのは我がカイナー地方だけという事になるのだが……。


「ノルド、オスト地方を押さえられたせいで、カイナー地方に繋がる街道も遮断されています……そのため、避難民の流入が止まった状態です」


「むむむ……」


 自給自足できるとはいえ、食糧の増産にも防衛力の強化にも人材がいる……今まではその人材を移住者や避難民の中から募集していたのだが、魔軍の奴らはそこに気づいたのだろう。


 現時点の人口は35万人……当面これ以上の人口増加は望めないという条件で計画を練り直さなくてはならないか……。


 私が痛むこめかみを押さえながら、大量の数字が並ぶ資料との格闘を開始しようとした時、派手な音を立てて執務室の扉が開かれる。



「はうわわっっ!? か、カールさんっ! たっ、大変な事が起きましたぁ!!」



 あわてて入室してきたのは、メイド服姿のアイナだ。

 休憩時間におやつを食べていたのだろう……クリームたっぷりのシュークリームが乗った小皿を右手に持ったままだ。


 食べかけのカスタードクリームが右頬にちょんとくっついている。


 いつもどおりあわてんぼうな彼女に思わずなごんでしまった私は、とりあえず落ち着かせようとアイナの頭をぽんぽんする。

 人差し指で彼女の頬に着いたクリームをぬぐってやると、アイナは私の人差し指をぺろりと舐める。


 あまりに自然なその動作に、フリードが「えぇ……?」と驚いているが、何かおかしなところがあっただろうか?


 まあいい……私は優しくアイナに話しかける。


「ふふ……アイナよ、世の中に慌てたり叫んだりするに値する出来事はあまりないぞ? 落ち着いて何があったか聞かせてごらん」


 そう……ほとんどすべての事象はどんなに突拍子が無いもののように思われても、想定の範囲内に収まるものなのだ。


 まずは冷静に話を聞いてから対処を……余裕たっぷりな私の態度は、アイナの次の一言にあっさりと崩れ去る。


「えとえと……”ていこくさいしょう”クリストフ卿が……カールさんに助けを求めて来たそうですっ! 砦にいるサーラちゃんからの連絡ですっ!」


「なっ!!! なんだってえええええええっ!?」


 驚きのあまり椅子から飛びあがった私は、机の天板に足をぶつけ、しばらく悶絶するのだった。



 ***  ***


「……ダメージ床整備卿カールか……笑いたければ笑え……帝国はもうおしまいだ……せめて静かに余生を送ることが出来る場所を貰えないだろうか……」


「…………」


 あわてて向かったカイナー地方防衛ラインの砦で、私は帝国宰相クリストフ・ハグマイヤーと再会していた。


 私をカイナー地方に追放したときの嫌味ったらしくも活力にあふれた往時の姿はそこにはなく……自慢の赤毛も黒く薄汚れ……廃人のように座り込み、虚空を見つめながら助けを請うクリストフは、一気に老け込んだように見えた。


 彼を保護して逃げてきたのだろう……10人あまりの兵士と高級将校たちからは、憐れみと侮蔑の視線を送られている。


「……とりあえず、事情を聞こう……ハグマイヤー卿、屋敷は用意しておきますので遠慮なく静養なさってください」


 私を追放したライバルがわずか1年でこうなるとはな……時の流れの残酷さを思い知りつつ、私は事情を確認するべく付き添いの高級将校に話しかけるのだった。



 ***  ***


「なるほど、魔軍王リンゲンに……クリストフが重用していたアンジェラという女は魔軍の幹部だったと」


「はい……おそらく、ハグマイヤー卿にダメージ床の撤去を進言していたのも奴だったのでしょうな」


 私は別室で高級将校 (帝国軍の総参謀長だ)と情報交換をしていた。


 彼の口から魔軍の状況とクリストフが犯した失策の顛末を聞き……思わず唸っていたところだ。

 何のことは無い、敵の重鎮が帝国政府の中枢に食い込んでいたのだ……魔導傀儡兵がカイナー地方に出現したのも道理である。


 私はサーラから聞いたアンジェラの情報を思い出していた。


 魔軍王リンゲンの右腕で銀髪の魔女……純粋な実力ではサーラには及ばないという事だったが、陰湿なからめ手を使って来るので注意……今後本格化するであろう魔軍の攻勢に備え、気をつけておかねばな……私は改めて気を引き締めていた。


「目先の利益に目がくらみ、ダメージ床の全廃に安易に同意してしまうなど、おのれの見識の無さを反省する次第です……バウマン卿……あなたが帝国に残された最後の希望です」

「不肖私めも心を入れ替えてご協力しますので、帝国を守ってくれませぬか……」


 そう懇願してくる帝国軍総参謀長……彼は魔軍の攻勢に際し、帝都正面に防衛ラインを構築した功労者だったな……カイナー地方の防衛ラインでも役に立ってもらえそうだ。


 私は彼の提案に快くうなずくと、防衛ラインの強化に協力してもらうことにしたのだった。


 彼と実務的な打ち合わせに入る……そのころには落ち延びてきたクリストフの事など、さっぱりと頭の中から消え去っていた。


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