22.学祭とチキンハート
放課後の空き教室に、ぽろろんという間抜けなギターの音が響いた。手元から発生している音に哀愁を感じながら、私は溜息を一つ吐いた。
学園祭まであと一週間となった放課後。私は一人空き教室でギターを片手に黄昏ている。窓から吹き抜ける秋風は溶けたチョコレートのように生温くて、放課後特有のどろりとした気怠さを纏わりつかせる。
揺れるカーテンに合わせて弦を爪弾くと、だんだんと眠たくなってきた。
一体、なぜこんなことになってしまったのだろうか。乾いたあくびが浮かぶ。
この学校の学園祭は、二日間に渡っていろいろな催し物が行われる大イベントだ。
各々のクラスが模擬店を出したり、体育館で一日中ライブや演劇が行われたり、クラスメイトの絆が深まるだけではなく、校外の人間も多く参加する、そんな学園祭。
最終日に行われる後夜祭では、一緒にダンスを踊って想いを伝え合ったら恋が成就するよ、みたいな七不思議めいた迷信もあって、会場の色めきが最高潮に達する。
このイベントの魔力は、前後でクラスの相関図をガラッと変えるほどのものであり、要は青春直下型イベントというわけだ。
去年はクラスでの出し物にちょっと参加したくらいで終わったが、今回はそうはいかない。なぜならあの好奇心モンスターがいるからだ。
文香との試合が終わった後すぐに、ちいリスト「エンジョイ学園祭」がスタートした。
彼女は出来る限りやれる事をやり尽くしたいと言い出し、どこから取り出したかもわからない去年のパンフレットと睨めっこを始めた。それが昨日の話。
百ページを超える文芸本を出す、演劇をジャックする、模擬店のお化け屋敷に勝手に幽霊として加わる、告白シーンを十回以上見る、後夜祭で花火を打ち上げるなど。
次々と挙げられる現実とは思えない提案を却下し続けた結果、全ての出し物を回ることと、バンドを組んで曲を披露するという二つの案が採用になった。
そうして私がギターを練習するという現状に至るわけだ。
因んでおくと、私はギターを弾けないどころか楽譜すら読めない。どこを弾けばなんの音が出るかもわからない素人だ。
家の押し入れに眠っていた父のギターを借りて持ってきたものの、もう既に何をすればいいかもわからない。他の提案の非現実感でごまかされていたが、これもなかなか突拍子もない。
うとうとと弦を弾いていると、ガラガラと勢いよく扉が開いた。
「おっ、コマキサちゃん早いじゃん。うぃーす」
振り返ると、セミロングの髪をくるくると巻いた知生が立っていた。普段より装飾が多く、手首についたシュシュが可愛らしいが、手の甲を見せたピースが丁度いいおバカさを醸し出していた。
口調同様心なしか、いつもより制服も着崩しているように見える。
今まで見たことがないレアキャラだ。うーん。なんだろう。ゆるふわおバカキャラかな?
「うぃーす。……って何その感じ」
「今日のテーマはギャルみたいな? フゥ!」
「随分と偏見が混ざったギャル像だね」
予想が外れた。今までに比べると括りが広いキャラ設定だな。ふらふらと私に近づいた彼女は、私の太ももの上に鎮座するギターを指差した。
「あれー? ギター持ってきてんじゃん。ウケるー」
「家にあったから持ってきたよ。昨日も言ったけど、私は全く弾けないからね」
「弾けないとか、ウケるー」
言葉数が追いつかなくなったのか、知生は同じ言葉を繰り返して席につく。彼女は鏡を取り出し前髪をいじり始めたが、早くもキャラに飽きたらしく、大きく伸びをして机に突っ伏した。
「古そうなギターですね」
「怖いからその急にスイッチ切れるのやめてよね」
「いい加減慣れてくださいよ。それ、ちゃんと鳴るんですか?」
「鳴る鳴る。ほら」
私はたどたどしく情けない音を奏でる。音を聞いた知生は、鋭く唇を尖らせた。
「うーん。ひどい音です。弦が錆びてるんじゃないですか? ちゃんとしたやつを借りに行きましょう」
「えっ」
「ほら、行きますよ」
立ち上がった知生に手を引かれ、私は慌ててギターを机に置いた。彼女の足はどんどんと部室棟の方へと進んでいく。相変わらず思いつきから行動までが早すぎる。
「借りるって、まさか軽音部に?」
「もちろん! まあ借りるのはギターだけじゃないですけどね」
あっという間にたどり着いた部室には、今日の知生の如く盛盛の装飾で『軽音部』と書かれていた。扉の奥からはわずかにギターの音が漏れてきている。
未踏の地である文化部棟に視線を泳がせる私に反し、知生は遠慮なく扉を開けた。
「頼もう!」
鼓膜を貫通しそうな知生の声に、部屋にいた少女がびくりと身を震わせる。伸びた髪を二つに分け結び、地味な見た目をした女の子が、広い部室にただ一人だけ取り残されたようにたたずんでいた。
様相とは反する派手な色合いのギターが、慌ただしい挙動に合わせて光を吸い込む。胸のリボンを外していてわからないが、この初々しい感じは一年生だろうか。上級生でもないだろうし、同じ学年でも見たことがない。
知生が足を進める度、彼女の顔色は不思議と安堵に変わっていく。
「ハロー」
「……へ、へろぅ」
地味な少女は知生に合わせるように言葉を返した。少女は俯きがちにギターを構えているが、それでも知生のほうが小さい。
「軽音部は人が少ないんですね。響ちゃん以外の部員はお休みですか?」
「ううん。みんな学園祭前だからスタジオに行ってるの。……私みたいにバンドを組んでいない子なんて他にいないから……ごめんなさい」
「なんで謝るんですか。好都合すぎて笑っちゃうくらいですよ」
「そ、そうなの? ……ごめんね」
少女はぺこぺこと頭を下げながらそう言った。知生とは真反対の、何とも主張が弱そうな少女だが、どうやら二人は知り合いらしい。
知生は私たち両方に視線を動かし、お互いの紹介を始めた。
「紹介が遅れました。こちらクラスメイトの西代響ちゃん。あっちがコマキサ先輩です」
「に、西代です! ……こ、コマキサ先輩? 海外の方ですか?」
「小牧よ、こ、ま、き! 小牧沙夜子!」
知生に向けた言葉で、少女の体躯が驚くほど跳ねた。
「ひゅっ! ご、ごめんなさい……」
「ああ、違う違う。知生に言ったの。二年の小牧だよ。よろしくね」
「は、はいぃ……」
どんどんと小さくなる少女の姿を見て、早くも悟ってしまった。この子はとてつもなく刺激に弱いらしい。というか私みたいなでかい女が声を荒げたらびっくりするかそりゃ。
その様子を知生はにやにやと傍観している。
「コマキサちゃんこわーい」
「もう、紹介くらいちゃんとしてよ。というか驚いた。知生って友達いたんだ」
「失礼すぎてウケるー」
くるくるとウェーブのかかった後ろ髪を操りながら、ギャル知生は西代さんの背後に回った。
知生がクラスメイトとコミュニケーションを取っているという景色は、私からすればファンタジーに近いものに見えた。
「バンドをするにしても人数が足りないので、響ちゃんに協力を要請していたのです! ジャジャーン!」
「相変わらず相談もなく手が早いなぁ」
「わ、私なんかですいません……」
「何を言ってるんですか。響ちゃんじゃないとダメなんですよ。ほら、胸張ってください!」
ピシャリと知生に背中を叩かれ、まっすぐ西代さんの背筋が伸びる。これはこれは。知生とはまた違った可愛さがある気弱ガールだ。
上目遣いでこちらを見上げる西代さんの後ろから知生の声が響く。
「早速なんですが、楽器が足りなくて困ってるんです。余ったギターとかってありませんか?」
「余ったギター? 家にはあるけれど……」
「なるほど。じゃあとりあえず今日は方向性の決定とコマキサ先輩の指導ですね。よしっ。一旦教室に戻りましょう!」
知生は西代さんの背中を押し、来た道を引き返していく。無理やり足を進めさせられた少女は、ほにゃほにゃと不思議な声を上げながら空き教室まで連行された。
なるほど。借りるのはギターだけではないという言葉はこういうことか。
私は側から見るとああいう風に見えているのか、なんてことを考えながら、彼女たちの後を追った。
「な、なによこれー!」
教室に戻るや否や、衝撃的な光景に私は大きく声を上げた。
机の上に置いてあったギターの弦が、全て千切れているではないか。いくらお古のギターだからといって、全弦が綺麗に切れることなんてあるのか。それもよくわからないが、私は急いでギターに駆け寄った。
「ううー切れてるー。なんでぇ」
「切られてますねこれ」
知生はかまきりのような動きをしながらギターの亡骸に近づき、弦をゆっくりと指でなぞった。
「切られてる?」
「はい。ハサミですかね。まあ元々古い弦で張替え必須ですけどね」
張替え必須だろうがなんだろうが、切られている事には変わりない。恐ろしい出来事じゃないか。
それなのに知生は落ち着きを払っていた。私と西代さんは、同じように狼狽ているのに。なぜ同じ事実を受け止めて、こんなにも心境に差があるんだろうか。
「え、なんでそんなに冷静なの? 割と大ニュースでしょ。怖くない?」
「くだらない。質の悪い悪戯です。ひょっとすると、両手ハサミ星人が間違って触っちゃったのかもしれませんね。名誉のためにも放っておきましょう」
知生はさらりとそう言った。ここまで冷静に応じられると、騒いでいる私が恥ずかしくなってくるじゃないか。というかそんな星人がいた方が大ニュースでしょ。
私が渋々ギターをケースへと戻したところで、知生が定位置であるホワイトボード前に立った。
「さてさて。学園祭まであと一週間しかありません。非常にカツカツです」
「やっぱり無理じゃない? そもそも曲とかどうするの? コピー?」
「あのぅ。実はですね……」
私の疑問に対し、西代さんが見えるか見えないかくらいの高さに手を上げた。
手に握られた携帯電話の画面には、音楽再生アプリが映されている。
「私、曲作りが趣味と言いますか……。発表もしないくせに曲ばっかり作っているんです。あはは……ごめんなさい。陰キャでごめんなさい」
彼女は勢いよく頭を下げた。くくった髪がふわふわと揺れて、影を吸い込んでいる。
自信なさげな彼女の主張に、私は驚き声を上げた。
「すごいじゃん! かっこいい!」
「よ、よかったら、ここから選びますか? バンドを組んだらやってみたい曲があって……。はっ! す、すいません偉そうに……」
息を吹き込まれたように笑顔を咲かせた西代さんは、すらすらと画面をスクロールし始めた。画面の変遷を見たところ、その数はどうやら一曲二曲なんてものじゃなさそうだ。
「ベリーグッド! 響ちゃんの一番おすすめをやりましょう! いいですよね?」
まったりとした光に吸い込まれるような声を、知生の声が覆った。
「もちろんそれはありがたいけれど。西代さんはいいの? せっかくのオリジナル曲なのにもったいないんじゃない?」
彼女は両手をぱたぱたと振った。
「どうせ私一人じゃ披露なんてしませんし……。むしろ披露する場を与えてもらえるだけで感激ですっ! ただ……」
「ただ?」
「まさか歌うとは思っていなかったので、歌詞が……」
「ああ、それならコマキサ先輩に任せればいいですよ」
知生は当然のことのようにさらりと言葉を吐いた。二つ返事で言葉を返すほど、私と言えば歌詞、みたいな感覚は全く湧かない。
「私? 無理だよ! 私の頭の残念さを知ってるでしょ? なんなら私の学年順位を発表しましょうか?」
「結構です。というか、頭の良さなんてものは要りません。あなたが高校生活で味わったいろんな感情。それをそのまま言葉にすればいいだけです」
音楽経験のない私に作成権限が付与されるなんて。そもそもいろいろな感情を言葉にすることが出来ていれば、こんなに拗れた高校生活は送っていない。
「簡単に言ってくれるね。どうせ歌は知生が歌うんでしょ? あなたが作った方が……」
「ちっちっちいです。私は、響ちゃんが作ったメロディで、先輩が作った歌詞を歌いたいんです。それでこそバンドじゃないですか」
リズム良くゆらゆらと揺れる知生の指は、私を一瞬で催眠下へと落とした。かわいいな今の。
「ちっちっちいってやつ、可愛かったからもう一回やってもらって良い?」
「じゃあ歌詞は先輩に決定で!」
「しまった! 変なこと口走ってる場合じゃなかった!」
数秒の催眠であっさりと拒否権を奪われてしまう。僅かな油断の隙に、知生は再びホワイトボードの方を向いた。
軽快に動くペンが、曲、メンバーという文字に丸を付けていく。
「これで曲はバッチリと。二人にはギターを弾いてもらって、ドラムも別で手配していますし、あとは練習あるのみですね」
「あれ? 知生はなにやるの? 歌だけ?」
「私はベースとボーカルをやりますよ」
「ベース? 弾けるの?」
「まあ嗜む程度ですけどね」
「またあなたはさらりとハイスペックなことを……」
彼女は本当に何でもできてしまうんじゃないか、と思わされると同時に、この場に自分と同じ状況の人間がいないという事実が浮き彫りになってしまう。
かつかつと叩かれる練習という文字に対し、私の顔に苦笑いが張り付いた。
「あれ? じゃあ私だけ初心者なの?」
「ええっ! 小牧先輩初心者なんですか⁉︎」
西代さんの声量最大値が更新される。知生が至る所で説明を端折るせいで、後々こうやって誤解を解いていかないといけないじゃないか。
二人から視線を外し、私は頬を掻いた。
「お、お恥ずかしながら……」
「まずは持ち方から教えるレベルですよ。でもまあ一週間で簡単なコードさえ出来るようになれば、あとはスーパーギタリストの響ちゃんがカバーしてくれますから」
「えぇ⁉︎ か、カバーなんて出来ないよぉ」
「大丈夫です! 響ちゃんなら絶対出来ますから! ……まあとりあえずはコマキサ先輩に教えてあげてください」
「よ、よろしくお願いします」
こうして不安材料が盛りだくさんに詰まったまま、西代さんによるギター教室が始まった。
二言目にはごめんなさいが入るほど気弱な西代さんは、懇切丁寧に私にギターを教えてくれた。
出来たことには一緒に喜んでくれて、苦戦しているところには気長に付き合ってくれる、そんな初心者にとても優しい先生だった。
その甲斐あってか、私は時間も忘れるほどギターにのめり込み、気が付くと窓の外が真っ暗になっていた。秋の虫がひょろひょろと声を出している。
「今日はここまでにしましょうか」という知生の声のあと、私は丸まった背中を思いっきり伸ばした。
「あー楽しかった。西代さん、教えるのうまいね」
「い、いえ。先輩の飲み込みが早いんだと思います! わたしなんてほんと……」
「すごくわかりやすいよ。楽しめたし。でもあれだね、右手と左手で違う動きするっていうのがぎゃーって感じ」
「ふふっ。最初は難しいですよね」
譜面とにらめっこをしながら空中で指を動かしていた知生も、西代さんに合わせて息を漏らした。
「ふっ。ぎゃーって。歌詞作りが不安になる語彙力です」
「うるさいなぁ」
黙っていれば絵になるのに、こういう余計な一言を放り込んでくるところは本当にかわいくない。
そういえば、知生のクラスメイトと話す機会なんて今までなかったし、私といるとき以外の彼女の様子を知らない。
意地悪もかねて、私は西代さんに小声で言葉を渡した。
「ねえ西代さん。あの子クラスで浮いてない?」
「陰口は本人がいないところでするもんですよ」
しっかりと言葉を聞いていた知生は、嫌な顔もせず愉快そうに荷物を片づけ始めた。
西代さんはきょろきょろとあたりを見渡した後、申し訳なさそうに口を開く。
「ふ、不思議な子だなとは思われてるかと。浮いているのは私も同じなので……。というか、私は浮いてすらいないくらいですけど……」
「ふふっ。響ちゃん、フォローになってませんよ」
「ご、ごめん……」
知生はさらに愉快そうな笑みを浮かべ、窓の外を眺めた。
「まあ響ちゃんはともかくとして、私は間違いなく浮いていますね」
「おおー。自覚あるんだ」
意外だった。自由奔放に生きていると思っていたが、彼女にも浮いているという感覚はあったのか。それでも変わらず行動するところが、おそらくこの子のすごいところなのだけれど。
知生の眼は変わらず深い黒色の先を見つめている。
「感性の尖った人間って、みんなどう扱って良いのかわからないんですよ。浮いているというか、触らぬ神になんとやらですね」
「あなたの場合、溶け込む気も無さそうだしね」
「あと、私みたいなのを嫌う人たちも間違いなく一定数いますから」
なんてこともないように彼女はそう言った。ちょっと方向を変えればとてつもなく人気者になりそうなのだが、彼女の求めている高校生活はその先にはないんだろう。
というか、そんな触りたくないなんとやらに、よくもまあ協力してくれる人間が現れたものだ。
私の興味は途端に横に座る少女に向いた。
「そういえば、西代さんはなんでこの話に乗ったの?」
「へっ。わ、私ですか?」
「うん。学校を代表する変人からの誘いに乗るって、結構勇気がいると思うんだけど。無理やりなら早めに逃げた方がいいよ」
皮肉を言ってやったつもりなのに、知生は気にする様子もなく大らかに笑っていた。西代さんはそんな彼女をちらりと見た後、もじもじと言葉を繰り出した。
「私は……見ての通り内向的で、クラスでも部活でも友達がいなくて……。でも、ライブにはちょっと憧れがあって……。そんな時、知生ちゃんが誘ってくれたんです」
「なるほどね」
確かにそんなタイミングでこのモンスターにエンカウントしてしまえば、逃げるという選択肢も無くなるだろう。
彼女も彼女で非常に惜しいと思う。私なんかがこんなことを考えるなんておこがましいが、彼女のような人柄を好むような人は絶対にいるはずだ。この数時間でそう思わされたのだから、この所感は間違いないと思う。
それでも彼女は自分の中に閉じこもってもくもくと曲を作り続けている。そんな彼女を知生はどうやって掘り出してきたんだろうか。
「知生は? なんで西代さんを選んだの?」
「どうせやるんなら、学校で一番うまい人とやりたいじゃないですか。それに名盤が世に出ず埋もれるのはもったいないですし。先輩にもきっとわかります」
意味深にそう告げた知生は、目を輝かせて西代ちゃんの頬をついた。スター発見くらいの感覚なのだろうか。
「知生がそこまで言うなんてなんて珍しいね」
「……まあ穴が空くほど学園祭のポスターを見ていたのが決め手ですけど」
「い、言わないでぇ。恥ずかしいよぉ」
「あはは。そんなに出たかったんだ」
「からかわないでくださいー」
そこまで出たかったのに、唯一バンドも組まずに部室に取り残されていた彼女の気持ちを想像して、じんわりと私にも火が燃え移った。
「西代さんの晴れ舞台を飾るために、いっちょ頑張りますか!」
「一番頑張らないといけないのは先輩ですけどね」
「ふふっ。き、気持ちはとっても嬉しいです」
「くっ。見てなさいよー!」
空き教室に私の遠吠えが響いた。




