表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ロボット画伯

作者: 海原進

 鈴木吾郎は画家である。

 齢十四にして、鈴木の作品はフランスのラ・ヴェール美術館に飾られることになり、一躍有名な絵描きとしてニュースにも取り上げられた。


 しかし今、彼の名前を、世間一般の人々は覚えてすらいない。

 なにしろ彼はここ三年間、筆を握ってすらいないのである。


 都内のアパートの一室。

 床はあちらこちらに雑誌が散らばっていて、六畳間はもはや、ゴミ屋敷と化していた。

 そんな部屋に、身をひそめるようにして、スマホを眺める男が一人。


 ただ、何もしない男。

 何もできない自分を呪い、時に涙する。

 これが、齢十八の鈴木吾郎の姿であった。



「おーい、吾郎。家にいるんじゃろ」


 突然、外からかけられた声に、鈴木はたじろいだ。

 ドアを開けるべきか三秒悩む。

 やがて、床の雑誌を跨いで、ゆっくりと、腰を低くして玄関に向かう。


「師匠、どうして」


 ドアの前に立っていたのは、全身白いタキシード姿に身を包んだ、英国紳士とでも称するべき老人。

 師匠と呼ばれたその老人は、白い髭を指でつまんで、鈴木を見る。


「お前、スランプなのだろう」


 どこで聞いたんですか、と掠れた声で鈴木がいう。


「なに、私はお前の師匠だ。お前のスランプを直すため、ある物をフランスから持ってきたのだよ」

「ある物、ですか」


 老人は、自分の足元に置いてある段ボール箱を指さす。


「ここに、私がフランスで開発した絵描きロボットが入っている。名を『ロボット画伯』という」

「ロボット画伯」

「そう。私の芸術の心を全て注いだ、高性能な絵描きロボットじゃよ。これの描く絵を見て、それでも絵を描きたくならないのなら、もう描く必要はない。」


 最後の希望。

 鈴木は、自分の背中が真っ直ぐになるのを感じた。


「では、せいぜい頑張りたまえよ」

「ありがとう、ございます」



 部屋に段ボール箱を持っていくと、意外と小さいことに気付く。


「さて、早速開けてみるか」


 そうして取り出したロボット画伯は、プラスチック製であった。

 さらに、リモコンも付いていた。

 試しに、「起動」と書かれたボタンを押してみる。


 無機質なマシンの音が、部屋に響く。

 そうして、ロボット画伯から、一枚の画用紙が、印刷機のように出てきた。


「なんだこれは」


 手に取ってみて、驚いた。

 そこには、散らかった部屋、つまりこの部屋の風景画が、色鮮やかに描かれていたのだ。


 散らばった雑誌をオレンジ色に塗るセンス。

 なんてことのない平凡な木製の机は、真っ青に染まっていた。


「これはまさに、そう、まさに芸術だ」


 鈴木は興奮を堪えきれないでいた。

 まさか、ロボット如きがこんな所業をこなせるとは。


「次、もう一つ、何か、この皿を描いてみてくれ」


 スイッチを入れて、あっという間にプリントアウトされた絵を見る。

 そこには、形容しがたい深みがあった。


 鈴木はうずうずと、足元が落ち着かない。

 それは決して、次にロボットが何を描くのか楽しみだからではない。

 自分も、こんな絵を描いてみたいという、純粋な少年の心がそうさせていた。


「よし、もっとロボットの絵を研究して、そして描こう」


 ロボットは音を上げることもなく、淡々と新しい絵を完成させ、その度に鈴木の心に火をつけた。


 そして、百枚は描いただろうか。


「私も、何か、そうだな。この部屋の風景を描いてみるか」


 三年振りに筆を握った。

 埃被った画材道具のなかから、使えそうな物を取り出して、真っ白なキャンバスに赤、青、黄色、様々な色を散りばめる。


 ○


 完成した絵を、誰よりもまず先に、師匠に見せたい。

 そう考えた鈴木は、フランスにとんぼがえりした師匠を追いかけた。


「それで、お前は三年振りに、どんな絵を描いたというのかね」


 無言で、鞄から一枚の絵を取り出し、師匠に渡す。


 師匠はそれを受け取り、しばらくすると、うーむ、と唸り声を上げた。


「吾郎。これはお前が描いたのか」

「はい」


 自信満々に答える鈴木。

 しかし、その答えを聞いて、師匠は顔色を変える。


「大馬鹿者め。何だこの絵は。喜びも哀しみも感じない。暖かくも、冷たくもない。そう、無機質な、ロボットのような絵だ。人間味のカケラもない」


 師匠に罵詈雑言をくらって、一瞬頭が飛びかける。

 しかし、ふと、師匠の言葉の意味を理解した。


 つまり、鈴木は、ロボットに影響されるがあまり、ロボットから学習してしまったのである。

 そう気付いた時には既に、彼はロボットのように涙も流せなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ