邂逅(かいこう)
はい、タイムアップだー。
なんとか、まにあわせます!
ところで、期限何時まで?(おいおい)
身体が岩の様に重くなり、私は動けなかった。
何故かと言えば、私に狙いを定めた一匹のオオカミの眼光が恐ろしくて動けなかったのだ。
全く気配に気付けなかった。まさに一生の不覚……。
そう、私は食べられる。こんな距離まで詰め寄られてなお、私の身体は動けれないからだ。
動いたとしても手遅れだろう……。
私は諦めて、その場に座り込む。
楽に仕留めて欲しい。それだけだった。
「…………?」
何故かオオカミは私を襲わない。ゆっくりと私の足元に、笹の束と花が一輪がそっと優しく置かれる。
「あ……!」
間違いない。私に食物を置いてくれる親切な方はこのオオカミだったのか……!
でも、どうして?
オオカミは依然と鋭い眼光で私の眼を見つめる。しかし、襲おうとはしてこない。そればかりか、暫くすると私の正面で座り込んでしまった。
「私はユクコロと申します。貴方は……」
言葉が通じるわけないのだが、話しかけてみる。
オオカミはゆっくりと口を開く。
『僕はウォセ。今まで騙すようなことをしてすまない。悪気はなかったんだ、ただ、君に喜んで貰いたかっただけなんだ』
驚いた――。言葉が何となく感覚で分かるのだ!
「ウォセさんと言うのですね……。いつもありがとう、でも騙すって一体どういうことかしら?」
『……不思議と君の伝えたいことが分かるよ。君の天敵であるオオカミが食料を置いていたと知ったら、わざと肥させて君を食べよう……って思うだろう?』
「だから騙すと?そんなの気にしなくていいのに。この世界では当たり前のことじゃないですか」
『そう言って貰えると助かる。まさか、君と話せるとは思わなかったし、会えるとも思わなかった』
オオカミの眼光は柔らかく、心から安心しているのが良く分かった。
「そうですね。私もお礼を言いたかったのです。いつかお礼をさせて下さい。……食べさせろとかいいませんよね?」
『い、言わないよ!!』
「クスクス、冗談ですよ。……あまり私達が一緒にいると、周りに見られた時に面倒です。また後日お会いしましょう。その時までに何かお礼を用意します」
私は頂いた食物をくわえてゆっくりと帰って行く。
オオカミのウォセさんも『また会おう』と一言だけ発してその場を後にした。
驚くことばかりだが、もう怖いという感情はない。
優しいオオカミだった。あの方が同じシカだったら良かったのにと思うと悲しくなる。……こればっかりはしょうがない。
私は笹の束に添えられている綺麗な椿の花を見て、静かに微笑むのだった……。