何時もの日常と非日常の足音
遅刻だ何だと騒いでいた古虎の予想を裏切り、少し余裕を持って、俺達は学校に辿り着いていた。
それは学校の玄関ホールの出来事である。
俺が何時もの様に上靴を取ろうと靴箱を開けたら。一通の手紙がポツンっと入っていた。高級感を漂わせる黒い封筒。手に取ると滑らかな肌触りが指を楽しませる。
封筒を確認すると金色の文字で『九頭龍祈理様へ』と俺の名前がしっかりと書かれていた。
「なになに、くーちゃん。ラブレターか!裏切り者め~」
「こんな重々しいラブレター嫌だわ」
「じゃあ、果たし状?」
「あー、無いとは言い切れないけど違うだろ」
俺は封筒を開いて中身を取り出し確認する。
ソコには3枚の模様の描かれたカードと『ザ・ウィッチ・カルマの招待状。参加者3名まで』と書かれた紙とが入っていた。
「なんだコレ?…」
ザ・ウィッチ・カルマ?参加状?本当に何だコレ。
他にになにか書いて無いかペラペラと紙を裏返したり明かりで透かしたりとしてみるが、本当にソレしか書いていない。封筒に入っていたカードも火の模様や水の模様やらが黄色い良く分からない模様やらが描かれているだけで、特に何かを説明するモノでもない。
訳の分からない手紙に首を傾げる。
「ああああぁーーー!!!」
「うぉおおおっ!!何だよ!」
「ソレあれじゃん!スゲーまじで在ったんだ!」
俺の手に持った紙を引っ手繰る様に取って、古虎は興奮したかの様に騒ぐ。凄い食いつきである。小学生なら親に叱られるレベルだ。大丈夫かコイツ?
そんな俺の怪訝な態度を見て、決まりが悪そうな顔で笑いながら、俺に紙を返す。
「にゃはは、ごめーん。ちょっとビックリしちゃって…」
「で、何なんだ?この、えと、ザ・ウィッチ・カルマ?っていうヤツは」
「えーとね、コレは……」
キーン コーン カーン コーン
古虎が説明しようとしたその時、学校の予鈴が鳴った。
「おっと、時間切れだわん。それじゃ説明は昼休み。ということで…棄てちゃ駄目だよ!じゃ」
「え、おい!」
そう言うと古虎は脱兎の如く走り去って行く。遠くから先生の怒鳴り声と古虎の謝る声が聞えた気がするが、それはどうでも良い事だろう。
「結局なんなんだよコレ…」
何だか良く分からないモノに目を向けて、俺は溜息を吐いてから、自分のクラスの教室へと視線を向け早足で去るのであった。
◇
授業が全然頭に入んねー。俺は黒板に書かれているモノをひたすらノートに書き写すという単純作業すらちゃんと出来ていない事に危機感を覚えた。今朝靴箱に入れられた封筒の事で頭が一杯である。いやホント何なんだマジでこれ?
やっとの事で授業が終わり。昼休み。
「どうした、祈理君。イラつ…もとい、心ここに在らず。みたいだけど」
声をかけたのは、長身の男。身長が190センチ位あり、鋭く切り上がった目をしているが、何処が気怠げ顔。肩に届く程に長い髪を切るのが面倒だ。と、ゴムで纏め上げる様なめんどくさいがりの一面を見せる。俺の(片手で数えれる位しかいない)友人の一人の春日零だ。
「ん、あれだ。なんか招待状?を貰ったんだ」
「なんの?」
「コレ」
そう言って靴箱に入っていた封筒の中に入っていた3枚のカードとを机の上に取り出した。零は紙を手に取って――読んだのであろう――少ししてから、視線がカードへと移た。
「んじゃ、こっちのカードが参加権みたいなモノなのか?」
「え、何でだよ」
「参加者三名で三枚のカードってそういう事じゃないのか?」
そう言いながら零は一枚のカードを手に取り、クルクルと回しなてカードを見ている。参加者三名で三枚のカード。言われてみればその通りかも知れない。
「あー、まぁ、そうかもな。詳しい事は古虎が知っていみたいだから古虎待ちなんだけど…」
パタパタと廊下を走る音と先生の怒声と謝る声が聞えるものの、走るのを止めずに音がコチラ近づいてくる。
「おっまたせー!」
普段の二割増しテンションの高い古虎が教室の扉を開けてコッチに向かって来た。
「おー来たな古虎君」
「遅っせーよ」
「ごっめーん!皆大好き五原味 古虎君が未ましたよー。て、もう始めちゃってる感じかにゃ」
「んにゃ、まだ」
そう言い、椅子に座りながら背をグッと伸ばした後、零はまた、カードと睨めっこする様に見詰めている。気に入ったのであろうか?
「そっか、良かった良かった、ハミられ者のハミ子さんになる所だった」
独特の言い回しをしながら、古虎は近くにある椅子を近くに運んで座り、鞄からポテチやらポッキーやらのお菓子を取り出して机の上に広げる。コイツの鞄の中、お菓子やジュースしか入って無いんじゃないのか。くるくると変わる表情を見ながら心配になる。
「くーちゃんも、かー君も食べていいよー」
「おーありがとう」
「さんきゅー古虎」
そんな心配事などお菓子の前では無力。皆でお菓子を食べながら、話題は今朝の出来事へと移っていく。
「ザ・ウィッチ・カルマっていうのはゲームのアプリなんだよ」
「ゲームのアプリ?」
なんかのパーティーとか思っていたのだが、違うのかと内心少しガッカリした。
「うん、そう。ちょうど3人全員参加出来るっぽいし、皆でこのゲームで遊ぶわん。あ。俺、参加権貰っていい?他の人誘うとかなら諦めるけど…」
「まぁ、遊ぶんなら此処にいる3人でするから、それは別に良いけど。スマホのゲームアプリで、招待状やら何やらの話になるんだ?」
「ふ、ふ、ふ。答えてしんぜよう。ザ・ウィッチ・カルマとは、数年前からネットの一部で噂になっているゲームアプリで、題名通り魔女と自身の業がゲームのテーマなのだ。プレイヤーごとに一人の相棒魔女がいて、その魔女コンビを組んでなんか戦ったり育成したり拠点を強化したりする、ARゲームなんだって。面白そうでしょ?最近大規模なイベントとかで凄い金額が動いたっていう話題で持ちきりだわん!俺達も参加して大金持ちになろうにゃー!!」
「ARゲームって?」
カードを弄るのを止めて零は古虎に質問する。
「一言で言うならバケモンGOかにゃ」
バケモンGO。スマホのARモードを利用して、まるで現実世界にバケモノたちが登場したかのような面白さをユーザーに感じさせた事で火が付き大ヒットした――世界中で一大ムーブメントを巻き起こした――ゲームである。位置情報ゲームと組み合わせた点が面白くて、俺も一時期はまっていた。
「あぁ、あれってARゲームって言うんだ」
と知らなかった知識を満たした零は納得した様に頷き、今度は封筒を弄りながら、サクサクとじゃがりこを食べている。なんか大金が手に入るみたいな胡散臭さい話があったのだが零は気にしてない様だ。俺もその事に付いて今は目を瞑ろう。
「で、話を戻すけど招待状って何なんだ?」
「あぁ、それはねー。このゲームって運営側から招待しないとダウンロード出来ないんだよ」
「はぁ?それって、ゲーム会社として破綻しないのか?」
一枚のパイを奪い合う様な熾烈な争いをしているソーシャルゲームという競争社会の縮図の様な場所で、スマホゲームのブラック化が進む中で、そんな客の選り好みをしている運営で会社が破綻せずに経営出来るのであろうか?
無理だな。有り得ない程の潤沢な資金をドブに棄てる行為だ。富豪の趣味かなんかかよ。
「まぁ、オカルトみたいな噂だからね。公式のゲームサイトはあるのに、ゲームがダウンロード出来ないっていうのでちょっと話題になってたから。ゲームのデバックしている段階で、だからユーザーを絞って試験的にやってるんじゃっていう噂が一番現実的だにゃー」
「結構大規模なイベントとかもあったんだろ。デバック状態の時にするか普通。そんなんしたらデバック終わってから、いざ!本リニューアルって時に新規から批判がくるだろ。そんなゲーム本当にあるのか?」
「あー、それを含めて信憑性の薄い噂だったんだけど、実際に実物が目の前にある訳だし…」
そう言って視線は招待状へ。いや、確かに実物はこうして目の前にあるけど…
「偽者だろコレ」
「そんな身も蓋も無いわん」
「百歩譲ってウィッチ・ザ・カルマと言うアングラなゲームがあって、諸々の理由も含めて運営からの招待でしかユーザーが増えないという体制でゲームを運用しているとしよう。だがら、招待状を俺の所に送られるのはまだ分かる。いや、まだ起こり得ると理解できる。けど、その招待状を俺の自宅では無く学校の靴箱の中に入れるとか意味不明だろ」
「う~ん。冷静に考えたら胡散臭いにゃー。でもでも…」
まだ、古虎は諦めきれないでいる。そんなにこのゲームをやりたかったのであろうか?まぁ、古虎はこの手の噂話みたいな話が好きだからな。実際に目の前に実物があると試してみたくなるんだろう。
「ぶっちゃけ、そんなゲームがあると思えない。詐欺かなんかじゃねーか?仮にそうゆうゲームがあったとしても、この招待状は偽物だろ。イタズラかなんかじゃねーのか」
「にゃにゃ、確かに学校の靴箱なんかに入れるのは、杜撰だにゃー」
「そうか、俺は信憑性が高いと思うけど?ゲームもその招待状も…」
零の放ったその言葉は俺を驚かせるには十分だった。
「はぁ?マジで言ってるのか」
「マジかにゃ」
「おーマジマジ。コレがその証拠」
そう言って零は黒い封筒とその中に入っていたカードを俺たちに見せる。意味が分からず俺と古虎は首を傾げた。
「コレねー。めちゃくちゃ金が掛かってる」
「コレがかにゃー?」
そう言い、古虎は胡乱下な目をして封筒とカードを見る。
俺は手に取りよく確かてみる。封筒は見慣れない黒い材質をしており、金色で俺の名前が書かれている。その中に入っていた三枚のカードは、滑らかな肌触りで硬い材質をしており、それぞれ違う模様が描かれていた。
海の中を描いた様な美しい深い青色カード。抽象的過ぎて何を描いているか分からないが何となく綺麗に見える黄色いカード。火と鎖の様のモノが描かれている赤いカードの三枚。
正直、俺が言える事は、よく分からんという事だけだ。
「確かに質は良さそうだけど、そんなにか?」
「そうそう。この封筒の祈理君の名前書かれている部分あるじゃない?」
うん。と俺と古虎は相槌を打つ。
「コレ、金だね。しかも、結構純度が高い」
「はぁ!!」
「にゃ!!」
「もっと凄いのはコッチだね」
そう言って零はカードの方を指差す。
「コッチは、色んな宝石を潰して絵の具変わりにして、この模様を描いてるぽい」
綺麗だと思っていたが、そんな宝石やらなんやらがつめ込められて作られた物だとは思っても見なかった。
「だからこの招待状は本物で、こんな物を送る位だから、ゲームも本当にやってるんじゃ無いかな?」
「あーつまり、コンナもんを気軽にポンポン出せる位の潤沢な資金と伝手でがあるから、ユーザーを選別してもたいして問題はないし、強いていえば儲けすら気にしていない。ていうことか?」
「そういうこと」
「金持ちの道楽かよ」
ただのゲームの招待状で、こんだけ金をかけるって事は始めから儲けを度外視してるって事だろう。
富豪がゲーム会社を丸々買い取り、開発費用やら人件費やらサーバー代やらを払い、趣味で自分の造ったコミニティで遊ぶ姿を想像しゲンナリとした。
「学校の誰かのイタズラっていうのはないのかにゃー?」
「学生じゃまず無理だし、教師が作るには現実的じゃないなって思うくらいの金額が掛かるからイタズラは無いと思う。というか伝手とかが無いと作るのすら難しいんじゃないかな」
「詐欺とかじゃ…ないだろうな」
「無いだろうね」
準備に掛かる費用と手間に対して儲けが少なすぎる。逆に赤字になりそうだ。そんな詐欺集団、間抜けもいいとこだろう。
「なぁ、話し変わるけど、何でお前、宝石の鑑定みたいな真似出来るんだよ」
「俺の親は宝石鑑定士で、俺もその勉強中。まぁ、ちゃんと調べた訳でもないし、見習いだから間違ってるかもしんない」
「へーそうなんだ」
知らなかった。なんか宝石鑑定士ってカッコイイな。
「かー君宝石鑑定士になるのかにゃ!なんかカッコイイわん!」
「あー、なんか分かる。宝石鑑定士っていう字面がカッコイイよななんか」
「はっはっは、そうだろう、そうだろう。で、話を戻すけど祈理君はこのゲーム参加するの?」
そう聞かれて俺は押し黙った。この招待状が仮に本物だとして一つだけ大きな疑問が残る。というか誰も話題に上げてこなかったので、聞いて良い物か判断に迷ったのだ。まぁ、大丈夫だとは思うのだけれど、きっと知っている筈だろうし、俺は疑問を口にした。
「…なぁ、そもそもザ・ウィッチ・カルマって、どうやって参加するんだ?」
「えっ、どうやるの古虎君」
「えっ、ちょっと待ってね…」
そう言って古虎は早速スマホを取り出して、調べ始めている。なんだか不安が大きくなってきた。
「…あ、あった。あった。運営から参加権を貰ったら、公式のゲームサイトから参加権に書かれているパスワードを書いて登録するって書いてるね」
「パスワードなんて無かったぞ」
俺のその言葉を聞いて、古虎は慌てる様に封筒、手紙、カードを確認して……視線を逸らした。
「ま、まぁ、半分都市伝説みたいな話だったし?」
キーン コーン カーン コーン
その言葉と同時に、学校の予鈴が鳴った。
作品を読まれた方へ。
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