朝の何時もの出来事
早朝。人気のない路地裏。
俺こと九頭竜祈理は怒りを抑える事の出来ない性質である。
「死ねッ!」
押さえ付けられた身体を振り解き、怒声を上げて殴る。殴る。殴る。手の皮が捲れ血が出ても関係ない。相手に馬乗りになって殴り続ける。それでも怒りが収まらない。何で怒っているのかも忘れて、ただただ怒りのままに相手を殴る。
「…や、やめて……」
「ふざけんな糞が!死ね!死ね!死ね!」
ピチャリと眼鏡のレンズに血が吹き飛び、視界が少し見えずらくなる。
理由はなんだったけ?確か絡まれて、罵倒したら殴られて、殴り返して。あぁ、向こうから絡んできた癖に、朝っぱらから何で俺が悪いみたいに言われなきゃなんねーだ。集団なら怖く無いってかぁ?
イライラする。押さえがきかなくなっていく。逃げるなり何なりすれば良いのに、そんな事が出来ないでいる相手も自分に対しても怒りが湧いてきて止まらない。それでも抑えようと努力している。
なのに如何してこいつ等は、それを邪魔するんだよ!腹が立つ、苛立つ。胃がムカムカする。如何しようも無いほどの怒りは抑える事が出来ない。いっそこいつ等が、視界から消えたらこの苛立ちも沈下するんじゃないか?
「…あ、ぁ、ああ、止めろぉ!」
そう言って、絡んできた奴の一人が角材で俺を殴ろうとしているのが見え、俺は慌てて避けるも角材の角が頭に掠り、血が流れる。
「痛って…」
「お、お前、頭可笑しいんじゃねーか!死んじゃうだろうが!?」
「はぁ?」
言われた言葉が理解出来なかった。何を考えて角材で殴りかかってきた奴がそんな事を宣うんだ?周りの絡んできた連中も俺が悪いみたいに見やがってそもそもお前らが集団で朝っぱらから絡みにきたのが悪いんだろうが先に喧嘩を売ってきたのがお前らで先に殴ってきたのもお前らで自分達が同じ事をされたら文句を言うなど何様のつもりだもしかして数が揃っていたから大丈夫とか考えてたのか数にモノを言わせて力で弾圧しようとして上手くいかなければ糾弾するとかマジでふざけすぎだろう糞が!糞が!糞が!糞が!!
腹正しい。怒りがまた湧き上がってくる。視界が赤く染まっていく。
「可笑しいのはテメーらの頭の方だろうが!あっぁあ鬱陶しい!!」
頭をガリガリと掻き毟り、角材で殴りにきた奴を殴りに走る。
「ひっ…来るな!」
自分の所に向かって来た俺に対してビビってんのか、角材を出鱈目にぶん回している。俺は角材を振る寸前の所に左腕を出して勢いを殺し、右腕で思いっきり顔をぶん殴った。相手は吹き飛び呻き声を上げている。
俺は落ちた角材を手に取り怒りのまま吼えた。
「そもそも角材は人を殴るもんじゃねーだろーが!!!」
俺に絡んできた連中は腰を抜かしたり、這う這うの体で逃げ様としたりするだけで謝ろうともしない。ムカツク、ムカツク、ムカツク、ムカツクッ!
「ああぁ。ああああ!あああああああああ!」
怒りだ。如何しようもない怒りが俺を支配する。頭がブチブチと血管が切れる様な音が聞え、俺は手にした角材を強く握り締め――…
「あ。くーちゃんだ。くーちゃーん!」
その場の雰囲気を崩すような間の抜けた声が聞こえ、顔をそちらに向けると顔馴染みの人物がいた。
赤茶の猫っ毛に、耳にコレでもかと言うほどピアスを付けている中肉中背の同級生。猫と犬を足したみたいな顔をしている男で、俺の片手で足りる程度の数しかいない、友人の五原味古虎だ。
「あぁ!古虎ぁ?何だよ!」
苛立ちの余り八つ当たりの様に怒鳴ってしまうが、そんな事お構い無しと言わんばかりに古虎は話しかけてきた。
「くーちゃん。のんびりするのは良いけど、遅刻するにゃー」
「はぁ!今何時?」
「8時5分」
「まだ大丈夫じゃねーか!走りゃ10分もかかんねーだろ」
「くーちゃんの身体能力で言わないで欲しいわん。あ、飴ちゃん食べる?」
「…食べる」
そんな下らない会話をしている内に、怒りは飛散して何に対して怒っていたのかすら分からなくなっていた。手に持っていた角材を棄てて。眼鏡のレンズに付着した血を拭いて、飴ちゃんを受け取り、俺達は何事も無かったかの様にその場を去る。
きっと嵐が通り過ぎたかの様な有様になっているのであろうが、そんな事どうでもいい事だ。
絡まれて喧嘩になるなんて、俺にとって別段珍しい事も無い。ただの日常の1ページの出来事でしかないのだ。苺味の非常に甘ったるい味の飴ちゃんを舐めながら、学校に早足で向かうのであった。
作品を読まれた方へ。
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