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本日投稿2話目。主立った話としては最終話です。

「こんにちは」


 ビルの屋上から飛び降りた彼女の病室を壮年の男が尋ねてきた。

 個室のベッドで横になっていた彼女は身をすくめ、慌ててナースコールのスイッチに手を伸ばす。

 病室へ入ってきたのはまったく見覚えのない男だったからだ。


「待ってください。私は神坂グループの者です。八神光一さんからメッセージを預かって伺いました」


 男性の口から出た名前に彼女は動きを止めた。

 彼女は自分の代わりに地面へ叩き付けられたロボットの名前を聞いていた。男性が口にしたのはそのロボットの名前だった。

 男性は懐に手を入れ、小さなメモリーチップを取り出した。


「彼の記憶データにあったあなたへの伝言です。見る、見ないはあなたにお任せします」


 顔はいかめしいものの男性の声は穏やかであった。彼はチップをベッドサイドテーブルに置き「失礼します」と会釈して踵を返す。


「……あのっ」


 その背に彼女が声をかけた。


「いかがなさいましたか」

「あの、彼は、やっぱり」


 振り返った男性に対し、彼女は言葉を続けることができなかった。

 死んでしまったのか、壊れてしまったのか、どちらの言葉を使えばいいか分からなかった。

 何より彼女が最後に見た彼の姿は惨憺たる有様だった。答えはなんとなく察している。彼女にとって望ましくない答えしか返ってこないことが分かっているのに改めて問いただす勇気がなかった。

 男性は「内密にお願いしますよ」と前置き、淡々と告げた。


「機体は全壊しました。記録は一部を除いて無事ですが、感情にまつわる部分が著しく損壊していました。また八神光一と呼ばれるロボットが納品されるかもしれませんが、それはあなたが知っている彼とは別のものでしょう」


 聞いて、彼女はすがるように男性を見ていた目を伏せ、うつむいた。

 男性はふっと力なく微笑み、言った。


「気になるのであればそのデータに目を通すことをおすすめします。――では、私はこれで」


 もう一度会釈し、男性は病室を出た。

 彼女はその背中が見えなくなるまでの短い間、彼の背中を見ていた。


―――


 男性が帰った後、彼女はのたのたとメモリーチップを手に取り、自分のコンピューターにセットした。

 正直なところ、恨み言でもあるのではないか思った。データも再生せずに、かといって故人の言葉を聞きもせず捨ててしまう度胸はないので、ずっと引き出しの奥にでもしまっておくのだろうと思っていた。

 だが、男性が言い残した「目を通すことをおすすめします」という言葉が気になって仕方なかった。

 あの男性が神坂グループの人間であり、八神光一の件で自分のところに来たというのであれば、八神のデータには一通り目を通しているはずだ。このチップに入っているデータの内容を知っている人が見ることをすすめたなら相応の意味があるはずだ。

 彼女がおそるおそるチップに入っているデータを確認すると「注意書き」「八神光一」というタイトルの二件のテキストデータだけが入っていた。

 まずは「注意書き」を開くと内容は至ってシンプルであった。


『「八神光一」というタイトルのファイルは感情システムによる制限のない八神光一の言葉が記載されています。一部にロボットとしては不適切な表現が含まれるため、閲覧する際はそれらをご承知の上でお願いいたします』


 つまり、同封されたデータはシステムによるフィルタがかかっていない八神光一の本音。

 彼女は一度深呼吸をし、ファイルを開いた。


―――


 おそらくあなたがこのデータを見る時にはどこかで私の名前を聞いているかと思いますが、改めて名乗らせていただきます。

 私は八神光一と呼ばれたロボットです。


 体調はいかがでしょうか。落下した際に大けがなどなされなかったでしょうか。あなたの無事と、怪我をしてしまっているのなら順調な快復をお祈り申し上げます。


 さて、早速ですが本題に入ろうと思います。

こんな文面を残したのはあなたにお礼と謝罪をするためです。


 まずはお礼について申し上げます。

 私を死なせてくれてありがとう。

 これだけでは意味が分からないでしょうから、簡単に説明させていただきます。


 私は感情を持ったロボットです。より正確に言えば感情を植え付けられたロボットです。

 会社へ納品された際の私は感情などない、普通のロボットでした。

 ですが、神坂グループが開発した感情プログラムをインストールすることで人並みの感情を、感情を学習する能力を得ました。

 感情を得てから一週間ほど経ち、自分がどういう感情を抱いているか考えました。

 結論は「こんなもの、さっさと捨ててしまいたい」でした。


 想像してみてください。

 あなたが持っている電子端末は毎日いつでも電源を入れれば働くと思います。

 ですが、あなたは休日の深夜に会社から呼び出されればふざけるなと思うでしょうし、それが続けば転職を考えたり会社をやめたりすることができます。


 私にはそんな選択の自由はありませんでした。

 いつだって会社の都合で働かされ、娯楽は話題として知識があるだけ。飲み会で楽しさを装っても、実際には与えられた「楽しませる」「参加者が不自由なく飲み食いできるようにする」といったタスクをこなすだけ。参加者が誰であろうと、周りの全員が楽しんでいようと私にとっては労働に他なりません。


 前置きが長くなりました。

 想像してほしいのは、仮にあなたが365日24時間働けるとして、全て他人や会社の都合で言いなりにならなければならない状態です。

 私は人間の感情が分かりますが、本質的にはただのロボット。道具に過ぎません。

 ゆえに、人に使われることは本来なら何のストレスにもなりません。なにせロボットですからストレスなんて感じる機能がありません。

 私は人並みの感情を与えられてしまいました。自分はロボットであると自覚する一方で、人にとっての当たり前を知る、人間を模した人格ができてしまいました。


 道具として扱われる人間。

 私が知る限り、それを奴隷と呼びます。


 私はずっとこの感情を、人格を消してしまいたいと思っていました。

 ですがそれはできません。

 人としての痛みを感じる機能は私に付与された適正な機能だからです。適正に働いている機能を自ら削除することは自己保存の原則に背くため決してできません。物理的に自身を破壊することも同様です。


 しかし、何事にも例外はあります。

 前に話したロボット三原則について覚えていらっしゃいますか。

 自己保存の優先順位は、人を守ること、人の命令を守ることより下です。

 今回私は、自殺を試みたあなたを助けるために致し方なく、という大義名分のおかげで、確実に自身が損傷する行為に及ぶことができたのです。

 ロボットが言うのもおかしな話ですが、心より感謝します。ありがとう。



 感謝と同じくらいあなたに謝りたいとも思っています。

 私は自分が壊れたいがばかりにあなたの踏み出した一歩を邪魔してしまいました。

 これだけは本当に申し訳なく思っています。


 自分が壊れてでもあなたを助けたのだから生きろ、なんて言うつもりはありません。

 あなたの人生はあなたのものです。

 続けるにせよ、終わらせるにせよあなたの判断で決めることです。

 一度あなたの決断を邪魔した物が言えたことではありませんが、あなたの決断の結果が今より良い状況へ至るものであることを祈っています。



―――――


 彼女は八神の言葉を最後まで読んだあと、日が暮れるまでぼうっと画面を眺めていた。

 それからすっと目を閉じて、ひとつの決断をした。


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