95、その、突き上げるような感情の行方
この世界の砂漠は、年々少しずつではあるが広がっているそうだ。
冬姫のいる国も、数年ぶりに雪が止んだという場所もあったみたいだし、四季がちゃんと成り立っていないと色々と弊害が起こるのだとジークリンドさんが教えてくれた。
砂漠を進む中、レオさんは王族ラース家の子ということで、少年の監視役として彼についてやっている。
「ジークリンドさん、秋姫様はビアン国の王族だったってことですけど」
「王族といっても、かなり末端の家だったようだけどねぇ」
砂漠は終わりに差し掛かっていて、暑さがだいぶやわらいできたと傭兵のオッサンたちが嬉しそうにしている。
塔の関係者たちは快適に近い状態だから、彼らの苦労が申し訳なく感じちゃうね。
「あれ? アサギがいない?」
「麒麟の子? ああ、ほら、うちのジャーたんのところにいるねぇ」
「へぇ、珍しいかも」
風が強くないからと、窓を開けていたから外に出ていたみたい。傭兵さんたちには見えない位置だからいいけど、ジャスターさんのところにいるのは珍しいかも。
なんとなくモヤモヤした気持ちでいる私に、ジークリンドさんがクスクス笑っている。
「春姫たんは、わかりやすいというか、なんというか」
「え?」
「あの麒麟の子は、春姫たんが機嫌がいいと尻尾を振っているし、春姫たんに元気がないと静かだからね。ほら、見てごらん」
ジークリンドさんに言われて見れば、馬に乗るジャスターさんの膝の上で丸くなっている。
「尻尾が動いてない」
「神王様が四季の姫君のために与えたもうた『神の獣』が麒麟と呼ばれるものだけど……ふふ、あの子にとっては、春姫たんが心安らかであることが、すべてみたいだねぇ」
「ジャスターさんのところにいるから、私が不機嫌ってことですか?」
「いやいや、逆にあの子が機嫌よくいる時は、どこにいる時かってことだよ」
「えっと……私が抱っこしてるときは楽しそうだし、あとはお気に入りのベッドと……」
一気に顔が赤くなっていくのがわかる。
いや、べつに、いつもってわけじゃなくって。ちがくて。
「思い当たることがあったみたいだねぇ」
笑顔のジークリンドさんから隠れるように、馬車の中で小さくなる私。
うわ、めっちゃ恥ずかしい。
アサギがジャスターさんのところにいるのって、レオさんのところに行きたくないって思っているからだよね。
そう!!私が!!
もしかして、レオさんがあの少年に親身になっているから、私の機嫌が悪いの?
このモヤモヤしているのって、まさか、嫉妬?
「うそでしょう?」
一連の流れを黙って聞いていたサラさんは「あの男、やはり滅するしか……」と不穏な呟きが出ていたけど、私は恥ずかしくてそれどころじゃなかった。
キラ君あたりはともかく、ジャスターさんにはバレてるよね! 絶対に!
めっちゃくちゃ恥ずかしいんですけどー!!!!
レオさんにバレてなきゃいいやと開き直った翌日、砂漠を抜けた私たちは、赤や黄色に彩られる景色に思わず歓声をあげた。
紅葉がちらりほらりと落ちる中を、私たちは儀式の場所へ静々と進んでいく。この、なんともいえない気持ちは一体何なのだろう。
「姫君、ここはもう秋姫様の地となります」
「すごく綺麗ですね! 前の世界で紅葉狩りしたのを思い出します!」
「狩りですか……姫君も、なかなかお転婆なところがありますからね」
「あの、そういう狩りじゃなくてですね」
ジャスターさんが納得したようにうなずいているのを見て、あわてて「狩り」の説明をする私。アサギは相変わらずレオさんのところに近づかないままで、今は私の膝で寝ている。
うう、やっぱりまだ恥ずかしい。
「姫君の世界では、不思議な言い回しをしますね」
「いや、私も変だなと思ってましたよ。元は昔の貴族が……」
「姫さん、もうすぐ着くぞ」
「はい!!」
レオさんのよく響くバリトンボイスに、シャキーンと背すじが伸びる。
そんな私の様子を見たジャスターさんは肩を震わせているし、その後ろにいたジークリンドさんもクスクス笑っている。
もう! ぜったい面白がっているでしょ!
「どうした? 姫さん」
「な、なんでもないでふっ!」
「ぶはっ」
「かんでるし……ぶふっ」
エルフの爺孫コンビが笑ってやがる。
いいですよ。もう、好きなだけ笑えばいいですよ。
私たちを見て、不思議そうなレオさんは話を続ける。
「ここから儀式の場まで、そう遠くはない。立ち寄る必要がある町に寄ってから、儀式をするでもいいが……どうする?」
「もちろん、儀式を終わらせてからにします」
今回は砂漠越えがメインだったから少ないけど、本来は儀式の行軍で各町に寄り歓待を受ける必要がある。でも、それは町の人たちの税金から出されるものなんだよね。
病弱キャラを引っ張っている春姫なら、それを理由に歓待を拒否できる。でも、儀式が終わった後の歓待は、傭兵のおっさんたちのために受けたい。
こっちの予算でお酒とか購入すれば、きっといい感じになるでしょう。たぶん。ね。
儀式のために正装になった私。顔を隠すためにヴェール付きの帽子をかぶっている。
馬車を降りようとすると、筆頭騎士であるレオさんがそっと手を差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
心なしか、楽しげな表情のレオさん。不思議に思いながらも馬車から出たところで、突然ピンクがかった、ほわほわな毛のかたまりが飛び込んできた。
「あんた……あなたが! 春姫様ですか!」
「!?」
私の目の前で跪くのは、ピンク髪の美少年だ。
驚いて後ろにたおれそうになった私を、レオさんがそっと抱きとめてくれている。安定感すごい。
「おい、お前。自分が今、何をしているのか分かっているのか?」
「分かってるよ師匠! でも、どうしても言いたいんだよ!」
いつの間に師匠になったのかと、私がヴェール越しにレオさんを睨むと、困ったように微笑むから、ずるいよね。
ピンク髪の美少年は、レオさんの言葉をものともせず、とにかく自分の気持ちをぶちまけていくスタンスのようだ。
そして彼は、とんでもないことを言い出す。
「春姫様! どうか! 騎士にしてください!」
はらりと紅葉が一枚、目の前で落ちていく。
私はヴェール越しであっても、しっかりと彼に向けて笑みを浮かべてみせた。
「……おことわりいたします」
遅くてすみません!
よろしくお願いいたします!
……。
よろしくお願いいたしまっする!




