93、子どもじゃないけど大人じゃない
砂漠の地を治める『ビアン』は、とある商人が成り上がって作られた珍しい国だ。
初代の王は愛妻家で、王妃を唯一の女性として生涯を共にしたという。
ところが、数代後の王が「一夫多妻」を法にしてしまう。
そこから現在まで、ビアン国といえば男は複数の妻を娶るものとされている。
「ふぅん、そうなんですか。それで?」
「姫さん顔が怖いぞ」
「ハーレムとか、そういうの好きじゃないだけです。あくまでも個人の感想です」
「一夫多妻の体制を擁護するわけじゃないが、この国の家庭では夫よりも妻のほうが強い力を持っているぞ」
「女性が強いんですか?」
「いや、家庭に入った女性が強い。特に第一夫人は、夫に甲斐性がないと家から追い出すこともあるらしい」
「それは王族でも同じなんですか?」
「もちろんだ。暗愚の王を叩きのめした王妃たちがいた代もある」
レオさんの話に、ジークリンドさんも頷いている。
「女性が強い家庭は繁栄するものだよ。ビアンは商業の国だから、なおさら女性を軽視する風潮はないのだろうねぇ」
「おじいさまも、おばあさまには頭が上がらなかったと記憶していますが」
「当たり前だよ。あれを怒らせた日には、もう、思い出すのも恐ろしいことが……」
「ねーねー、ちょっとー、ねーねー」
話をする私たちの足元で、ピンクブロンドの髪のミノムシが、ゴロゴロと転がりながら騒いでいる。
私の近くまで転がってきたところで、キラ君がサッと長い足を出して止めてくれた。
「僕を連れていってよ! お願い!」
「何を言っているんだ。子どもは早く家に帰れ」
「子どもじゃないよ! かといって大人でもないからお願いしているの! そんな繊細なお年頃なの!」
「訳の分からんことを……」
ピンク頭の美少年は侵入者として拘束はしたけれど、地面に寝かせていたわけじゃない。
ついさっきまで馬車の荷物置き場にいたはずなのに、いつのまにかここまで転がってきたのだ。
「ねぇ、なんで一緒に行きたいの?」
「……砂漠を渡りたいんだ」
「親御さんたちは?」
「言ってない。てゆか、僕のことなんか気にしてないと思う」
しゅんとした少年に対し、なんて言葉をかけたらいいか迷う私の横で、レオさんがすらりと剣を抜く。
え? 剣を抜いた?
「レオさん!?」
「筆頭、何を!?」
慌てる私たちを気にすることなく、おもむろにレオさんが剣をふるうと、少年を拘束していた縄がハラリと落ちた。
「立て」
「え? なんで縄を?」
「いいから立て」
おずおずと立ち上がった少年に背を向けたレオさんは、休憩している傭兵さんたちに声をかける。
「ちょっといいか?」
「なんだい団長……じゃなかった、筆頭さん」
「こいつを下働きで置いとけ」
「はぁ? なんでこんなガキを……水はどうするんで?」
「うちの姫さんなら、オアシスも出てくるだろう。その時に補充できる」
「まぁ、筆頭さんがそう言うならいいけどよ」
レオさんの言葉に驚いたのはピンク少年だけじゃない。予想外の展開にぽかんとしている私を見て、レオさんが苦笑している。
傭兵さんが少年を連れていったところで、小さく息を吐いたレオさんがペコリと頭を下げた。
「悪い。俺の独断だ」
「レオさんに考えがあるのは分かるんですけど……でも、どうして?」
「理由のひとつは、かなり強い爺エルフの結界をアイツは抜けてきた。俺の『鉄壁』も抜けられた」
「そういえば、中に入れる『恩寵』を持っているとか言ってたような……」
「興味深いねぇ」
黙って見ていたジークリンドさんが、顎を撫でながらフムフムとうなずいている。
「今のが理由のひとつってことは、他にもあるんですか?」
「んー、まぁな。ジャスターが調べているところだから、夜に話す」
「了解です」
そっか。ジャスターさんの『鑑定』を使っているなら大丈夫だよね。
砂漠……といっても、馬車で優雅な旅をする私たちは、日が落ちる前に野営の準備をすることにした。
まぁまぁ距離は進んだのもあるけれど、オアシスが見つかったからというのが大きい。
儀式の行軍する人数が増えたから、持っている水の量が不安だったんだよね。
「そういえば、さっきレオさんが『オアシスが見つかるから大丈夫』みたいなことを傭兵さんに言ってたような……」
「今代の春姫様は、他の姫様に比べて『四季の力』が強いように思います。この世界に与える影響も大きいようですね」
「砂漠にも緑があるなんて、さすが姫様です!」
冷静に分析していくジャスターさんに対し、サラさんは「うちの姫しゅごい」状態だから少しだけ恥ずかしい。照れちゃう。
「ところで、あのピンクちゃんは?」
「筆頭が剣の稽古でもつけてやる! とか言ってましたよ」
「レオさんって、意外と子ども好きですよね」
「騎士の育成学校で臨時講師をするくらいですから、嫌いではないのでしょうけれど……」
そんなことを話しながら、私たちは夕食後に「塔の関係者会議」を開くことにした。
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