92、不思議な侵入者
そういえば、冬姫の塔近くへ行った時は、行軍する周辺だけ春っぽくなっていた。
今回は砂漠の中を旅することになるけれど、馬車ってこのまま動くのかな? お馬さんとか大丈夫?
草地から少しずつ砂地が目立ってきたところで、私が馬車の中からキョロキョロしていると、馬で並走しているレオさんが説明してくれる。
「儀式の場所への道は舗装されているから、どんな場所でも馬車で大丈夫だ」
「暑かったり乾燥してたりするんじゃないの?」
「姫さんがいれば、春の気候で安定するからな。影響はないと思うぞ」
「そうなんだけど……」
砂漠といえば昼は暑く夜は寒い、ときおり砂嵐が起きたり流砂で埋まってしまったり……あわわ、どうしよう、ロープとか持ってきたっけ!?
騎士なら大丈夫でも、傭兵さんたちには恩寵ないから助からないかもしれないよ!
「おーい、姫さーん、こっち見てみろー」
「何ですか? 今それどころじゃ……うぇぇっ!?」
雲ひとつない青く広がる空。
その下を広がる黄色い砂漠を真っ二つに切ったように、まっすぐな道が続いている。
「さすが姫さんだ。多少の草地にはなると思っていたが、花も咲いてるとはなぁ」
何が「さすが」なのか、いまいち分からないけど、レオさんが感心したように言ってるから良い事なのだろう。
これなら砂漠でも馬車移動できる……かな?
「姫様、砂漠に入る前に休憩をとります。また、馬車から出られるのですか?」
「もちろん! 傭兵さんたちの様子も見たいから、サラさんのお手伝いとしてがんばるよ!」
「できれば姫様として、がんばっていただきたいのですが」
「あはは、ごめんねー」
レオさんたちから姫って言われるのは、もうニックネームみたいな感覚で慣れてきたんだけど、他の人からはまだ抵抗があるんだよね。
サラさんとお揃いの、動きやすい服装に着替えた私。
外には「春」の力で草地になった場所に、行軍に参加してくれたオッサンたちがくつろいでいる。
荷馬車にある樽から、水筒に水を入れるのを手伝うことにした。
「おう、嬢ちゃんありがとうな!」
「暑い中、ご苦労様です!」
「なぁに、これくらいは暑いうちに入らないねぇよ。春姫様がいらっしゃるから楽なもんだ」
本来は多くの騎士を持つ四季姫が、人々に対し『神王の御力』を示すための行軍。
他の町にいる傭兵さんたちのことは分からないけど、少なくともレオさんが率いていた人達は、私がこの世界に来てからの『春姫』を知っている。
最初の頃は「レオ元団長のため」だったのが、今は「春をもたらす四季姫様のため」という意識がある……ような気がした。
だから、参加してくれることに感謝している気持ちが、少しでも伝わってほしい。
「おい、娘! こっちに来れるか!」
「はーい」
久しぶりに聞いたキラ君からの「娘」呼びに、つい頬をゆるめてしまう。
てこてこ寄っていくと、強張った顔をした彼に荷馬車の裏へと連れて行かれる。そこには布のようなもので、ぐるぐる巻きにされた何かがいた。
「荷馬車にネズミが紛れ込んでいた」
「くそっ……ネズミじゃ、ないっ」
真っ直ぐなピンクがかった金色の髪、褐色の肌は砂漠に住む民特有のものだろう。
声からすると少年っぽいけれど、こっちを睨むその顔は美少女って感じだ。
くぅっ、まつ毛が長くて羨ましいぜっ。
「レオさんには?」
「筆頭たちには知らせている。一応あの爺エルフも呼んでくるようだ」
「結界は張ってあったんだよね? それなのに入ってこれたの?」
「筆頭の恩寵で外からは入れず、爺エルフの精霊が結界を張るという二重構造にしていたはずだ。その中を入って来れる者なぞ、ほとんどいないだろう」
「いるよ! ここにいるよ!」
ミノムシのようになっている少年は、ピンクブロンドの髪を振り乱しつつ体ごとピョンピョン跳ねる。
「僕は外からじゃなく、中から入ってきたんだ! そういう恩寵持ちなんだ!」
「中から入るって、ちょっと何を言っているのか分からない……」
「さてはコイツ……ど阿呆だな?」
「ちっがうよ! そういう恩寵だって言ってるし! ど阿呆はそっちだし!」
キラ君の発言に対し、ぷりぷり怒っている美少年。何かを主張しようとする度にぴちぴち跳ねているもんだから、だんだん生きのいい海老に見えてきた。ぴっちぴちのぷっりぷり(お肌とか)だよ。
私はその子の横にしゃがむと、じっと目線を合わせてみた。
「ねぇ、君は荷馬車に忍び込んで、何をしようとしていたの?」
「つれて……ほし……」
「え? 何?」
「僕も、お姉さんたちと一緒に、連れて行ってほしい」
「はい?」
お読みいただき、ありがとうございます。
連日の暑さで体調管理が難しいです。
皆さまもご自愛くださいませ。




