89、知識を得よう
秋姫に会いに行くのは、次の儀式の後にした。
なぜならば、お土産に持っていく予定のブツが、出来上がってないからでありまして……。
「姫様、また寝ずに描かれていたのですか?」
「……久しぶりに描いてたら、楽しくなっちゃって、つい」
「今日は、お昼に少しお休みくださいませ」
サラさんにお小言という名の甘やかしを受け、眠い目をしょぼしょぼさせながら朝ごはんを食べる。
モーリスさんの絶妙な火加減でカリカリになったベーコンと半熟目玉焼き、チーズの入ったマッシュポテトと酢漬けの野菜たちが口の中を楽しませてくれる。
うーん、焼きたてのパンも美味ですのう! 木の実とドライフルーツがたっぷり入ってて、好きです!
「ちょっとだけ体をほぐしたいなぁ。目覚ましに訓練場に行きたいけど、大丈夫そう?」
「よろしいかと。今日からジークリンド様も、騎士様方の訓練に参加されるようですよ」
「えっ!?」
元気になったとはいえ、ご老体なのに!?
「さすがに手加減されると思いますが」
「そ、そうだよ、ね?」
「……ハァッ!!」
ゆるくウェーブのかかった金髪を揺らし、練習用の剣で攻撃をかけるキラ君を、ジークリンドさんはあぶなげなく避ける。まるで攻撃するタイミングが分かっていたような動きだ。
「踏み込みが甘いよー」
「クッ!!」
攻撃をかわされたキラ君は剣を持ち直し、再び仕掛けていく。
彼の得意な武器ではないとはいえ、遠距離攻撃ばかりというわけにはいかないのだ。
杖の代わりなのか、長い木の棒を持っているジークリンドさんと数回打ち合うキラ君。格好いい。
「今のが及第点かな。じゃ、これを毎回成功させるようにしよっか」
「ふぐっ!?」
ジークリンドさんはニッコリほほえむと、キラ君のお腹あたりに「はい、お駄賃」と言って木の棒を叩き込む。
え、何そのサービス。怖いんですけど。「お駄賃」を食らったキラ君は、しゃがみこんだまま動けないみたい。
「老いたとはいえ、剣士ジークリンド相手によそ見とは、なかなか大物だねキアラン君は」
「ぐっ……」
文句を言いたそうなキラ君だったけど、よそ見していたのは本当だったみたいで、黙ったままペコリと頭を下げた。
ジークリンドさんも一礼すると、私のほうを向いて笑顔で手を振ってきた。
「おはよう、愛らしい春のお姫様!」
「あはは、おはようございます、ジークリンドさん。キラ君もおはよう」
「……」
お腹を押さえたキラ君は、黙ったまま一礼している。大丈夫なのかね?
「あれ? レオさんとジャスターさんはいないんですか?」
「それがねぇ、恩寵がどんな影響をおよぼすのか、試しに『祈り』だけやってみたんだけど……思いのほか効きが良かったみたいで」
そっと視線を休憩スペースに向けるジークリンドさん。
そこには椅子に腰かけ、テーブルに突っ伏した男が二人いる。
「え、ど、どうしたんです!?」
「大丈夫、大丈夫、寝てるだけだから」
ジークリンドさんの恩寵『祈り』は、信仰心の強い神官などによく現れるものらしい。
祈りの内容は、「雨が降りますように」や「病気が治りますように」にすると、それなりに叶うんだって。数日後に雨が降ったり、風邪がよくなったりとかだけど。
……そうなんだよね。それなりに叶う程度の恩寵が、『祈り』なんだよね。
「それで? どんな『祈り』で、二人が寝るハメになったんです?」
「何も悪いことは祈ってないよ? 実際、キアラン君には何もなかったしねぇ」
そう言いながら「ねー」とあざとくキラ君に同意を求めても、まだお腹押さえて悶絶してるから無理だと思うよ。これ、恩寵で治したほうがいいかなぁ?
耐える若者は放置し、ジークリンドさんは話を続ける。
「今回の『祈り』は、騎士たちの体力回復だよ。特にレオ君とジャーたんは、昨日は遅くまで執務をしていて、疲れた顔をしていたからねぇ」
「そうしたら寝ちゃった、と」
睡眠不足だったレオさんとジャスターさんを、強制的に眠らせちゃうとか……それって大丈夫なの?
「まだまだ検証が必要だねぇ。春姫たんの恩寵で毒が抜けた件についても、今代の『春』に関わる人たちは今までの理から外れている気がするよ」
「理から、外れる……」
かすかに冷たい空気を感じて、ふるりと体を震わせる私に、ジークリンドさんは暖かな日差しのような微笑みをくれる。
「大丈夫だよ。四季姫のことは、我ら騎士たちがしっかり守るから」
そう言った後に、彼は遠くを見るようにスッと目を細めた。
「すべての事象には理由がある。持っている知識をすべて使って、必ずその理由を明かしてみせるよ」
かっ……こいい!!
老いたからこその魅力が、駄々溢れてらっしゃるー!!
感動している私に再び微笑んでくれるジークリンドさんは、やっと痛みがとれてきたキラ君に「頼みがあるんだけど」と声をかける。
「君が持っている大図書館の、閲覧の権利って借りられない?」
「はぁっ!?」
加減せず声を出したのか、再び悶絶するキラ君の背中を撫でてあげる。おーよしよし。
「大図書館って、なんですか?」
「正式名称は『神界大図書館』と呼ばれるものだよ。建物から書物まで神王様が手ずから創られたと言われている、塔みたいな存在って言えば分かりやすいかな」
「なるほどー。それで、なんでキラ君がこんなに驚いているんですか?」
「閲覧の権限は各国の王族、もしくはそれらに認められた存在とされているからね」
「なるほど。だからキラ君に頼もうとしていたんですね」
あれ?
「各国の、王族?」
お読みいただき、ありがとうございます。
このまま続けても大丈夫なのかドキドキしております。
楽しんでいただけたのなら、幸いです。(*´꒳`*)




