88、四人めの騎士と恩寵
さっきまで余裕のある表情をしていたジークリンドさんは、私の「騎士になってください」という言葉にオロオロしている。
身内であるジャスターさんに、助けを求めるような視線をチラリチラリと送っているけど、あっさり無視されているみたいだね。
エルフの血が色濃く出ている、銀髪メガネの美青年は、珍しいことに「本気で怒っている」ようだ。
「どうしました? おじいさまは、塔に来てから元気になったとおっしゃってましたよね?」
「そ、そうだけどジャーたん、四季姫様の騎士っていうのは……」
「元気になったのですよね? それなら問題ないでしょう?」
にっこりと微笑む美麗の騎士様は、指先で銀縁メガネをくいっと上げると、私に向かってぺこりと頭を下げた。
「我が姫君、感謝いたします。剣の師であり身内でもあるジークリンドを、騎士として取り立てていただけるとは……」
「私の恩寵があれば、きっと元気に過ごしてもらえますよね」
「もちろんです。エルフの寿命は長いですから、まだまだ活躍できると思いますよ」
「ジャーたん!」
慌てるジークリンドさんの肩に、筆頭騎士であるレオさんがポンと手を置いてニカッと笑う。
「爺さん強いよな。筆頭を俺と変わるか?」
「勘弁して!!」
え!? ジークリンドさんって、レオさんがそこまで認めるほどに強いの!?
驚く私をよそに、二人は何やら言い合っている。
「ダメだよ。四季姫様の筆頭騎士は、将来を誓う相手として見られるのだから」
「俺みたいなオッサン騎士も、どうかと思うぞ」
「数々の異名を持つ騎士レオを、そこらへんにいるオッサンと同じには見られないでしょ」
「年齢的にはキアランでしょうけれど、彼はまだ騎士として精進してもらわないとですからね」
言い合うオッサン騎士とお爺さん騎士(予定)、そこにジャスターさんが合いの手を入れている。
そうだよね。年齢的にはキラくんが……いやいや、私の年齢的にダメだから。アウトだから。
話題を変えよう。
ええと、ええと……。
「姫様、お着替えの用意が整いました」
「ありがとう! サラさん!」
タイミングよくサラさんが部屋に入ってきた。
なんだかんだゴネるだろうと、こっそりサラさんに頼んで、隣の部屋に着替えを持ってきてもらったのだ。
姫の騎士となる準備が、すでに整っているという事実に、ジークリンドさんはガクリと肩を落としていた。
そして。
サラさんに髪を整えられた、美老エルフが登場。
ジークリンドさんは帯剣をしていないけど、不思議な紋様が描かれた杖を持っていて、それがすごく似合っている。まるで神様に仕える聖職者みたいだ。
「姫の騎士として知識を捧げ、四季ある限り忠誠を誓います」
「あなたの意思、確かに受け取りました」
普段は前髪で隠している、額の青い印から光が溢れ出す。
レオさん、ジャスターさん、キラ君が見守る中、青い光に包まれたジークリンドさんがゆっくりと立ち上がる。老いてもなお美しく輝く彼は、『春姫の騎士』である青色の騎士服を身にまとっていた。
やばい。めっちゃくちゃ格好いい。(拳を握りしめて)
レオさんたちよりも、心持ち裾が長く見える。袖口もゆったりとしていて、祈りの塔で会った神官さんみたいなデザインの服だなぁと思う。
やばい。めっちゃくちゃ格好いい。(本日2回目)
「おじいさま、どのような恩寵を得られたのですか?」
「ふむ……ひとつは『祈り』だねぇ」
「おい、それは神官が得られる恩寵ではないか?」
あせったように口を開くキラくん。そういえば、キラくんのお兄さんは『祈りの塔』の神官さんだったっけ。
「恩寵の『祈り』ってのは、毎日祈りを捧げている神官でも、手に入れるのは稀だって話だよな」
「確かに、毎日お祈りはしていたけど、まさか恩寵を得られるほどとは思わなかったなぁ」
「ジークリンドさん、毎日ってどれくらいですか?」
「どれくらいって聞かれてもねぇ。奥さんが先立ってからだから、えーと……」
「あ、言わなくて大丈夫です。泣いちゃうんで」
「あはは、我らの春姫様は優しい子なんだねぇ」
いやいや、私が優しいとかじゃないですから。
寿命の差があると知りながらも、奥さんひとすじで、ずっと祈り続けていたってことでしょ?
神官でもないジークリンドさんが、恩寵を得てしまうほどの祈りとか……本当、どんだけって感じだよね? ね?
やばい。これ考えていたら泣いちゃうやつだ……!!
「ふぐぅ、じーぐりんどしゃん、ごれからも、よろじぐおねがいじまずぅ」
「おやおや、涙とか色々とぐっちゃぐちゃだねぇ。ほら、これで拭いて。鼻かんで。ちーんして」
「うぐ、えぐ、ちーん」
「よしよし、いい子だね」
自分の子どもだけじゃなく、きっとお孫さんや、子々孫々を面倒みていたであろうジークリンドさん。子育てスキルがパネェっす。
レオさんとジャスターさんが「くそっ、出遅れたっ」とか言ってるけど、この域に達するには、かなりの年数が必要になると思われますぞ。
絶賛、お世話されている、私が言うのもなんですが。
「ところで、おじいさまの恩寵はこれだけですか?」
「もうひとつ恩寵があるよ。『断罪』っていうものだった」
全員が思わず「なるほどね!」と、納得してしまう恩寵でした。本当にありがとうございます。
「この恩寵を使うと、その人にとってふさわしい罰が下されるみたいだよ。こんなの使う機会はなさそうだけど」
「はははご冗談を」
ジークリンドさんのあまりの言葉に、ツッコミを入れたレオさんの口調がおかしなことになっている。
まぁ、いいよ。大丈夫だよ。
エルフであるがゆえ、長い時を生きていて感情が鈍いご老体はさておいて。この件は、ちゃんと私たちが分かってればいいことなのだからね。たぶん。うむうむ。
次の儀式、楽しみだなぁ。
お読みいただき、ありがとうございます。
神王様から「いいからヤれよ」みたいな?圧を感じるような?そんな気がしなくもないです。
諸々、よろしくおねがいしまっするー。




