87、ならば与えましょう
レオさんたちが執務をしている部屋へと、濡れた髪をそのままに走っていく。
塔に設置してある魔法陣は便利だ。最上階から一階まで一気に移動することができる。
「ジャスターさん!」
「姫君!? そのお姿は!」
「なっ!?」
騎士室に飛び込むと、ジャスターさんと顔を赤くしたキラ君が立ち上がる。
慌てて駆け寄り、咎めるような目をするジャスターさんが口を開く前に、私は強い口調で問う。
「ジャスターさん! ジークリンドさんに何があったんですか!」
「おじいさまに……?」
「ジークリンドさんを塔の関係者にしようとしたのは、ジャスターさんでしょう?」
私の言葉を受けて、ジャスターさんは「まさか……」と呟いている。
「あの淫猥なエルフは、また何かをやらかしたのか?」
まだ顔が少し赤いキラ君が、心配そうな表情でこっちを見ている。ジークリンドさんの評価がそれって、なんかちょっとかわいそう。
「そうじゃなくてね、ジークリンドさんに私の恩寵の影響が見えたの」
「恩寵……?」
「まさか、身体能力強化、ですか?」
ジャスターさんの眉間にシワが刻まれたのを見て、私は確信する。
やっぱり、ここにジークリンドさんを連れてきたのは、このためだったんだね。
「筆頭を呼びましょう」
血相を変えたサラさんに着替えるように怒られて、いったん仕切り直すことになった。
詳しい話を聞くため食堂に集合をかけたのは、騎士三名とジークリンドさんだ。
お茶の用意をサラさんがしてくれる中、身なりを整えた私を不機嫌な顔をした筆頭騎士様が迎えてくれる。
「おい姫さん、俺がいない時にお色気出してたって?」
「出してません!」
ああ! サラさんから久しぶりに冷たい風が!
色気云々はともかく、バスローブ一枚(かろうじて下着はつけてた)というのは、よろしくなかったと反省している。
再びお説教タイムが始まりそうだったその時、ジャスターさんがジークリンドさんを連れて部屋に入ってきた。ありがとう救世主!
「遅くなりまして失礼しました。この機会に色々と吐かせようと思い、説得しておりまして」
「うう……ジャーたんが厳しい……」
「なんだ? 爺さんエルフは隠し事してたのか?」
レオさんの言葉に、ジャスターさんはコクリと頷く。
全員が席についたところで、まずは説明からとジャスターさんが立ち上がる。
「おじいさまは貴族ではありますが、当主としての地位は息子夫婦に譲っています。自分のような分家の人間からすれば、当主が誰であろうと気にはならないのですが」
肩に落ちた銀色の髪を後ろにはらうと、ジャスターさんは横にいるジークリンドさんに視線を送る。
「エルフの血が濃く出たため、おじいさまからは幼い頃からお世話になってました。なので、体調不良のため当主を引退されると聞いた時、ご挨拶に伺ったのですが……どうやら違ったようでして」
「んー、ジャーたんに隠し事はできないね」
孫のように可愛がっているジャスターさんのどこか怒りを含んだ口調に、ジークリンドさんは苦笑して続ける。
「体調不良とは、まぁ、表向きの話でね。要は毒を盛られたのだよ」
「毒!?」
驚く私たちに向かって、ジークリンドさんはへらりと笑い、何でもないことのように言う。
「貴族ではよくある話だよ。暗殺防止のために毒の耐性もあるし、すぐ死ぬようなものではなかったからね」
「だったら……」
死ぬような毒でなかったのなら、なぜ当主をやめたのかを聞こうとしたところで口を閉じる。
まさか……。
「悲しいことに、毒を盛った人間は身内だった。ご丁寧にも、少しずつ服毒すると体に蓄積して、心臓の動きが弱まるものだったよ。きっと死因は老衰として処理されただろうね」
「おじいさまは犯人を知ってらっしゃった。だから黙って当主の座を降り、隠居されたのでしょう。……自身の体に持つ、毒を抜くことなく」
やっぱりそうだった。
私の恩寵『身体能力強化』が目に見えて分かるなんて、おかしいと思ったんだよ。
怪我をしたり病気だったり、体に異常のない人が突然元気になるような恩寵じゃないもの。
ひどい話だ。
それよりもひどいのは、この人だ。
「レオさん、ジークリンドさんは強いですよね」
「ああ、そうだな。爺さんがここに来た時、毒を受けてる状態で俺の攻撃を見切って避けていたよな。かなり強いと思うぞ」
「おじいさまは、自分の剣の師でもあります。他のエルフとは違って肉体派ですから、筆頭といい勝負できるかと」
なんと!! 細身に見えるジークリンドさん、実はムキムキ!?
それなら問題ないでしょう。
「では、塔の関係者という立ち位置で、ジークリンドさんは満足しないでしょう。ここで提案なんですけど、体も回復されたようだし、ぜひとも『春姫の騎士』になってもらえませんか?」
「え?」
呆気にとられているジークリンドさんに、私はにっこりと笑いながら言った。
「ちなみに拒否権はジャスターさんが持ってますので、よろしくお願いします」
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