86、新しい塔の住人
なんとなくだけど、気づいていた。
最初に会った時のジークリンドさんよりも、今のほうが顔色が良くなっている。双子ちゃんたちと接したから、気持ちが若返ったのかなぁとか思っていたけど、やっぱりそれだけじゃないよね。
サラさん、セバスさん、モーリスさん、アークさん……塔の関係者になった彼らも「ここに来てから、心身ともに若返った」なんて言ってて……。
顔から血の気がひいていく。
泣きそうになった私は、思わずレオさんにすがりついた。
「レオさん、どうしよう」
「姫さん?」
「私のせいで、とんでもないことになっている気がします」
「落ち着け姫さん、この爺エルフが元気になったからって、今すぐ何か起こるわけじゃないだろう」
「そう、なの?」
「ここで一番長いのは誰だ? まず聞くべき人間がいるだろう?」
「そっか……サラさん……」
レオさんの低く響く声に、私は落ち着きを取り戻す。
毎日サラさんと顔を合わせているけれど、特に何か変わったようには思えない。もしかしたら、毎日見ているからこそ変化に気づいていないのかも?
考え込む私の両隣で、オロオロしていた双子ちゃんたちが、ぎゅっとしがみついてきた。
「なにかあった?」
「こわーいなの?」
「こわくないよ。チコちゃんとルーくんは、いい子だから大丈夫だよ」
双子ちゃんたちの外見は、初めて会った時から変わっていないように思える。いや、少し背が伸びたかな?
続いてレオさんを見る。前よりもお肌がツヤツヤしているような気がするけど、特別変わったようには見えない。
「春姫たんの恩寵は、言葉に関することだけではなさそうだね」
「はい。もう一つは『身体能力強化』です」
「姫さん!?」
「大丈夫ですよ、レオさん。塔の中にジークリンドさんが入ってこられるということは、『塔の関係者』になりうる人ってことでしょう? それに私の恩寵の影響を受けているってことは……」
「ほぼ関係者になっているってことか?」
レオさんがそう言いながらジークリンドさんを見ると、老エルフは困ったように微笑んだ。
「春姫たんの関係者になれるのであれば、ぜひお受けしたいけれど、ジャーたんが何て言うか……」
「きっとジャスターさんは、こうなると分かっていたのだと思います。ジークリンドさん、私の恩寵……そして春姫の騎士たちのことを調べてもらえますか?」
「私の持つ知識が、春姫様のお役に立てるようでしたら、いかようにも使ってやってください」
腰痛が改善されたというジークリンドさんは、深々と一礼し私の手を取ろうとしたところで、レオさんにすぱーんと叩き落とされていた。
部屋に戻ると、お風呂の用意をしてくれていたサラさんがいた。
「姫様、今日は町の方から新しい花をもらえたので、お湯に浮かべてみました。とても良い香りですよ」
「ありがとう、サラさん」
まだ夕食前だけど、新しい花が気になるからお風呂に入っちゃおう。
猫足の白い陶器のバスタブには、色とりどりの花が浮かんでいる。
新しい花は淡い紫色の桔梗みたいな形をしていて、それだと分かるよう花束にしてあった。ラベンダーみたいな落ち着く香りがする。
これ、ポプリにしたら売れそうだね。ラベンダーと同じ効果があるか分からないけど。
お貴族様みたいに、入浴の世話をしてもらうことはない。でも、少し開いたドアの向こうでサラさんが控えてくれている。
一応、何かあった時のためとのことだ。最初はソワソワしたけど、今では雑談できるくらいまで慣れちゃったよ。
「サラさん」
「なんですか?」
「んー、サラさんはいつもどおりだよね。大きな娘さんがいるとは思えないほどの、若くて美人さんだよね」
「な、なにを急におっしゃってるんです?」
ドアの向こうでアワアワしているサラさん。いつも大人な彼女が慌てていると、かわいらしく思える不思議。
「ねぇねぇ、私がここに来てから、サラさん変わった?」
「それほど変わらないと思いますけど……あ、姫様のおかげで、花を精製してできた化粧水が安く手に入るようになったんです。それを使ったら、お肌がツヤツヤモチモチになりました」
「それって、町の人たちも使っているのかな?」
「もちろんです。皆、春姫様の恩恵だと喜んでおりますよ」
うーん、私の恩寵がサラさんに影響しているわけではないのかな。
それとも……。
「サラさんって、病気とかする?」
「特に、病気をしたことはないですね。健康に気を使っているというのもありますが。姫様のお世話をするのに、私が倒れてはいられませんから」
「セバスさんも?」
「もちろん。父の方が私よりも健康体かもしれません。毎日鍛えてますから」
なるほど。もとから健康だと変化が分かりづらいのかも。
ジークリンドさん、何か病気だったのかな?
ここで、はたと気づく。
「ごめんサラさん、ちょっと騎士室に行ってくる!」
「姫様!?」
慌ててバスローブを羽織った私は、びしょ濡れのまま部屋から飛び出した。
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(もちださん書き下ろしSS……とか……ほんとすみませんとしか……)