84、チョロい老エルフと癒しのモフモフ
ジャスターさんが「アレ」と言っていたのは、もちろん美形のおじいちゃんエルフだ。
騎士としても活躍できるくらいのジャスターさんだから、けっして細身でも小柄でもない。
どこにそんな力があるのか、ジークリンドさんはジャスターさんを軽々と抱きかかえると頬にチュッチュしている。
「おじいさま! やめ、こんの、やめんかクソジジイ!」
「ジャーたんったら乱暴な言葉を……すっかり不良になって! ここの筆頭のせいなのか!」
「おい、俺を巻き込むなよ。そして姫さんに近づくな」
すでに私の周りに『鉄壁』を発動させたレオさんは、ジークリンドさんに向かってシッシッと手を振る。一応、貴族のジークリンドさんに向かって虫扱いとか、大丈夫なのかな。
「レオさん」
「これくらいやらないと分からないだろう。気にするな」
「気にするなって言われても……」
困っている私に気づいたジャスターさんが、容赦なくジークリンドさんに頭突きをくらわせた。腕の力が緩んだところを抜け出し小さく息を吐くと、軽く服装を直して背すじをのばす。
「ジークリンド様、我が姫君のために力をお貸しいただきたい」
「イタタ……ジャーたん、なかなかの石頭に育ったな。すごく痛い……え? 春姫たんのため?」
「そうです。春姫たん……いや、姫君のためですよ。おじいさま」
ジークリンドさんの「春姫たん」呼びにつられたジャスターさんは、ちょっと目尻を赤くして咳ばらいしている。おお、珍しいものを見た気がする。
レオさんは我慢できないみたいで、そっぽ向いて肩が揺れてるけど、バレバレだし後が怖いと思うよ。
「んんっ、秋の姫君より書簡が届きまして、返事をしていただきたいのです」
「おや? 春姫たんが書かなくていいのかい?」
「ええ、相手も代筆でしたから、問題はないかと」
あれ? そうだったんだ?
そういえばジャスターさんの恩寵『鑑定』で見たって言ってたから、それで分かったのかな。
「なんだよ。あっちの姫は直筆じゃないのか。他のは皆、自分で書いていたのにな」
レオさんが不満げに言ったところで、私は気がつく。
思わずジャスターさんを見れば、やわらかな笑みを浮かべて軽くうなずいてくれた。
そうか。そういうことか。
「あの、ジークリンドさん。手紙の代筆をお願いします。そして私にビアン国のことを教えてもらえませんか?」
「春姫たん、そんなお願いは聞けないよ」
「お願いします。じぃじさん」
「もちろん! なんでも言ってよ春姫たん!」
「だから近づくなって言ってんだろうが! エロジジエルフ!」
目にもとまらぬ早さで飛びついてきたジークリンドさんは、お約束のように『鉄壁』にぶつかり、あえなく撃沈するのだった。
なんか、すごく痛そうだけど、飛びかかってくるほうが悪いよね。うんうん。
ガチムチで厳つい顔の庭師、アークさんに呼ばれた私。
アサギを肩にのせて、護衛のキラ君と一緒に塔の外へ出ていた。
「敷地内とはいえ、油断しないように」
「はーい」
騎士として、しっかり私を守ろうとしているキラ君は、守られる側であっても心構えが大事だと教えてくれる。
キラ君は貴族だったから、騎士になるまで家人に守られて育ったそうだ。
国の中でも上位の貴族だったこともあって、誘拐される危険は常にあったらしい。
「護衛される側も、守られているという認識が、あるとないとでは大違いだからな」
「はーい」
きっと小さな頃のキラ君が同じことを言われてたんだろうなって思うと、ほのぼのとした気持ちになる。
ニヤニヤしてたら「油断するな!」と怒られた。
でもニヤニヤは止まらない。ニヤニヤ。
「すんません、足を運んでもらっちまって。ちぃと確認してもらいたいことがあってな」
「構わないですよ。なんでしょう」
「ウサギが増えたんで、柵を広げたいんだが」
「仔ウサギ! 見たいです!」
ピンクのモフモフが増えることは嬉しい。しかも仔ウサギとか、めちゃくちゃかわいいやつだよね? モフモフしたい! ぜひモフモフさせてほしい!
期待に胸を膨らませる(比喩)私に、アークさんは申し訳なさそうな表情になった。
「春姫様なら大丈夫かもしれねぇが、今は産んだばかりで警戒心が強いかもしれねぇ。もうちっと待ってやってほしい」
「わかりました。もう少し待ってからにしますね。それで、柵を広げるのに何か問題でもあるんですか?」
塔の周辺の敷地は、アークさんの好きなようにしていいと言ってある。
わざわざ私に言うってことは、何か問題があったってことだよね?
「実は、塔の周辺の木に、鳥がいくつか巣を作ったみたいでな」
「鳥、ですか?」
最近、朝はうるさいくらいにピピピッ、チチチッ、なんて鳥の鳴き声が聞こえてくる。
仲良しの、青い鳥の鳴き声かと思っていたけど……。
「敷地内に入れる生き物は、特別だと聞いている。今のところ大丈夫だが、切り倒す必要のある木が出た時に、春姫様に相談する必要があると言っておきたくてな」
「そうですか……巣を作っているのが青い鳥なら、移ってもらうことも可能だと思います。何かあったら言ってください」
「移ってもらう? さすが、レオが入れ込む姫様だな……。わかった。何かあったらよろしく頼む」
今のどこが「さすが」なんだろう?
アークさんの言葉に首をひねっていたけど、肩に乗っているアサギが『さすがなの! ハナはさすがなの!』と嬉しそうにしているから、まぁいいかなって思う。
ピンクの仔ウサギ、さわらせてもらいたいなぁ。
秋姫に会いにいく前までには、落ち着いてくれるといいなぁ。
お読みいただき、ありがとうございます。
前回の投稿で、待っていただいていた方がいらっしゃったと知り、嬉しくて続きが書けました。
これからも頑張ります。