83、秋の姫からの手紙
不定期更新ですみません。
この世界で知っている音楽が、そろそろ二十曲を越えそうだ。
最初の儀式は大変だったなぁなんて、しみじみ考えながら無心で鍵盤を叩く私。塔の中にある練習部屋で、いつものように指ならしのハノンを弾いているとアサギが膝に飛び乗ってきた。
『ハナ、あの曲がききたい。アサギの好きなやつ』
「いいよ。アサギも手伝ってね」
他の人には触れることができないこの楽器だけど、アサギは大丈夫だったりする。
だから、蹄の端っこを使って、連弾をすることを思いついたんだ。
『アサギが入るとき、おしえて』
「了解」
本当はもっと複雑なメロディだけど、主音だけにしたアサギ用の譜面を作ってある。
曲名は「カノン」だ。
セバスさんが庭師のアークさんに頼んで、アサギ用の椅子を作ってくれたんだよ。高めの椅子にちょこんと座って、鍵盤にちょいちょい足を置くアサギが可愛すぎる。
フワフワ尻尾が左右に揺れているから、ご機嫌だってすぐ分かっちゃうのがまた可愛い。
元の世界の曲だと何も起こらないかと思いきや、いつもどおり花が咲いたり、収穫前の果物が甘くなったりしているみたい。
不思議だよね。この世界の曲じゃないと、儀式で季節が動かないのにね。
「さん、はいっ」
私の声に合わせて、アサギが鍵盤にひとつひとつ蹄をのせていく。
基本は二分音符にしているから難しくはないけど、アサギの足だとそれでも大変そうだ。
「ゆっくりの曲だから、慌てずにね」
『ん!』
耳をピンと立てて、気合の入ったアサギを思わずモフモフ撫でたくなるけど、がまんがまん。
元々は長い曲だけど、短く簡単バージョンにしてあるから気軽に弾ける。
弾き終えたところでベルの音が聴こえてきた。
『ハナ、キラキラが用があるみたい』
「キラ君が?」
練習室のドアを開けると、そこには少し困ったような顔のキラ君が立っていた。手には書簡を持っているから、きっとこれを届けてきてくれたんだろうけど……。
「どうしたの?」
「これを、持ってきた」
「それは分かるけど……なんでそんなに困った顔しているの?」
「いや、別に困ってはいない」
書簡には白色の封蝋で印が押されている。
珍しいな、白の封蝋なんて。
ん? 白?
「白って、四季姫の色じゃなかったっけ?」
「ああ、白は秋の色だ」
「なるほどー」
噂に聞く秋姫は、絶世の美女と呼ばれる女性らしい。キラ君と出会ったときに、なぜか我が事のように秋姫の容姿について自慢されたから、しっかりと覚えているよ。ははは。
でも、こうションボリされるとイジるのはかわいそうかも。
私はニッコリ笑顔でキラ君を見上げる。
「何が書いてあるのか、楽しみだね!」
「あ、ああ、そう、だな……」
なぜか、すごく怯えた顔をされたんですけど。
解せぬ。
ランチミーティングとして、食堂にレオさんとジャスターさんを呼ぶ。
セバスさんとサラさんに給仕してもらいながら、秋姫からきた手紙の内容について話し合うことにした。
なぜかキラ君は、ドアの前に立って警護する体勢になっている。不思議だ。
「それで、我が姫君はどのように読みましたか?」
「とりあえず一度会って話したいって内容だったと思う……んだけど」
「だけど、なんです?」
「飾る言葉が多すぎて、正直理解できない部分が多いです」
ジャスターさんの問いかけに、出来の悪い生徒でごめんなさいって気持ちで返す私。
五枚に渡る手紙には文字の美しさはさることながら、とにかく美辞麗句並べた春と季節を褒め称え、会ってもいない春姫がどれほど美しく清らかなのかと訴える内容だった。
そして、これほどまで美しい姫に短い時間でも、一瞬でもいいからお会いしたい! ああ、この気持ちをどう伝えればいいのだろうか!
太陽が昇り、月に照らされ、巡る季節に想いを馳せております。どうか、どうか、ひと目だけでもー!!
……みたいな。
書庫にある小説ならスラスラ読めるのに、この手紙は文字を読むだけですんごく疲れたっす。
ぐったりと背もたれによりかかる私を見て、レオさんは苦笑する。
「秋の姫は、あの国の出身だったか?」
「確か、ビアン国の出身だったかと。あの国では自分も苦労しましたからね」
ジャスターさんが苦い表情でため息を吐いている。
なんで?ってレオさんを見れば、同じような表情で驚く。
「あそこはとにかく会話の前に色々と文言をつけないとダメなんだ。傭兵の時ならともかく、騎士の時は苦労した。普通に話しかけただけだと無視されるからな」
「自分はやたら男性から声をかけられて、何度も身の危険を感じましたよ」
「男女問わず、美しいものが好きだからな。あの国の奴らは」
ドアの前で立っているキラ君を見たら、首をかしげている。彼はその、ビアン国とやらに行ったことはないらしい。
「姫君のおっしゃったとおり、一度会ってお話したいという内容で間違いないでしょう。念のため『鑑定』で手紙の真偽も見ましたから」
「おい、お前の恩寵はそんなこともわかるのか」
「すごいです! ジャスターさん!」
「ふふ、元は姫君がくださったものではないですか」
いやいや、恩寵は私じゃなくて、神王様とやらがくれたものですよ。
「よかったです。それなら、私は秋姫様に会ってみたいので、さっそく返事を……」
はたと気づく。
「も、もしかして、この手紙と同じように返さないと、だめ?」
「あー、そうかもなぁ」
「そうですね。あまり時間もありませんし、せっかくなのでアレを有効活用しますか」
「アレ?」
私とレオさんとキラ君は、三人そろって首をかしげた。
お読みいただき、ありがとうございます。
落ち着いてきたので、少しずつ書いていきます。




