表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/137

82、チュートリアル再び


 なんだかんだ騒ぎのあった翌日、ジークリンドさんは、あっという間に塔の『ご意見番』としての地位を確立させていた。

 ちなみに、ジャスターさんよりも少し年上くらいに見える彼の年齢を問えば、「ひ・み・つ(はぁと)」と返されてしまった。ちょっとイラっとした。


「外見から推察すると、千に届いたかどうかくらいだと思われます」


「ちょっ、ジャーたん! 乙女の秘密をっ!」


「誰が乙女ですか。本物の乙女であるうちの姫君に謝ってください。可及的速やかに」


「ジャスターさん、落ち着いてー」


 血縁関係があるはずのジークリンドさんにのみ、塩対応するジャスターさん。

 ジャスターさんはいい顔しないけれど、双子ちゃんたちに構ってくれるジークリンドさんの存在はありがたい。一応貴族ってことだけど、ここにいて大丈夫なのかしら?


「隠居した身だからね。昔、国王から頼まれて領地にいたけど、さすがにもう忘れてるでしょ」


「国王から頼まれたんですか?」


「エルフってもんは知識だけは豊富だからねぇ。治水とか開拓とか、そういうのやる時に重宝されていたんだよねぇ」


 遠い目をして語っていたジークリンドさんは、私を見てほわりと微笑む。


「知りたいことがあれば、何でも聞いて。たとえば……恩寵とか、それを与える存在のこととか、ね」


 私が色々知りたいと思っていることを、ジークリンドさんは分かっているみたいだ。

 レオさんたちの持っている恩寵と、私の持っているものは決定的に違うところがある。どうしてそこに気づいたのかは謎だけど、必要としている知識を得られるならば何も不満はない。


 そして、この世界の人たちに『恩寵』を与える存在、神王についても……。


「今はいいです。いつか知りたくなったときに教えてください」


「それなら、今日から塔に住処を移そうかな。双子ちゃんも弟子にしたことだし」


 いつの間にやら弟子認定されていた双子のチコリとルーク。二人ともジークリンドさんに懐いているから、まぁいいかな。結果オーライってやつだ。うん。







 夜、最上階にある自分の部屋に戻った私は、久しぶりに『教本』を開いてみた。

 この世界に来た時は『チュートリアル』と記載されていたその本は、『姫として生きるためには』というタイトルに変わっている。


「予想はしていたけど、中身とか変わっていくタイプの本なんだね」


 内容にぶちギレして、引き出しの奥にしまっていたけれど、もしかしたら存外役に立つものだったかもしれない。

 でも、この本、なんていうか……。


「いちいちイラっとさせる言い回しをするんだよね。いつか燃やしちゃうかもしれない」


 心なしか本の色が白くなったような気がする。気のせいかな。

 すると、ベッドに座っている私の膝に、ふんわりと薄青緑の毛玉が乗っかってくる。


『ハナ、それを読むの?』


「やっと起きたの? アサギったら最近ずっと寝ているんだから」


『いっぱい報告してるの。金色の人に』


「金色の人? キラ君?」


『ちがうよ。金色だよ』


 どうもアサギの言っていることが分からない。私が知らないだけで、この世界の人なら「金色」を知っているのかな?

 夢でも見ていたのかしら。


 疑問に思いながらも、とりあえず本を開いてみる。

 今までのチュートリアルみたいなページはなくなっていて、新しい目次になっていた。


  『姫たちに会ってみよう』

  姫たちは春を知りたがっている。教えてあげるために儀式のついでに会ってみよう。

  夏(完了)秋(未)冬(完了)

  

  『姫たちとお茶会しよう』

  ……

  ……


「えーと、姫たちに会ってみよう……姫たちとお茶会しよう……姫たちの悩みを解決しよう……姫たちを楽しませよう? なんだこりゃ?」


 最初のほうは分かるけど、楽しませようって何よ。なぜか夏姫だけ全部「完了」の状態になっているし。


「あ、でも冬姫はあと少しって書いてある。合奏したからかなぁ」


 反対に、まったく手をつけていないのが秋姫だ。

 夏姫は知っているだろうから、聞けば教えてくれるんだろうけど……。


「キラ君が前に、秋姫はすごく美人だって言ってたよね。私みたいなちんちくりんに会ってくれるかな。いや、会うくらいはしてくれるか」


『びじん?』


「綺麗で人気があるってことだよ」


『にんき?』


「皆に好かれているってことだよ」


『好き……アサギはハナが一番好きだよ! ハナも人気あるね!』


 そう言いながら、少し怒ったように私の腕をひづめでテシテシたたくアサギ。

 なんですか。このかわいい生き物はなんなんですか。


「んんんんっ!! アサギたんかわいい!! 尊い!! 好き!!」


『わぁ、ハナ、くるしいよー』


 かわいいかわいいとアサギをもふもふしまくったところで、私はひと息ついてからサラさんを呼ぶ。

 塔のすごいところは、私を含む関係者が誰かに呼びかければ、塔の内部限定で声を届けてくれることだ。部屋数も人数によって増えたり減ったりするし、なんだか生きてるみたい。


「姫様、お呼びですか?」


「夜遅くにごめんなさい。秋姫様にお手紙を出したいんだけど……大丈夫かな」


「春姫様がこの世界に降りられた時に、四季姫様たちには私が代筆して挨拶状をお送りしています。身分の上下はありませんし、お手紙くらいなら失礼にはならないと思いますよ」


「ありがとう。一応読み返してもらえると嬉しいかもです」


「その際はお申し付けくださいませ」


 一礼したサラさんが部屋から出て行ったのを待って、私はベッドの中にもぐりこむ。

 そして私の体と布団のわずかな隙間に、アサギもするりともぐりこんできた。


 もふもふ尻尾を撫でながら、明日は夏姫にも手紙を送ることにしようと決め、あたたかい布団の中で目を閉じた。






お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ