82、チュートリアル再び
なんだかんだ騒ぎのあった翌日、ジークリンドさんは、あっという間に塔の『ご意見番』としての地位を確立させていた。
ちなみに、ジャスターさんよりも少し年上くらいに見える彼の年齢を問えば、「ひ・み・つ(はぁと)」と返されてしまった。ちょっとイラっとした。
「外見から推察すると、千に届いたかどうかくらいだと思われます」
「ちょっ、ジャーたん! 乙女の秘密をっ!」
「誰が乙女ですか。本物の乙女であるうちの姫君に謝ってください。可及的速やかに」
「ジャスターさん、落ち着いてー」
血縁関係があるはずのジークリンドさんにのみ、塩対応するジャスターさん。
ジャスターさんはいい顔しないけれど、双子ちゃんたちに構ってくれるジークリンドさんの存在はありがたい。一応貴族ってことだけど、ここにいて大丈夫なのかしら?
「隠居した身だからね。昔、国王から頼まれて領地にいたけど、さすがにもう忘れてるでしょ」
「国王から頼まれたんですか?」
「エルフってもんは知識だけは豊富だからねぇ。治水とか開拓とか、そういうのやる時に重宝されていたんだよねぇ」
遠い目をして語っていたジークリンドさんは、私を見てほわりと微笑む。
「知りたいことがあれば、何でも聞いて。たとえば……恩寵とか、それを与える存在のこととか、ね」
私が色々知りたいと思っていることを、ジークリンドさんは分かっているみたいだ。
レオさんたちの持っている恩寵と、私の持っているものは決定的に違うところがある。どうしてそこに気づいたのかは謎だけど、必要としている知識を得られるならば何も不満はない。
そして、この世界の人たちに『恩寵』を与える存在、神王についても……。
「今はいいです。いつか知りたくなったときに教えてください」
「それなら、今日から塔に住処を移そうかな。双子ちゃんも弟子にしたことだし」
いつの間にやら弟子認定されていた双子のチコリとルーク。二人ともジークリンドさんに懐いているから、まぁいいかな。結果オーライってやつだ。うん。
夜、最上階にある自分の部屋に戻った私は、久しぶりに『教本』を開いてみた。
この世界に来た時は『チュートリアル』と記載されていたその本は、『姫として生きるためには』というタイトルに変わっている。
「予想はしていたけど、中身とか変わっていくタイプの本なんだね」
内容にぶちギレして、引き出しの奥にしまっていたけれど、もしかしたら存外役に立つものだったかもしれない。
でも、この本、なんていうか……。
「いちいちイラっとさせる言い回しをするんだよね。いつか燃やしちゃうかもしれない」
心なしか本の色が白くなったような気がする。気のせいかな。
すると、ベッドに座っている私の膝に、ふんわりと薄青緑の毛玉が乗っかってくる。
『ハナ、それを読むの?』
「やっと起きたの? アサギったら最近ずっと寝ているんだから」
『いっぱい報告してるの。金色の人に』
「金色の人? キラ君?」
『ちがうよ。金色だよ』
どうもアサギの言っていることが分からない。私が知らないだけで、この世界の人なら「金色」を知っているのかな?
夢でも見ていたのかしら。
疑問に思いながらも、とりあえず本を開いてみる。
今までのチュートリアルみたいなページはなくなっていて、新しい目次になっていた。
『姫たちに会ってみよう』
姫たちは春を知りたがっている。教えてあげるために儀式のついでに会ってみよう。
夏(完了)秋(未)冬(完了)
『姫たちとお茶会しよう』
……
……
「えーと、姫たちに会ってみよう……姫たちとお茶会しよう……姫たちの悩みを解決しよう……姫たちを楽しませよう? なんだこりゃ?」
最初のほうは分かるけど、楽しませようって何よ。なぜか夏姫だけ全部「完了」の状態になっているし。
「あ、でも冬姫はあと少しって書いてある。合奏したからかなぁ」
反対に、まったく手をつけていないのが秋姫だ。
夏姫は知っているだろうから、聞けば教えてくれるんだろうけど……。
「キラ君が前に、秋姫はすごく美人だって言ってたよね。私みたいなちんちくりんに会ってくれるかな。いや、会うくらいはしてくれるか」
『びじん?』
「綺麗で人気があるってことだよ」
『にんき?』
「皆に好かれているってことだよ」
『好き……アサギはハナが一番好きだよ! ハナも人気あるね!』
そう言いながら、少し怒ったように私の腕をひづめでテシテシたたくアサギ。
なんですか。このかわいい生き物はなんなんですか。
「んんんんっ!! アサギたんかわいい!! 尊い!! 好き!!」
『わぁ、ハナ、くるしいよー』
かわいいかわいいとアサギをもふもふしまくったところで、私はひと息ついてからサラさんを呼ぶ。
塔のすごいところは、私を含む関係者が誰かに呼びかければ、塔の内部限定で声を届けてくれることだ。部屋数も人数によって増えたり減ったりするし、なんだか生きてるみたい。
「姫様、お呼びですか?」
「夜遅くにごめんなさい。秋姫様にお手紙を出したいんだけど……大丈夫かな」
「春姫様がこの世界に降りられた時に、四季姫様たちには私が代筆して挨拶状をお送りしています。身分の上下はありませんし、お手紙くらいなら失礼にはならないと思いますよ」
「ありがとう。一応読み返してもらえると嬉しいかもです」
「その際はお申し付けくださいませ」
一礼したサラさんが部屋から出て行ったのを待って、私はベッドの中にもぐりこむ。
そして私の体と布団のわずかな隙間に、アサギもするりともぐりこんできた。
もふもふ尻尾を撫でながら、明日は夏姫にも手紙を送ることにしようと決め、あたたかい布団の中で目を閉じた。
お読みいただき、ありがとうございます。