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81、知識は記憶されていく


 事の起こりは、ジャスターさんの……えーと、遠縁の親戚?がエルフということで、会ってみたいと言ったら会えることになったのはよかったのだけど。

 ジャスターさんが「いつ頃お会いできますか?」という丁寧な手紙を送った翌日、早朝の日の出に負けないくらい輝きを放つ麗人が塔にやって来た。

 その長い耳と銀髪、そしてジャスターさんに似た面影をもっていることから、件のエルフであることは明白だった。


 塔にも入れるようだったから悪人じゃないだろうし、特に問題ないって思ったんだよね?

 まさか、初対面の私に思いっきりハグしたあげく、ほっぺにチュッチュするとは思わなかったんだよ。


 悲鳴をあげようとした私の目の前で、全力全開なレオさんの攻撃を笑顔で避ける美麗エルフさんに、ただただあっけにとられてしまった。

 そして今、レオさんを止めに入ったジャスターさんが、美麗エルフにチュッチュされているわけであります。


 めでたし、めでたし。


「おじいさま! いい加減にしないと、もう会いに行きませんよ!」


「いやだ! ジャーたんが一番じぃじに似ていて可愛いのに、会えないとかいやだ!」


 ジャスターさんの言葉に、慌てて離れ静かになる美麗エルフ。はじめからそれを言えばよかったのでは……。

 私の思ったことを察したのか、ジャスターさんは乾いた笑みを浮かべて呟く。


「ここぞという時に言わないと、効果がなくなるんですよね……ははは……」


 なにその飲みすぎると耐性ができて効かなくなる薬みたいなやつ。

 レオさんが未だ警戒を解かない中、美麗エルフなおじいちゃんは優雅な動作で片膝をついた。


「お初にお目にかかります。わたくしはジークリンド・フォン・マルクと申します。春の姫様におかれましては、ご清祥のこととお慶び申し上げます。この世界に季節をもたらしてくださったこと、心より御礼を申し上げます」


 さっきまでとは別人かと思うくらい流暢な挨拶とともに頭を下げたジークリンドさんは、そのまま動かなくなった。

 え? なに? どうしたの?


「このような、いとけなき子を親元から離し、別世界に呼びよせるなど何ゆえ神王様は……」


 ミシリと床が音をたてている。この床、石造りだったような気がするんだけど。

 不穏な空気を感じて、私の横にいるジャスターさんとレオさんを見れば、二人とも歯を食いしばって何かに耐えるような表情をしている。


 えーと、いとけないって幼いみたいな意味だっけ……。

 ああ、なるほど。この人は怒ってくれているのか。

 神王様が絶対の存在であるこの世界で、私の周りの人たちは皆が怒ってくれたり心配してくれる。


「大丈夫ですよ、ジークリンドさん。私の周りの人たちは皆さん優しいです。あなたの可愛がっているジャスターさんも、私の騎士になってくれた素晴らしい人です」


「……そう、ですか」


「だから安心してください。そして、もし良ければ、この世界の話を色々と聞かせてください。きっと長く生きてこられたジークリンドさんなら、多くの知識を持ってらっしゃると思うので」


 この世界に来てからとても良くしてもらっていることが、伝わるといいなと願いながら一生懸命に話す。

 私の言葉に、やっと顔をあげてくれたジークリンドさんは寂しげに微笑んだ。


「わかりました。ご所望があればいつでもおっしゃってください」


「そんなかしこまった感じにならなくても……ジャスターさんのご家族なら、私にとっても家族ですよジークリンドさん」


「春の姫様、じぃじ、と」


「じぃじ、さん?」


「はぅっ!! なんと愛らしいのだ春姫たん!!」


「やめんかエロエルフ!!」


 またしても私に抱きついてチュッチュしようとした残念エルフに向けて、容赦なく恩寵の『鉄壁』を発動させるレオさん。今回はガラス板のような硬い壁が出たらしく、ジークリンドさんは顔面を思いきりぶつけて悶絶している。


「おじいさま、うちの筆頭を刺激しないでください」


「年寄りの軽い冗談だったのに……」


「次は壁どころじゃすまさねぇぞ。ロリコンエルフ」


 ロリコンって……いや、ジャスターさんを可愛がるくらいのエルフからすれば、私は幼児みたいなものか。

 ジークリンドさんは有り余るほどの愛を持っているんだなと考え、私は天啓を得る。








「おじいちゃま、これ、おしえてー」


「ほうほう、二百年前に起こった戦争だが、この歴史書にあるのは少し違う。ここはこうだ」


「おじいちゃま、これー」


「古代語の翻訳? こんなものを読むよりも古代語を覚えたほうが早いぞ。じぃじが教えてやろう」


 幼児(本物)二人を相手に、楽しそうにしているジークリンドさん。

 恩寵の『記憶』を持つ双子ちゃんとなら、きっとうまくいくような気がしていたけど、まさかここまでとは……。


 きっと、ジークリンドさんは寂しかったのかもしれない。

 愛する家族……血を受け継ぐ人たちを、ずっと見守り続けてきたのだから。


「それでも、だ。今度また姫さんに妙なことしやがったら、ただじゃおかない」


「妙なこと?」


 外国の人たちがよくしているハグやキスみたいなものは、こっちでもあるかと思ってたけど違うのかな。

 子や孫にチュッチュするのは日本でもあったし、おかしくはなさそうだけど?


「ああ? 何言ってんだ姫さん。俺が認めないかぎり、男どもから指一本でも触らせないからな」


「一応聞きますけど、レオさんの認める男の条件って何ですか?」


「俺に勝てる男」


 そんな人いるんだろうか……いや、この世界で一人生きていける算段がつくまで『姫』としてやっていかないといけない。

 過保護すぎるとは思うけれど、これはこれでレオさんグッジョブだね。


「姫さんは、好きなだけここにいていいんだからな」


 不安な気持ちを抱く私に気づいたのか分からない。

 レオさんのかけてくれた言葉に、私は潤んだ目がバレないよう何度もまばたきをした。

 


お読みいただき、ありがとうございます。

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