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78、冬から春へと巡る季節



 灰色の髪をした冬の筆頭騎士が、お茶のおかわりを注いでくれるのをぼんやりと眺めていると、心の中を何かがよぎっていく。


「そういえば私、自分のところ以外の塔に入ったの初めてだ」


「うちの姫がおとなしくしててくれたなら、春姫様と『合わせ』ができましたのに」


 なんだなんだ? 新しい言葉が出てきたぞ?


「姫さん、『合わせ』っつーのは、二人以上の姫が一緒に演奏することだ」


「おかしなことにならないの?」


「儀式じゃないから大丈夫だろう……と、思う」


 私の問いに対し、微妙な表情で返すレオさん。

 そうだよね。春の塔で儀式の練習しただけで、町が花で溢れかえったもんね。


「こと、この地域は冬姫様の力が強いので、苛烈な夏姫様との『合わせ』でも塔の周辺は雪が残っておりましたから、問題はないと思いますよ」


「それならいいんだけどなぁ」


 灰色の騎士が大丈夫だと言ってくれているのに、なぜかレオさんは渋い顔のままだ。

 ジャスターさんとキラ君は黙って私のことを見ている。


 そうだね。

 私は私なんだから、私のやりたいようにやるよ。


「灰色さん、ちょっといいですか?」


「灰……あ、はい。どうぞ」


 レオさんの眉間のシワがどんどん深くなっていくのは怖いけど、私はどうしても気になっているんだ。

 悪いけど、私の勝手にさせてもらうよ。







 造りは春の塔と同じように見えるけれど、ドアや家具は黒色が多いから、どうしても暗く見えてしまう。

 あの後しばらくして、冬姫様が練習する部屋に入ったという知らせが灰色の筆頭騎士に届き、私は冬姫のもとへ案内してもらうことにした。


「春姫様に失礼なことをしましたのに……うちのバカ姫にもう一度会っていただけるとは……」


「バカ姫って……まぁ、彼女と『合わせ』ができるか、まだ分からないけどね」


「いえ、そのお心遣いだけで充分ですよ」


 前をあるく灰色くんの結わえた髪が揺れるのを、抱いているアサギが気にして前足で触れようとするのを慌てて押さえる。

 つやっつやな髪だから触ってみたいという、私の心が伝染しているのかも……。

 私の後ろにはキラ君がいる。レオさんとジャスターさんは塔の近くで待機してくれている傭兵さんたちに、冬の塔からの差し入れを渡しに行ってくれていた。


 やがて、廊下の奥にドアの前にたどり着いた私たちは、部屋の中から聴こえる音に思わず聴き惚れてしまう。

 元の世界でのヴァイオリンによく似た音。奏でる曲を名付けるなら「悲哀」だろうか。


「ドアの前で控えておりますので、何かあればお声がけください」


「……気をつけろ」


 灰色くんとツンデレなキラ君に見送られて、私はそっとドアを開けると滑りこむように入る。

 冬姫は私に気づいたみたいだけど、目は伏せたまま優雅に弾いている。まるで自分の手のように弓を扱うその様子は、剣を振るう彼女に似ているような気がした。


 キンと冷えた空気が震える。

 ヴァイオリンの音が高くなればなるほど、心が締め付けられるような切ない気持ちにさせる彼女の技法に、私は思わず舌打ちしてしまう。


 弾き終わると、冬姫は小さく息を吐いて私を真っ直ぐに見る。


「いとけなき姫君、僕のことを心配してくれていたの?」


「いえ、あの場で聞けなかったことを聞こうと思って」


 真っ直ぐな視線に臆さず、私もしっかりと腹筋に力を入れて彼女を真正面から見据える。


「聞けなかったこと? 僕はすべて話したけど……」


「あの代の冬姫の恩寵が消えた理由ですよ」


「……なるほど」


 あの場でその話が流されたのは……いや、流したのはレオさんのためだ。

 私はレオさんにこれ以上傷ついて欲しくなかった。


 まぁ、そうは言っても、すでにレオさんは気持ちを切り替えていたみたいだけどね。


「そう簡単に教えてもらえるとは思いませんけど……」


「いや、君には教えるよ。さっきは千剣の彼が居たから、すべてを語らなかったんだ」


 騎士服を着こなす男装の彼女は、悲しげに微笑みながら続ける。


「かの冬姫は、かの騎士を放逐した後、とある貴族と結婚する。彼女は子を宿していた」


「子を宿していた?」


 冬姫の話だと、結婚する前から子供がいたように聞こえるけど……。


「そうだよ。彼女は子を宿してから結婚した。そして宿した子の父親は、結婚相手ではなかった」


「はぁ?」


 思わず素の声を出してしまって口を押さえる私に、冬姫は軽やかに笑った。


「気持ちはわかるよ。僕はもう呆れちゃってね。かの姫は多くの男性と交流があったようだから」


「それじゃ、レオさんは……」


「遊び相手のひとりだったのかな。あそこまで美談に仕立て上げたのは、あまりにも千剣が有名だったから、かな」


「……処女のまま、ですか」


「そうだね。そして彼女が孕んだ子には、王家の血が流れていたんだ。それで情報を得ている僕が狙われたり、姫と騎士の捏造された悲恋物語が出回ったというわけ」


 白銀の髪をかきあげた彼女は、先代のことをまるで汚いものを吐き捨てるかのように言い放った。

 姫であることを拒みながらも、姫として生きようとする今代の冬姫。


「なるほど。それじゃあそろそろ、あの代の冬姫のことは滅しちゃおうか」


「めっし?」


「滅する、ね。跡形もなく消し去るやつね」


「でも、それは……」


「ほら、早くしようよ。私も準備するから」


 そう言うと、部屋の真ん中に黒い大きな箱がにゅるりと出てくる。

 春の塔でおなじみの練習用ピアノだ。


「それが……春の儀式で使う神器なの?」


「神器? えーと、そうだよ。毎回、間違えないように弾くのが大変なの」


 黒い箱の引き出しを出せば、白と黒の鍵盤が並び、その上にあるのはキラキラと落ちてくる光の楽譜。

 光の動きを見れば分かる。これは私も知っている曲。

 最初の儀式で弾いた「始まりの歌」だ。


 喜びにあふれ、高音へと駆けのぼるヴァイオリンの音色に、ピアノの軽やかな音が追いかける。

 冷たい雪に閉ざされた冬から、暖かく喜びに溢れる春へ。

 終わりと始まり。

 きっと、今まで終わりがなかった彼女だけど、今、この時から始まるのだろう。


「春の姫君! この『合わせ』は楽しいよ!」


「楽しいならよかった!」


 冬姫の演奏を、私は伴奏で追いかけていく。

 季節は巡っていく。

 そして「季節」というものは、同じ繰り返しではない。

 来るたびに「季節」新しく、生まれ変わっていくのだ。


「……ありがとう」


 弓と弦を震わせ、美しい音色を響かせる冬姫を、私はきっと忘れることはないだろう。

 正しく生きなくてもいい。ただ、自分がなすべきことを成せばいい。


 うん。

 私もがんばろう。



お読みいただき、ありがとうございます!


イメージイラストを依頼して描いていただいたのですが、ツイッターなどでは見れると思います。

甲斐千鶴先生の美麗イラストを、ぜひとも……

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