77、ふたつの冬
応接室に通された私たちは、いい香りのする紅茶と美味しそうなお菓子を出される。
騎士は立っているのが普通らしいんだけど、今回は特例……というか冬姫の無礼のお詫びということでレオさんとジャスターさんも一緒にテーブルを囲んでいた。
キラ君は念のため立って周囲の警戒をしてくれている。冬の塔だから安全じゃないというわけではなく、これはいつもやってることだ。
「さて、無礼だとは思うが、まず始めに俺からいいか?」
「かまわないよ」
「……なぜ、俺を怒らせようとした?」
「言っている意味が分からないね」
無表情のまま目を眇めて冬姫を見るレオさんだけど、その目はどこか彼女を憐れんでいるようにも見える。
怒らせるって、どういうこと?
「春の筆頭騎士殿、姫は……」
「言うな」
「しかし……」
「バレていたのなら、僕からちゃんと言うよ」
冬の筆頭騎士さんが話そうとするのを止めた冬姫は、レオさんに向けて頭を下げる。思わず立ち上がりそうになったジャスターさんは、レオさんが大丈夫という感じで手を上げたのを見て座り直す。
そうだよね。姫が騎士に頭を下げるとか……前にサラさんが「姫はむやみに頭を下げないように!」って口すっぱく教えてくれたもんね。驚くよね。
「すまない……僕が謝っても何もならないとは分かっている。だけど、どうか謝らせてくれ」
「どういうことだ?」
「僕は、春の筆頭殿と戦ってみたかった。そして、貴方を怒らせようとしたのは……僕が……あの人の姪だからだ」
あの人という言葉にレオさんの肩がわずかに震える。私が口を出さず、そのまま黙っているのは冬姫が苦しそうにしながらも、言葉にしようとしているように見えるからだ。
隣にいる筆頭騎士に背をさすられ、冬姫はゆっくりと息を吐いて呼吸を整える。
「僕は憧れていたんだ。そして、誰よりも憧れていたんだ。姉様と呼んでいたあの人と、いつも側に控えている夜色の騎士を」
そうか。今代の冬姫は、かの二人に憧れていて……そして……。
「あんなおとぎ話を僕は愚かにも信じていた。今代の冬姫に選ばれるあの日まで、僕はあの人を誇らしいとさえ思っていた。本当にどうかしている。この国の貴族は、僕を含め、本当に愚か者ばかりだった」
無表情だった冬姫だけど、目尻を赤くして声を震わせるその姿には怒りのようなものを感じだ。
貴族に対する怒り以上の自分に対する怒り、なんだろうな。
「なぜ、知った? あの代の冬姫と騎士のことは、美談として広まっているはずだろう」
「僕の恩寵はね、ひとつは『剣聖』で、もう一つは『心眼』といって心の中が見える力を持っている。君らのように神王様と関わりが深いと見えないけれど、普通の人間なら見えるんだ。見えてしまうんだよ、何もかも」
冬姫は「謹慎に戻るよ」と部屋から出て行った。その背中に、私は「もういいよ」って言いたかった。
なんていうか、過去に囚われてしまっているのが一番よくない気がするんだよね。
レオさんはもう過去を見ていないって言ってたし、彼女も前に進めばいいのにって……それだけ先代のしたことが許せないってことかな。
冬の筆頭騎士さんは私たちをもてなすために残っている。冬姫を放っておいてもいいのかなと思ったけど、他の騎士に任せていた。
姫の不在は筆頭騎士が対応するってことで誠意を見せているのかもしれない。
「昔は、幼い頃はよく笑うお方だったのです。冬姫からは、幼い頃に表情がないと叱られておりました。お前はもっと笑えと」
そう言って冬の筆頭騎士さんが微笑み、静かに話し出す。
今代の冬姫は在位している中で、きっと自身の『心眼』で色々と『視て』しまったんだろう。
そして彼女は、そのまま自分が『姫』であることを望んだ。
「本来なら、あの代の冬姫は神王様に近しい者として、恩寵の影響を受けないはずでした。しかし、今代の冬姫にはあの御方の過去の行いが視えてしまった」
「もしや、あの代の冬姫は神王様の加護を失っているということですか?」
「そうです。本来ならば恩寵は生涯持っていられるものですが、おの御方は退位すると同時に恩寵を失ったと思われます」
ジャスターさんと冬の筆頭騎士さんとのやり取りを見ていたレオさんが、静かな口調で確認する。
「俺が最後に会った時は、まだ恩寵があったように見えたが」
「ええ、そうだと思います。夜色の騎士が旅に出た後、しばらくしてあの御方はとある貴族と結婚しました。今代の冬姫とは……親戚ですので、会う機会もありますから」
「そこで、視えてしまった……か」
「恩寵を失ったという不名誉を、両家共々隠したかったようです。しかし、今代の冬姫が『心眼』持ちであることで、どうにかしようと何度も暗殺者を送ってきました」
「え? 今代の冬姫って先代の親戚なんですよね? それなのに?」
口を挟むつもりはなかったけど、思わず声に出てしまった。
同じ血筋から続けて姫に選ばれたのに、暗殺って……。それに神王様の加護は、そう簡単に暗殺とか許さない気がするんだよね。
「貴族とはそういうものです。恩寵を失ったという事実を他の貴族が知れば、あっという間に没落するでしょう」
「こう言ってはなんだが、兄が祈りの塔の神官であることが許されるのも、神王様から認められた家とされるからだ」
「キラ君のお兄さんは家のために神官になったの?」
「いや、あれは好きでやっている」
「なら良かったけど……」
キラ君の言葉に、この世界での神王様はとにかくすごい存在だっていうのは分かった。いや、今までも分かっているつもりだったけど、とにかく信仰の対象として大きな存在だってことだよね。
「冬姫については特に思うことはない。俺は、姫さんに生まれ変わる機会をもらえた。過去は気にせず過ごして欲しいと伝えてくれ」
「分かりました。感謝します」
「礼を言うなら姫さんに」
「ありがとうございます。あたたかく愛らしい春の姫様」
微笑んでいた冬の筆頭騎士さんは、ここで始めて泣きそうな顔で頭を下げた。
笑顔の彼には感じられなかった、温かみのある表情だった。
ニセモノの笑顔よりも、今の方が何倍も温かく感じる。うん。今のがいいよ。
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