76、春の姫は冬の姫に挨拶する
冬の塔の造りは、春のとまったく同じように見える。
騎士たちがたくさんいるらしいから、中はもっと広いかもしれない。
「おや姫君、ご気分がすぐれませんか? お顔が赤いですよ」
「元からです」
「やはり疲れが出ているのでは?」
「出てないよ」
ジャスターさんとキラ君から交互に声をかけられる私。
大丈夫です。心配無用です。ただの羞恥疲れです。
傭兵団のオッサンたちは、レオさんが追加料金を払うと言ったら快く護衛をしてくれている。
本来なら儀式のみの行軍だから、冬の塔にいく道中の護衛は契約外なんだけどね。わりと融通きかせてくれているのは、元傭兵団長のレオさんが頼んでくれているからかも。
「よく参られた。春の方々」
グレーの長髪を一つに結わえた、すらりと背の高い男性が笑顔で現れる。彼が身にまとう黒色の騎士服は、後ろに控えている数人の騎士よりも少しデザインが違う。
黒色は冬姫と冬の騎士しか身に付けることができない。前に出て挨拶した彼が、冬姫の筆頭騎士なんだろう。
「こちらに寄らせてもらうこととなった、春の騎士筆頭のレオと申す。夏姫様からお話は?」
「聞いている。噂の千剣殿に会えて嬉しく思う。……それと、うちの者が迷惑をかけた」
私はジャスターさんに手をとってもらいながら、ヴェールをつけて馬車から出る。レオさんの前で静かに頭を下げる冬の筆頭騎士を見て、小さく息を吐いた。
「レオさん」
私がひと声かければ、レオさんが心得たと頷いてくれる。
「我らの姫は道中『誰にも』会っていない。それと、噂の千剣とやらも存在しない騎士だ」
「……そうだったな、すまない。こちらの勘違いのようだ」
さっきまで張り付いたような笑顔だった彼は、ほわりと気配を緩ませる。それが本来の彼の笑顔なんだろうなと思いながら、私はキョロキョロとあたりを見回す。
「申し訳ございません春の姫君、我が姫は部屋におります」
礼儀として『姫には姫の出迎え』というのがあるし、てっきり冬姫が出てくると思ってたけど……。
私の疑問を察したのか、灰色髪の騎士の笑顔が深まる。
「大変もうしわけございません。姫は少々体調を崩しておりまして、部屋から出ないよう回復につとめてもらっている……ということにしております」
部屋から出ないように、謹慎ってこと?
心なしか、冬の筆頭さんの笑顔が冷たく感じる。これが冬の騎士の力なのか!? なんてね。
「これで姫が反省するのならば、苦労しないのですが……」
ションボリとうなだれる灰色の彼に、レオさんがぽんぽんと優しく肩を叩いてあげていた。
傭兵団の人たちは塔の外にある離れに案内されている。
休める場所があるのはありがたいなぁ。灰色騎士君に感謝だね。
黒色の騎士服の男子たちに案内されて塔に入ると、白銀の麗人が立っている。あれ? この人って……。
「やぁ、可愛らしい春姫。儀式お疲れ様だったね」
「冬姫様、ありがとうございます」
塔に入ると同時に無表情だけどなぜか薄ら頬を染めた冬姫が出迎えてくれて、私は慌てて軽く膝を折る。
そして己の姫を見て、灰色髪の筆頭騎士が頭を抱えていた。
「姫、部屋で謹慎と言ったはずですが」
「ああ、もちろん謹慎していたよ。いつまでとは言われなかったから自主的に謹慎を解除したけどね」
笑顔で冷たいオーラを放つ灰色騎士さんと、無表情な白銀の男装麗人姫が睨み合ってる。
うん。このままだと話が進まない。
「あの、もう気にしないでください。私たちは大丈夫なので……」
「なんて可愛らしく優しい姫なんだ!」
目にも留まらぬ速さで私の手を取った冬姫が唇を寄せたところで、視界が暗くなったと思ったらふわりと花の香りに包まれる。
「我らの姫に、気安く触れないでもらえるか」
「おや、さすがは千剣の騎士だね」
「その騎士はもう存在しないと言っている」
威嚇するようにレオさんが冬姫に言うのを、私はどこか遠くで聞いている気持ちになっていく。
そう、私は嫉妬していた。
レオさんの否定していた『千剣の騎士』というその名を聞くたびに。
「俺はもう、この御方だけの騎士だ」
レオさんは、先代の冬姫と。
「この御方の筆頭騎士。それ以外の何者でもない」
甘い花の香りに包まれた私は、その言葉にちょっとだけ泣いてしまう。
そうか。そうなのか。
もうレオさんは、過去を見ていないのか。
「レオさん、大丈夫です」
私を抱いている腕を軽く叩くと、ギュッと拘束されていたのが解かれた。
良き上腕二頭筋と大胸筋、ごちそうさまです。
「やっと挨拶できますね。冬姫様はじめまして、今代の春姫です。よろしくお願いします」
「夏から聞いている。僕が冬姫だ。はじめまして、いとけなく愛らしい春の姫。僕の国に春をもたらしてくれて感謝する」
「ここは水害がないと聞いているので大丈夫だと思いますが、私の儀式の後に災害とか起こってないですか?」
「大丈夫だよ。春っていう季節が何百年ぶりか分からないけど、夏の時よりは緩やかだ。春の姫は可愛らしい上に優しいんだね」
無表情の男装麗人が少し口元を緩ませるだけで、絶大な効力を発するのだと私は実感する。
ふわふわしている私を、今度はジャスターさんが私の前に立つ。え、ちょっと、見えないんですけど……。
「我が姫君、整った顔であれば自分もそれなりだと思いますが」
「いや、そうじゃなくて……」
「エルフの血に有用性はないと思っていましたが、我が愛しい姫君のためならいくらでも差し出しますよ。ほら、もっと自分を見て? たくさん触れてもいいんですよ?」
女性も真っ青な綺麗な顔に笑みを浮かべて、甘い言葉をぽんぽんぶつけてくるジャスターさん。いや、だから、ちょっと……なんだかとんでもなく甘いんですけど!?
くっ……さすがエルフの血をひく美形騎士め!!
「おーい、姫さーん、そろそろ話を戻すぞー」
「ふぁ!? りょ、りょうかいです!!」
もう!! ジャスターさんはイケメンすぎるんだから、もっと自重してください!!
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