73、幸運な姫
宿を経営しているご主人は、冬になると良い子にプレゼントをくれそうな白いお髭がモサモサのお爺さんだった。
そして奥さんはナイスバディの美女なのが予想外で、「押しかけ女房」というさらなる驚きの事実が重なり私は二人のラブストーリーに大興奮だ。
夕食の後、お茶を飲みながら女子トークに花が咲く。サラさんも既婚者だからいい感じに盛り上がってて、ボッチな私は少し羨ましい気持ちになる。
「押しかけたわりには料理も何も出来なかったんだけどねぇ、それでもあの人の奥さんになりたかったんだよ」
「愛ですね!」
「ふふ、そうだねぇ。お嬢ちゃんも良い人を見つけたら思い切ってぶつかるんだよ」
「えー、私はまだまだ……考えられないです」
「何言ってんだい。騎士様たちのお世話をしているんだろ。幸運を逃しちゃダメだよ」
「あはは、はい。分かりました」
気っ風のいい女将さんに笑顔で返事をすると、少し離れた場所にいたキラ君がこっちを見ているのに気づく。そろそろ部屋に戻れってことかな? 夜も更けてきたしね。
「サラさん、部屋に戻ろうか」
「ええ。女将さん失礼します」
お茶のカップを片付けてくれる女将さんに礼を言って、キラ君と一緒に部屋へと戻る。なぜか眉間にシワを寄せているキラ君が目に入って、それがやけに気になる。どうした若者よ。
「キラ君、どうしたの?」
「……幸運なのか?」
「え……?」
言葉の意味が分からず首を傾げていると、いつもは多く語らないキラ君が困ったように私を見下ろしている。
「騎士達に囲まれて、お前は幸運だと思っているのか?」
幸運? この世界に呼ばれた私が幸運なのかって?
キラ君の眉間のシワは消えない。見下ろすその目は、労わりと優しさに満ちたあたたかいものだ。
「うん。幸運だと思っているよ。他の『春姫』の話を聞いたら、私はとても恵まれている」
「……そうか」
小さく息を吐いたキラ君は、小さく「おやすみ」と言ってドアを開けてくれる。部屋の中に入った私の後ろで静かにドアが閉められ、足音が遠ざかっていく。
軽くベッドメイクしてくれるサラさんが、微妙な顔をしているだろう私を見てくすりと笑う。
「姫様、今回も国の騎士が派遣されているのはご存知ですか?」
「国の騎士……前のキラ君みたいな人?」
「ええ。その騎士が姫様の近くに寄らないよう、動いているのがキアラン様です」
「……そっか、国に私の情報を渡さないようにしてくれているんだね」
私は今回も『四季姫の世話係』としてサラさんと一緒に行動している。傭兵さんたちは薄々感づいているかもしれないけど、国から派遣された騎士は何も知らない。
各所で春をもたらす『姫』を国としてどう使うのか。その情報を集めるという任務が国の騎士にはあると、以前キラ君が言っていた。
「キアラン様はご兄弟が祈りの塔にいらっしゃったり、貴族としての地位も高いですから、多少の無理がきくようですね」
「なんだか、キラ君に申し訳ないような気がする……」
「大丈夫ですよ。ここで力を出せないようなら、他の騎士に出番を取られてしまいますからね。きっと死力を尽くしてくれることでしょう」
笑顔でサラさんがえげつない事を言っている。
そうだね。あの恩寵を使いまくればジャスターさんは無敵だし、レオさんは物理で国を潰すとかできちゃうし……。いやいや、そこまではやらないよね?
……やらないよね?
「姫様、あの二人の『姫様至上主義』は言わずもがな、ですよ」
……やらないことを祈っておこう。
この地は長く冬が続くらしく、春が来ればどうなるのか知る人はいない。
儀式に向かう私たちを見る町の人たちは、自然と雪が無くなり土が見えたことに驚きながらも喜んでいるようだ。
宿屋の女将さんも「井戸に行くのが楽になった」と喜んでいた。毎日雪の処理に追われるのは重労働だろう。
「魔獣の襲撃はないみたいだね」
「そう何度もあったら困りますよ」
『ハナ! また見回りしてくる!』
「もうすぐ儀式の場所に着くみたいだから、ここにいてくれる?」
『わかった!』
青い鳥さんは儀式に参加しないから、いつもと同じように空を飛んでいる。羨ましそうに鳥さんを見ていたアサギは、私の膝の上で大人しく丸くなった。
慰めるようにヨシヨシと撫でていると、走っていた馬車が止まる。
「着いたぞ姫さん。準備はいいか?」
「大丈夫」
今日は姫として正装である青いドレスを身につけている。ヴェールで顔は見えないようにしているのは国の騎士対策だ。
儀式の場所まで着いて来られても困るなぁと思っていたら、傭兵さんたちが上手いこと引き留めてくれている。
私を視界から遮るように立っているレオさんがいるから、国の騎士が彼らと何を話しているのかさっぱりわからない。
「いざとなれば俺の『鉄壁』を使うが、今はまだ、なるべく手の内を晒したくない」
「今は?」
「いつか、姫さんが国にケンカ売るとかすれば、打つ手が多いほうがいいだろう?」
うん。めっちゃ物騒だね。
「姫様、そろそろ参りましょうか。『鑑定』したところ魔獣などの脅威はないので、今のうちですよ」
ジャスターさんが右手を出し、笑顔でエスコートしてくれる。
するとレオさんが左手を出してきた。
キラ君は少し離れたところで呆れたような表情をしている。
「じゃ、行こうか!」
強化された身体能力で、さっさと歩き出す私。
後ろの方で吹き出したのはサラさんかな。
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