表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/137

72、雪の中にある宿へ


 気がついたらベッドの中にいた。

 部屋の中には誰もいない……と思ったら、枕元にアサギがいた。


『起きた? ハナ、疲れてた?』


「大丈夫だよ。雪を見たの久しぶりで楽しいよ」


 アサギの青と緑が綺麗にグラデーションかかっている毛並みを撫でてやると、目を細めてうっとりしている。首からお腹にかけての白いモフモフ部分を堪能しようとしたら、ノックの音がしてサラさんの声がする。


「姫様、騎士様たちがいらっしゃってますが、入ってもよろしいですか?」


「どうぞー」


 着替えないままベッドに入ってたから、移動していた時と同じ服だ。姫としての体裁が整う仕立ての良いもので、キラ君の伝手で作ってもらった動きやすいワンピースだ。

 うん。冬姫と軽く運動した時も良い感じだった。作ってもらって良かった。


「大丈夫か、姫さん」


「お疲れ様です。我が姫君」


「娘、夕食はとれそうか?」


 三者三様、言葉は違うけど皆に心配してもらえるのが嬉しい。

 サラさんは温かいタオルで手を拭いてくれて、ほわっと心がリラックスする。気持ちいい。


「ありがとうレオさん、ジャスターさん。夕食は皆と一緒にとりたいな、キラ君」


「そ、そうか、では宿の者に伝えておこう」


 笑顔でお腹すいたアピールをしたら、キラ君が慌ただしく部屋を出て行く。いやいや、そこまでガツガツしてないぞ? 確かにお腹はすいてるけどさ。


「まだまだ青いですね……さて姫君、先ほどの件については『なかったこと』にしますが、正式な訪問時に少し先方とOHANASHIする必要があると思いますよ」


「Oh……」


 ジャスターさんが眼鏡のレンズを光らせている。気のせいかもしれないけど「おはなし」って発音がすごく物騒だった。

 怖いよ。綺麗な顔の人が笑顔でいるのに、なぜかすごく怖いよ。不思議だね。


「冬姫の隊に筆頭騎士が同行していなかった。噂では冬姫の持つ恩寵『剣聖』に負けないくらいの強さを持つ騎士だって話だったから、出てこないのはおかしいだろう。それに……」


「それに?」


「そいつは『冬のおり』って呼ばれててなぁ……。もしかしたら『檻』っつーのはその名のとおり、冬姫の暴走を止める檻の役目として、呼ばれているんじゃないかってなぁ……」


「なんか冬姫様って自由な感じだし、その筆頭騎士さんもすごく大変そうだね。いつも迷惑かけてる私が言うのもなんだけど……」


「あん? 姫さんが迷惑だなんて誰が言った?」


「聞き捨てなりませんね」


 え? なんで急にレオさんとジャスターさんが怒ってるの?

 私がアワアワしていると、苦笑したサラさんが二人のオッサン騎士を宥めてくれる。


「お二人とも落ち着いてくださいませ。そのようなこと姫様に言う者はおりませんよ。言ったとしても私や執事長が黙っているとお思いですか?」


「そうか、ならいいけどな」


「私の調べでは今のところないですが、よからぬ者は排除しないと……ですね」


 レオさんがあっさり引いたのに対してジャスターさんが黒い! それにジャスターさんの「私の調べ」って、恩寵の『鑑定』使ってるやつだよね? そうだよね?


「ふふ、恩寵って便利ですよね」


 素敵すぎる笑顔が黒いよ! 黒すぎるよ!







 雪国らしく食事は煮込み料理が多くて、特にお肉をトロトロになるまで煮込んだスープが美味しかった。

 黒パンは固かったけど、スープにつけて食べるスタイルだったから問題ない。噛めばパンの美味しさが出るし、これはこれで好きなんだよね。


 宿の入り口すぐにレストランとバーがあって、そのまま地下に宿泊施設があると思ったら地下じゃなかった。

 どうやら建物の半分以上が雪に埋もれているから、玄関は最上階にあるとのこと。

 どんだけ雪が降るんだろう?


「冬の塔が近いこともありますし、雪も多いのでしょうね」


「住んでる人、大変じゃないのかな?」


「大変かもしれませんが、ここなら雪の被害などは起こらないですからね。水害もそうです」


「え? そうなの?」


 食後のミルクティーを楽しんでいると、ジャスターさんが色々と教えてくれる。私が春だから常春状態になっているのと同じように、ここは常に雪が降っている状態だ。

 そして、春である私にはよく分からなかった、四季姫特有の『属性』があるらしい。

 冬姫なら水、夏姫なら火、秋姫なら風といった感じだ。


「あれ? 春は?」


 ジャスターさんは笑顔で私を見ている。私も負けずに綺麗な顔を見ながら、温かいミルクティーをひとくち飲む。甘めにしてあって美味しい。


「春の属性はなんですか?」


 もうひとくちミルクティーを飲むと、ドライフルーツのクッキーに手を伸ばす。一枚なら太らないよね?

 ジャスターさんは笑顔のままだ。


「あー、姫さん、ほら、春っつーのはいいもんだから。な?」


「な? と言われても……」


 ぷくりと頬をふくらませてみる。

 私は知っている。こういう子どもっぽいことをすれば、この世界の人たちはすぐに落ちることを。


「ああ、もうそんな顔をするな。春の属性は、植物が元気になるってやつだ。ほら、いいもんだろ?」


「植物が元気に?」


「おう、すごいだろ?」


「元気……すごい……元気になる……」


 ぷくりとふくらんだ頬は戻らない。

 なんだろう。植物が元気って、なんか地味じゃない?

 言い方? 言い方のせいなのか?


「おい、今日はもう寝たほうがいい。疲れただろう?」


 キラ君が気をつかってくれるけど、さっきまで寝てたから眠くないんだよね。

 いいよ。植物が元気、いいことだよ。




 ……地味だけどさ。



お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ