72、雪の中にある宿へ
気がついたらベッドの中にいた。
部屋の中には誰もいない……と思ったら、枕元にアサギがいた。
『起きた? ハナ、疲れてた?』
「大丈夫だよ。雪を見たの久しぶりで楽しいよ」
アサギの青と緑が綺麗にグラデーションかかっている毛並みを撫でてやると、目を細めてうっとりしている。首からお腹にかけての白いモフモフ部分を堪能しようとしたら、ノックの音がしてサラさんの声がする。
「姫様、騎士様たちがいらっしゃってますが、入ってもよろしいですか?」
「どうぞー」
着替えないままベッドに入ってたから、移動していた時と同じ服だ。姫としての体裁が整う仕立ての良いもので、キラ君の伝手で作ってもらった動きやすいワンピースだ。
うん。冬姫と軽く運動した時も良い感じだった。作ってもらって良かった。
「大丈夫か、姫さん」
「お疲れ様です。我が姫君」
「娘、夕食はとれそうか?」
三者三様、言葉は違うけど皆に心配してもらえるのが嬉しい。
サラさんは温かいタオルで手を拭いてくれて、ほわっと心がリラックスする。気持ちいい。
「ありがとうレオさん、ジャスターさん。夕食は皆と一緒にとりたいな、キラ君」
「そ、そうか、では宿の者に伝えておこう」
笑顔でお腹すいたアピールをしたら、キラ君が慌ただしく部屋を出て行く。いやいや、そこまでガツガツしてないぞ? 確かにお腹はすいてるけどさ。
「まだまだ青いですね……さて姫君、先ほどの件については『なかったこと』にしますが、正式な訪問時に少し先方とOHANASHIする必要があると思いますよ」
「Oh……」
ジャスターさんが眼鏡のレンズを光らせている。気のせいかもしれないけど「おはなし」って発音がすごく物騒だった。
怖いよ。綺麗な顔の人が笑顔でいるのに、なぜかすごく怖いよ。不思議だね。
「冬姫の隊に筆頭騎士が同行していなかった。噂では冬姫の持つ恩寵『剣聖』に負けないくらいの強さを持つ騎士だって話だったから、出てこないのはおかしいだろう。それに……」
「それに?」
「そいつは『冬の檻』って呼ばれててなぁ……。もしかしたら『檻』っつーのはその名のとおり、冬姫の暴走を止める檻の役目として、呼ばれているんじゃないかってなぁ……」
「なんか冬姫様って自由な感じだし、その筆頭騎士さんもすごく大変そうだね。いつも迷惑かけてる私が言うのもなんだけど……」
「あん? 姫さんが迷惑だなんて誰が言った?」
「聞き捨てなりませんね」
え? なんで急にレオさんとジャスターさんが怒ってるの?
私がアワアワしていると、苦笑したサラさんが二人のオッサン騎士を宥めてくれる。
「お二人とも落ち着いてくださいませ。そのようなこと姫様に言う者はおりませんよ。言ったとしても私や執事長が黙っているとお思いですか?」
「そうか、ならいいけどな」
「私の調べでは今のところないですが、よからぬ者は排除しないと……ですね」
レオさんがあっさり引いたのに対してジャスターさんが黒い! それにジャスターさんの「私の調べ」って、恩寵の『鑑定』使ってるやつだよね? そうだよね?
「ふふ、恩寵って便利ですよね」
素敵すぎる笑顔が黒いよ! 黒すぎるよ!
雪国らしく食事は煮込み料理が多くて、特にお肉をトロトロになるまで煮込んだスープが美味しかった。
黒パンは固かったけど、スープにつけて食べるスタイルだったから問題ない。噛めばパンの美味しさが出るし、これはこれで好きなんだよね。
宿の入り口すぐにレストランとバーがあって、そのまま地下に宿泊施設があると思ったら地下じゃなかった。
どうやら建物の半分以上が雪に埋もれているから、玄関は最上階にあるとのこと。
どんだけ雪が降るんだろう?
「冬の塔が近いこともありますし、雪も多いのでしょうね」
「住んでる人、大変じゃないのかな?」
「大変かもしれませんが、ここなら雪の被害などは起こらないですからね。水害もそうです」
「え? そうなの?」
食後のミルクティーを楽しんでいると、ジャスターさんが色々と教えてくれる。私が春だから常春状態になっているのと同じように、ここは常に雪が降っている状態だ。
そして、春である私にはよく分からなかった、四季姫特有の『属性』があるらしい。
冬姫なら水、夏姫なら火、秋姫なら風といった感じだ。
「あれ? 春は?」
ジャスターさんは笑顔で私を見ている。私も負けずに綺麗な顔を見ながら、温かいミルクティーをひとくち飲む。甘めにしてあって美味しい。
「春の属性はなんですか?」
もうひとくちミルクティーを飲むと、ドライフルーツのクッキーに手を伸ばす。一枚なら太らないよね?
ジャスターさんは笑顔のままだ。
「あー、姫さん、ほら、春っつーのはいいもんだから。な?」
「な? と言われても……」
ぷくりと頬をふくらませてみる。
私は知っている。こういう子どもっぽいことをすれば、この世界の人たちはすぐに落ちることを。
「ああ、もうそんな顔をするな。春の属性は、植物が元気になるってやつだ。ほら、いいもんだろ?」
「植物が元気に?」
「おう、すごいだろ?」
「元気……すごい……元気になる……」
ぷくりとふくらんだ頬は戻らない。
なんだろう。植物が元気って、なんか地味じゃない?
言い方? 言い方のせいなのか?
「おい、今日はもう寝たほうがいい。疲れただろう?」
キラ君が気をつかってくれるけど、さっきまで寝てたから眠くないんだよね。
いいよ。植物が元気、いいことだよ。
……地味だけどさ。
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