61、早朝訓練と司書と姫のポリシー
「おはようございます姫様。こちらで顔をお拭きください」
「おはようサラさん。いつもありがとう」
この世界に来てから早起きするようになった。サラさんやセバスさんが心配するから夜更かしできないというのもあるんだけど、それよりもやる事が多すぎる気がするんだよね。
ふんわり生きてた私に「責任感」みたいなものがあったとは驚きだ。
顔を拭いてサッパリしたら動きやすいパンツスタイルに着替えて、レオさんの待つ訓練場へ向かう。
レオさんを中心に、ジャスターさんとキラ君も一緒に体を動かしている。そういえば騎士の訓練を最初から見るのは初めてかも。
キラ君の武器は弓をメインにしているから、準備運動の後はずっと矢を的に当てる個人練習になる。
頭脳派なジャスターさんだけど、武器は剣で前衛を担っているから、いつもレオさんと組んで模擬戦してるんだって。
この世界の体術は「型」がないみたいだ。でも、私がうろ覚えのパンチやキックをする、攻撃の流れのようなものがないか聞いたら、反復練習できるようにその場で作ってくれた。レオさんすごい。
「攻撃と防御の動きを組み合わせた流れか……これは傭兵たちにも使えそうだな。姫さんは殴る蹴るよりも、相手の力を利用して一撃与えるのが良さそうだから、ここに躱す動作を加える」
「はい!」
「しっかりと人間の急所を狙うんだ。容赦なく」
「はい!」
レオさんと私を見守るサラさんは複雑な表情だ。キラ君は心配しているのか私が動くたびにハラハラと矢をあさっての方向に飛ばして、ジャスターさんに落ち着くように怒られている。邪魔してごめんよ。
うん。身体能力強化って視力聴力も高くなるから、自分の訓練しながらでも周りを状況を確認できるんだ。すごいでしょ。むふふ。
……なんか、どんどん人間離れしていく気がするんだけど、気のせいだよね?
訓練が終わるとシャワーを浴びて普段着のワンピースに着替える。空色の生地に白いラインが入っていて可愛い。サラさんはたくさん褒めてくれるし、自分の年齢は考えないことにした。
食堂へ行くと、レオさんたちはすでに席に座っている。バターをたっぷり塗った黒パンに、山盛りサラダとソーセージやハム、卵料理が盛り付けられている。運動したせいか食欲はいつもより増しているから、ボリューミーな朝食のメニューが嬉しい。
ドライフルーツが混ざっているパンをモキュモキュ食べていると、意外と優雅にナイフとフォークを使って食事しているレオさんがふと手を止めて私を見る。
「そうだ姫さん、次の儀式でも傭兵団雇うことになるから、その前にあいつらの戦力を底上げしてきていいか?」
「底上げ? 何をするんですか?」
「塔の周辺にある森の魔獣討伐。できれば山にも行きたい」
「そ、それって危険なんじゃ……」
「魔獣討伐は傭兵にとって普通の仕事だぞ。そりゃ危険がないわけじゃないが……少し増やすだけなら問題ないと俺は判断した。元団長の俺が言うんだから信用してくれ」
「姫君は経験された魔獣の襲撃ですが、あの規模での討伐なんて滅多にありませんよ。そもそもあのような状態になるまで魔獣を放置していた国を訴えてもいいくらいです」
丁寧に口元をナプキンで拭うジャスターさんが、痛烈に国を批判しているところで私はふと思い出す。
「そういえば街道の近くの魔獣は、定期的に国の騎士団が駆除しているって話でしたっけ?」
「国の怠慢だな。この前の土の中にいる魔獣も大きくなりすぎていた……キアラン、お前の所はどうだった?」
急に話を振られてピクリと体を震わせたキラ君だけど、背筋を伸ばして真っ直ぐにレオさんと向き合う。
「所属していた騎士団は主に城の守りと、四季姫様の儀式への付き添いが主な仕事だった。定期的に魔獣を討伐するのはまた別の団となるが、あまり良い噂を聞かなかった」
「噂ですか?」
「魔獣の討伐を怠っているなどという話ではなく、主に騎士達の素行の問題が多発していた」
「そうですか……」
キラ君の話を聞いて、ジャスターさんは考え込んでいるみたい。私は彼らが真面目に話しているのを聞きながらも、口を動かすことはやめなかった。
だって、ご飯が美味しすぎてやめられないとまらない黒パン。噛むとなんとも言えない風味がジュワッとモキュモキュ。
「とりあえず魔獣討伐に行く傭兵団は俺もついて行くし、この恩寵なら無傷で帰って来れる。俺の強さは知ってるだろう? 姫さん」
「それは……そうなんですけど……」
「ん? 俺がいなくて寂しいっていうやつか?」
「べ、べべべ別にさ、さささ、さささみしく!! なんか!! なくってよ!?」
若いお嬢さんなら一発で落ちるだろうレオさんの「男らしい野生的な笑顔」を真正面から受けてしまい、思いっきり動揺してしまったじゃないか。ちくせう。
そんな私が面白かったのか、テーブルに突っ伏したレオさんの肩が震えている。ちくせう。
震えるレオさんをジャスターさんが容赦なく引っ張って行くのを見送った私は、サラさんと護衛のキラ君と一緒に儀式の練習へと向かう。
すると練習部屋の前に、セバスさんと小さな男の子と女の子が並んで立っている。あれ? 子供がいる?
二人ともふんわりとしたオレンジの髪を男の子はショートボブくらい、女の子は肩くらいまで伸ばしている。緊張しているのか、眉が八の字になってて不安そうだ。
「春姫様、少しお時間よろしいですか? この二人をご紹介したいのです。可能であれば今からでも仕事に入ってもらおうかと」
「ええと、この子達は……」
「書庫にある本を整理をする司書見習いとしてどうでしょう。塔の中にも問題なく入れましたし、人柄は申し分ないと思いますが」
「でも、まだ子供に……」
「あの! 本のことはいっぱい知ってます!」
「あの! 本のことはたくさん知ってます!」
「うん。採用」
なぜかコクコク頷いているサラさんの横で、呆れたようにため息を吐くキラ君がいたけど問題ないよね。
だって可愛いんだもん。
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