閑話、レオは姫に想いを馳せる
レオさんの過去です。
読み飛ばしても大丈夫ですが、色々ダダ漏れなので読むとアレになります。
よろしくです。
もう逃さない。そう思った。
過去とはもう決別したはずだった。それなのに俺は、外した鎖の破片を未だ大事に持っている。
追手に捕まった時、彼女は無理矢理連れてこられたと言った。
親に決められた相手と結婚が嫌だと泣いていた彼女。
俺以外と添い遂げたくはないと泣いていた彼女。
一緒に逃げて欲しいと泣いてすがる彼女。
可憐で儚げな『姫』は多くの人に愛されていた。だから俺は与えられた言葉に歓喜し、絶望し、最後には感情を捨てた。
彼女がいつ心変わりしたのかを俺は知らない。いや、心変わりだったのか、そもそも俺を好きだといった彼女の言葉も真実なのか分からない。今ではもう、何もかもがどうでもいいことだ。
騎士の位を除名された時、もう二度と使うまいと神王に恩寵を返上すると宣言した。
多くの人が求めてやまない恩寵は、例え騎士ではなくなっても残るものだ。騎士が姫に対して重大な罪を犯したとされ、恩寵を持つ俺は生涯幽閉となるところだったが、これまでの功績と恩寵を失うということで身ひとつで解放された。
そこには姫が刑を軽くするよう嘆願したとかいう噂も流れたが、特に何も感じるものはなかった。牢に入っている時も彼女は面会を希望していたらしいが、関わるのはごめんだと拒否した。
たぶん、彼女は弱かったんだろう。
誰かに縋っていないと生きていけないほどに。そして平民の俺を犠牲にすることを良しとするほどに。
王家に連なるものの一人だった彼女と俺の事件は秘密裏に処理された。そして噂が流れる前に、この件を題材にした物語が公表される。舞台や吟遊詩人が広めた姫と騎士の物語は、泣く姫を置いて世にはびこる魔獣討伐の旅へと出る騎士という終わりに多くの人が感動したらしい。
まぁ、あながちそれは間違いではない。傭兵となった俺は、ひたすら魔獣を狩る日々を過ごしていたのだから。
気づけば傭兵の中でも強者として名を馳せ、傭兵団長にまで上り詰めていた。その頃には気の置けない仲間達のおかげで荒んだ心もだいぶ落ち着き、やけになって怪我をしながら魔獣に向かうことも少なくなった。
強い男である俺に言い寄る女も多くいたが、商売女以外を抱く気持ちにはならなかった。傭兵仲間に話を聞いてもらえと丸投げし、気づけば彼らはそのまま結婚していたりしている。
だからそんなもんだろうと思った。女の本気とはその程度なんだろうと。
ただ真っ直ぐに前を見る、茶色の瞳。
捕らわれたと感じたのは、俺だけじゃないだろう。
騎士学校の講師というのは、魔獣討伐の合間にやるには実入りのいい仕事だ。
お貴族様の騎士とは対人戦闘が中心だから、魔獣討伐が多い傭兵を講師として雇うことが多い。傭兵団長の俺は貴族の生徒からナメられることはない。面倒な生徒には殺気のひとつも出せば大人しくなり、案外楽な仕事だった。
この日、そう、俺の運命に会った日。
ふわりと香るのは、甘く花のような彼女の気配。
ただ真っ直ぐに見てくるその目から、なぜか俺は逃げたくてしょうがなかった。
「レオさん、私の……春姫の騎士になりませんか?」
目の前にいる小さな少女は、俺の過去を知らないはずだ。
なのに、なぜこんなにも俺は泣きそうになっているんだろう。
なぜ初めて会った少女に、誰よりも強く求められたいと願ってしまうんだろう。
平静を装って、大人である自分を必死に保っていた。
もう二度とゴメンだと思っていた騎士という位も、筆頭騎士にしろとほぼ無理矢理に承諾させた。この小さな少女を簡単にそこら辺の男にやるくらいなら、俺が筆頭になってやると思ったからだ。
幸いにも少女……ハナはこの世界で結婚できないと思い込んでいるようだが。気が変わることもあるかもしれない。その時は俺がしっかりと見極めてやると、そう思っていたんだ。
「……いきます」
意外と素早い動きで向かってくる姫さんを軽くかわしてやる。体勢をくずして怪我をさせないように、しっかりと補助するのを考えながら相手をする。
何度か魔獣の襲撃があったり、森で迷子になったりと色々経験した姫さんが、体術を習いたいと言ってきたのは驚いた。身体能力強化の恩寵があるにしても、無茶するなぁと思っていたが……。
「なかなか早いな姫さん!」
「まだまだ! ですよ!」
最初は攻撃しようとしていたようだが、動きが変わってくる。俺に触れようとしたり、掴もうとしているみたいに。
こんな時なのに触れて欲しいと思ってしまうくらいには、俺はまだ枯れてはいない。そんな邪な思いが邪魔をしたのか、姫さんが懐に入るのを許してしまう。
今まで見たことのないその動きは、相手の着ている服をも利用しているものらしい。盛大にシャツのボタンと俺自身が投げ飛ばされた時には、思わず心の中で拍手した。
なんとか足から着地した俺は、姫さんが小さくても並みの騎士よりも強いことを認識することになる。確かに弱いより強いほうがいいし、武闘派の姫も中にはいる。いるがしかし……。
「筆頭は考えすぎですよ」
「そうか? 異界で姫さんが住んでいた国は、争いもなく魔獣も存在しないと聞いたんだ。戦った経験もないのにわざわざ訓練をしなくてもいいだろが」
「自分はよいことだと思いますけどねぇ」
女達が放っておかないくらいの美貌で微笑むジャスターに俺は思わず舌打ちする。こいつは姫さんに対して好意を持っているのは分かるが、何というか油断ならない奴なんだ。
俺くらいの実力があるくせに傭兵団長の副官だったのも謎だし。他の隊で団長になればいいのにと何度も言ったが、頑なに俺の部下でいた。それは今も似たような立ち位置なんだが。
「基礎訓練はやるが……他にも儀式の練習もあれば絵も描くし、動物の世話までやっている。あまり長い時間にならないようにしないとな」
「ところで筆頭、今の姫君は何をされてますかね?」
「ん? 部屋に戻っているみたいだな。警護ならキアランが付いていると思うぞ……何か姫さんに用でもあるのか?」
少し強めに視線を送れば、ジャスターは苦笑している。
「いえ、特に用はありませんが、相変わらず姫君のことはしっかりと把握しているのですね」
しっかりという部分に力が入っているように感じるが、そりゃ騎士として姫さんの現状を認識するのは当たり前のことだろう。
俺の考えを読んだのか、ジャスターはそれならと口を開く。
「以前の貴方も、『そう』だったのですか?」
「前の時か? そもそも騎士の人数が全然違うからな。俺が何かやることはほとんどなかったぞ」
「いえ、そういうことではなく……まぁ、今はそれでいいでしょう」
やれやれとため息を吐くジャスターに、相変わらずよく分からないやつだと思うのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
もちだ作品、『オッサン(36)がアイドルになる話』コミカライズ版が『コミックPASH!』にて公開されています。
レオさんとはまた違うオッサンの魅力満載ですので、お暇な時にでも楽しんでいただければと思います。
よろしくおねがいしまっする!!




