58、情報交換をする姫たち
「遊びにきたぞ! 春の君!」
「すみません、春姫様、春の騎士の方々」
元気いっぱいに挨拶をする夏姫の後ろで、申し訳なさそうな赤毛の騎士君がいる。
前回会った時よりも、ひと回り大きくなったような気がする。声も低くなったかな?
「いらっしゃい夏姫様。今日も筆頭騎士だけ連れてきたんですか?」
「あまりたくさんおっても動きづらいじゃろ。とりあえず美しき夜色の騎士殿に預けるので、鍛えてもらえるかの」
「……その呼び方をやめるというのであれば」
「なんじゃ、よき呼び名だと思うが」
「私もそう思いますレオさん」
「勘弁してくれ……」
伝説にもなった千剣の騎士と稽古できるとあって赤毛君は嬉しそうだ。苦虫を百匹は噛み潰したような顔をしているレオさんは、訓練場に案内すると言って私とすれ違う時に「夏姫に話してみろ」という言葉を残した。
艶やかな黒髪をサラリと揺らし首を傾げる夏姫を連れて、お茶を用意した部屋へとセバスさん先導での案内となる。姫たちはお茶会、騎士達は訓練場へと別行動になった。
未だ塔の部屋数を把握できていない私は、案内された場所がサンルームになっていることに驚く。春の花が多く飾られているこの部屋を夏姫はいたく気に入ったみたいだ。
塔では何も起こらないはずなんだけど、部屋の外にはジャスターさんが控えているのは万が一に備えてた。夏姫もいるし、色々とお世話かけます。
「素晴らしい部屋じゃのう! さすがは春の君じゃ!」
「私もこのような部屋があるとは知らなかったんですけどね。ありがとうセバスさん」
「いえいえ私は何も……春姫様がおらねばここまで春の花を飾れなかったでしょう」
セバスさんの慈しむような微笑みに、私は気恥ずかしくなって顔が熱くなる。夏姫はクスクスと笑った。
「今代の春の君は、奥ゆかしい姫じゃの」
「我らが自慢の姫でございます」
「もう! セバスさん!」
私が褒められるのが弱いって知ってるくせに、セバスさんったら……。
「そうじゃ、何やら忙しくしていたと聞く。急に来て申し訳ないことをした」
「私こそ、漫画が進んでなくてごめんなさい」
「何を言う。姫の仕事もあるのじゃから当然じゃ。忙しい春の君を急かすほど愚かではないぞ」
「ありがとうございます。続きを楽しみにしていてくださいね」
「楽しみなのじゃ!」
ご満悦といった表情でお茶を飲んだ夏姫は、驚いた表情で目をぱちくりとさせた。
「これは! 花茶か!」
「町の人たちがたくさん咲いている花を捨てるのはかわいそうだって、ポプリとかお茶とかにしてくれているんです。これも町で買ったんですよ」
「ほう、塔のお膝元で……それは素晴らしいことじゃの」
そう言って夏姫は美味しそうにお茶を飲み干すと、セバスさんがカップを変えて新しいお茶を入れている。ふんわり香る香ばしいお茶の香りに癒される。これは焙じ茶っぽいやつだね。
「ところで夏姫様は、漫画を読みに来られただけではないですよね?」
「うむ。実はのう、前回の儀式行軍で魔獣が現れたのじゃ」
「魔獣が!? 皆さん無事なんですか!?」
「幸いにも少数じゃった。筆頭がしっかりと退治したし、傭兵団が協力的で良かったのじゃが……それにしても妾が姫になってから初めてのことでのう。春の君には千剣がいるが注意したほうがよいと伝えたかったのじゃ」
「街道には魔獣よけも設置してあるという話でしたが、こちらも儀式の行軍中に魔物の大群に遭遇しました。レオさん……筆頭がいなかったら、全滅していたと思います」
「なんとすでに……しかも群れでとは……」
口ごもり、少し青ざめた夏姫を見て刺激が強すぎたかなと反省する。でもレオさんは話していいって言ってたから、色々話したほうがいいよね。
「神王様でも、魔獣をなくすことはできないのですね」
「魔獣は『淀み』から生まれるからのう。春の君は、創世の物語を知っておるか?」
「祈りの塔へ行って石碑も見てきました」
「それは信心深いことよの。そこにあったであろう始まりの神を巡る物語が」
「はい、それが何か魔獣と関係あるんですか?」
「人間のよからぬ念もそうじゃが、眠りについた神々の念でもあるのじゃ。魔獣を作る『淀み』とはそういうものからできておる。だからやつらは血や肉があっても生き物ではない。己を生んだ存在から発するものゆえ、神王様手ずから魔獣を滅することはできぬ」
なるほど。この世界は神王様が回しているけど、その上の神様には逆らえない……ん?
「この世界は神王様が中心ですよね?」
「眠りについておらぬ神は神王様だけじゃ。だから人々は神王様に祈りを捧げる」
夏姫と話しているうちに違和感が湧き上がってくる。なんか脳みその一部が熱くなるみたいな感覚に、身体能力強化の恩寵が使われているような気がする。いや、気のせいかもだけどね。
「先日、移動の魔法陣の誤作動で魔獣のいるところに飛ばされたんです。『鑑定』を持っている者も原因不明だと言ってました」
「塔の魔法陣か?」
「売られているものでした。ですが……」
飛ばされたのは私だけとは言わなかった。ただ売っている魔法陣に警戒してもらえたらそれでいい。
夏姫は「美しき夜色がいるから安心じゃのう」と笑顔だし、あまり心配させたくないって思ったんだ。でもその呼び名はレオさんのためにやめてあげてね。面白いから強くは止めないけどね。
さてと。妙なことを考えてしまったぞ。
これはレオさんたちの意見を聞きたいから、一旦心の中にしまっておこう。ないない、だ。
「話も済んだし、さて参ろうか春の君!」
「え? どこへですか?」
「もちろん、訓練場じゃよ!」
夏姫は鼻息荒く席を立つと「はよ! はよ!」と私とセバスさんを急かすのだった。
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