52、迷子の迷子のお姫様
「王都、じゃないよね。明らかに大自然の中にいるよね」
『キュッ』
「アサギが一緒で良かったよ。一人だったら泣いてたよ。いや、今かなり泣きそうだけど」
『キュキュッ!』
なだめるように蹄でポンポン腕を叩かれて、潤んだ目を何度も瞬きさせて水分を散らす。泣いてる場合じゃない。
それにしても、どうしてこんなことになったのか……魔法陣の事故なのか。それとも誰かの故意によるものなのか。
「考えてもしょうがないよね。とりあえずここがどこなのか分からない以上、生き残ることを優先させないと」
食べ物は持ってない。服は動きやすい町娘が着るような服で、幸いにもスカートの下にスキニーパンツみたいなのと、編み上げのブーツを身につけている。サラさんのファインプレーが光るね。
「さて、まずは川を探したいな。アサギは何か分かる?」
『キュ!キューキュッ!』
「うーん、なんとなく言いたいことは分かるんだけど、前みたいに言葉とか話せたらって思うわー」
すると腕の中にいるアサギが、一瞬だけほわりと光る。
『ハナ、きこえる?』
「へ?」
可愛らしい子供の声が聴こえた気がして、思わず周りを見回す。
『ハナ、ちがう、アサギだよ』
「ええ!? アサギ!? 喋れるようになったの!?」
『もう、ハナったらわすれんぼさんなんだから。ハナのおんちょう、ちからをわけられるでしょ?』
「まさかこれも『身体能力強化』で?」
『ハナにさわってると、はなせるみたいだよ。アサギまだこどもだから。ごめんね』
「そんなことないよ! 心強いよ! 嬉しいよアサギ!」
思わずギュッと抱きしめると、キュキュって嬉しそうに鳴いてる。アサギかわいいよアサギ。
ちょっと待てよ。
「これって、身体能力というよりも、成長させた?」
『そう。だからこんどはアサギをおおきくしてみて。そうしたらハナをのせてあげるから』
なんということでしょう! うちのアサギは愛玩できるだけじゃなく、移動手段としても出来る子だったのです!
だがしかし、ここは現代日本人である私は一般人(事務員)としてはプロフェッショナルでも、貴族の嗜みである乗馬などは一切触れたことがありません。
うう、レオさんに教えてもらっとけば良かった……私のバカバカ……。
「ごめんアサギ、とりあえずそれは後にしておこうかな。まずは川とか水とかある場所に行きたいんだけど、分かる?」
『わかるよ。あと大きくだけはしておいて。こどもだとまじゅうにねらわれちゃう』
「そ、そうだった! えーと、大きくなーれ! 大きくなーれ!」
我ながらアホみたいだなって思ったけど許してほしい。とっさに思いつかなかったんだよう。
そして目の前に現れたのは、大層美しい青緑色の鱗とふわふわな白い毛をあわせ持つ生き物だった。鹿のような感じだけど、もっとしっかりした足を持っている。
『ハナ、水の場所分かったよ。ついてきて』
「すごい! アサギ格好いい! 声もちょっと低くなってるけど、アサギは男の子だったの?」
『変なこと考えるねハナは。アサギはアサギだよ』
「どっちでもないの?」
『人間みたいに増えないし、アサギみたいなのを増やすときは神王様が創るから』
「そっかぁ……」
触れてないと元に戻ってしまうというアサギの、長い尻尾の先のもふもふをしっかりと握った私は、水のある場所へと向かうことにする。
落ち葉が多く歩きづらい森の中、ブーツで良かったと心の底からサラさんに感謝をする。しばらく歩いていると水音が聞こえてきた。
「川がある?」
『もっと近くに沼があったけど、魔獣の気配がしたから川の方にしたよ』
「ありがとうアサギ。魔獣は怖いから、避けていこうね」
『今のアサギなら倒せるけど、ハナを怖がらせたくないからやめとく』
出来る子アサギに感謝しながら、私は周りを見ながら歩く。緑が多いということは北の方ではないようだけど、上着を羽織っていても手先は冷えている。寒いからというよりも、不安と緊張からかもしれない。
小一時間ほど歩いていると、土や葉の道から石や岩の多い川原に出る。川の流れは穏やかだけど、澄んでいて綺麗な水だ。
「とりあえず水の確保ができたね。ご飯どうしよう」
『アサギは大丈夫だけど、ハナは食べたり飲んだりしないとね。木の実とか探してこようか?』
「私が手を離したら小さくなっちゃうでしょ?」
『少しの間ならなんとかなるよ。それにここには小さな動物が多くいるから、魔獣は来ないと思うよ』
言われて気づく。リスやウサギのような小動物から、鳥なども川の近くで水を飲んだり日向ぼっこをしているのが見える。
アサギ曰く、魔獣が出るところでは小動物はおろか、虫さえも出てこなくなるらしい。
「へぇ、ウサギ? 薄いピンクの動物とか可愛いね。おいでおいでー、何も食べ物持ってないけどー、なんちゃって」
来ないとは分かっていても、こういうのをやりたい時ってあるよね?
手を出してチョッチョッと舌を鳴らしていたら、それに気づいた数匹のピンクウサギが寄ってきた。ふぉぉ! 可愛い!
「よ、寄ってきた! 寄ってきたよ!」
『そりゃ、呼べば寄ってくるよ。ハナがおいでって言ったんだから』
「いやいや、だって野生動物は普通来ないでしょ。警戒心強いんだろうし」
慌てる私の近くには、ピンクのウサギが三匹ちょこりと座っている。えっと、なんで?
『ハナがおいでって言ったからでしょ』
「いやいやだって、言葉が通じるわけが……」
ん? ちょっと待って。『言語理解能力』の恩寵って、どんな言葉も理解出来るやつだと思ってたけど……よくよく考えてみたら、私の言葉もこの世界の人たちに通じている……?
『ハナに恩寵があって良かったよ。アサギともお話できるし』
ええ!? もしかして、私の恩寵って……。
衝撃の事実におののいていると、目の前にドサドサっと何かが落ちてくる。驚いてアサギにしがみつくと、モフモフの尻尾でモフモフ宥められる。
『落ち着いてハナ。鳥たちが果物持ってきただけだよ。さっきご飯どうしようって言ったの聞こえてたみたいだよ』
「マジすか……」
言葉が通じるっていうのは分かったけど、なぜこんなにも動物たちが好意的なのかが分からない。
それでも食料と水の確保ができているという現状に少し安心した私は、寝転んだアサギに寄りかかりながら小さく息を吐いたのだった。
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