51、そして姫と麟は途方にくれる
「いにゃあああああああ!!」
迫り来る地響きに、とにかく動かさなきゃいけないのは足だ。ひたすら足を動かすだけだ。
「こっちいいいくるにゃあああああああ!!」
早く走るコツというのを昔テレビでやってたけど、腕の振りと膝を上げることだというアドバイスに首を傾げた覚えがある。うん。あながち間違いじゃないと思うよ。うん。
「もおおおおおおだめええええええええええ!!」
今、私の身に何が起きているのかっていうと、事の始まりは三日ほど前に遡る。
やたらと大きなドレッサーの中から、サラさんがため息を吐いてワンピースを一着取り出す。私が普段着として重宝している、動きやすく着心地の良い一品だ。
「姫様、さすがにこれだけでは……ドレスを追加で作られてはいかがですか?」
「え? だって必要ないでしょ?」
「この間のように、急遽お客様が来られることもありますよ」
「儀式のドレス着れば大丈夫だよ。だって公の場でも着られるやつだっていうし……」
フリルがふんだんに使われている儀式用のドレスは、元の世界でいうところの冠婚葬祭用のスーツみたいなものだ。一着あれば安心の四季姫ドレス一式(装飾品含む)があれば、たとえ王侯貴族相手でもケチをつけられないらしい。
まぁ、これ創ったの、この世界の神さま(神王)だからね。文句は言えないでしょうね。
「騎士ジャスター様も頭を抱えてましたよ。姫様がドレスを作ってくれないと」
「え? ジャスターさんが? なんで私が服を作らないと問題になるの?」
「確か、予算が減らされるとか……」
「予算!!」
この世界は小さな争いはあるものの、国同士の大きな戦争は少なく比較的平和である。その理由の一つが『四季姫』に関する予算を出し合う『四季連合』という存在だ。
国が『四季連合』に入り塔の管理やその他諸々にお金を出すことで、その国は神王から『四季の恩恵』を受けることができる。その恩恵とは畑ひとつ取っても、連合に入っていない国と比べれば生産量から大きく変わってしまう。そのため各国は競うように連合へ金をつぎ込んだ。
その予算は均等に四姫に分けられる。無駄遣いをするような姫はいないが、神の一部とされる姫に不自由をさせるわけにはいかないと予算は多めにとられていた。
つまり、春姫である私が節約しまくっていると次回の予算は減らされて、他の姫に迷惑をかけてしまうかもしれないということだ。
「それはいけないよね。お金は回さないといけないよね」
「分かっていただけましたか」
サラさんに手伝ってもらいながらワンピースに着替えたところで、ドアがノックされる。
「姫様、騎士キアラン様です」
「キラ君、部屋に来るなんて珍しいね。入ってもらって」
少し緊張したような面持ちで入ってきたキラ君に、私は椅子に座るよう促す。サラさんの淹れてくれた美味しいお茶を堪能していると、どこかソワソワしている彼が口を開く。
「あー、その、なんだ。王都へ行かないかという誘いなんだが」
「王都?」
「私の生まれたヨロシス国の王都に、昔から懇意にしている洋品店がある。そこで流行りの服を取り揃えるよう言ったのだが、本人を連れてこいとうるさくてだな……」
「次の儀式までに帰ってこられるかな?」
「各国の王都には移動の魔法陣が施されている。少し値は張るが、魔道具屋で目的地への魔法陣を購入できるぞ」
「それなら大丈夫そうだね! レオさんに聞いてくる!」
「え? あ、ああ……」
なぜか慌てたようなキラ君がいたけど、私は「王都」という言葉に大興奮だ。
前は異世界の町とか、外に出るなんてとんでもないって思ってたけど今の私は違う。ものすごく強い騎士たちがついているんだもん、不安になる必要はないってもんさ。
さっそくレオさんを探していると、私の後ろをついてきたサラさんが苦笑している。さらに後ろにはキラ君がついてきてた。
「こうなると、キアラン様には同情いたします」
「え? 何?」
「なんでもございませんよ姫様。この時間、筆頭騎士レオ様はジャスター様と会議室にいるかと思われます」
「ありがとう。じゃあ行ってみようか」
なぜか顔色の悪いキラ君を連れて、私は会議室へ意気揚々と向かうのだった。
『きゅー! きゅっきゅ!』
「ごめんってアサギ、忘れてたわけじゃないのよ? ちょっと出るくらいだから平気かなーって」
『きゅきゅ!』
「だからごめんってば」
移動の魔法陣を使えば移動時間はかからないため、一泊二日で王都へ行こうということになった。そこで気持ち良さそうに寝ているアサギを起こすのも可哀想だと思って、こっそり出ようとしたら盛大にきゅーきゅー文句を言われた。
最近のアサギは寝ていることが多いんだよね。
「姫様、よくアサギ様の言葉が分かりますね」
「なんとなくだけど、感情みたいなのは伝わってくるから」
「まぁ、今のアサギ様に関しては誰が見ても分かりますけど」
「あはは……」
抱き上げた腕の中で、抗議するかのように小さな蹄でテシテシと叩いてくるのを甘んじて受けていると、大きな手がやんわりとそれを遮った。
「ほら、いつまでも拗ねているな。置いていくぞ」
『きゅー……』
「お前が守るべき人を困らせるな」
『きゅ』
おお、さすが筆頭騎士レオさん。その腰に響くバリトンボイスにアサギも大人しくなった。
基本的にアサギは姫である私の言葉しか聞かない。誰かに迷惑をかけることが滅多にないので、言うことを聞かないというよりは自分で考えて行動できる子だ。
不思議なことに、今みたいにレオさんの言うことは聞くんだよね。やっぱり筆頭騎士って違うのかしら?
「いってらっしゃいませ」
「お気をつけて!」
「セバスさん、モーリスさん、行ってきます。お留守番よろしくお願いします」
『きゅ!』
キラ君を派遣してきた国というのにも、少しだけ興味があった。お忍びとして向かうためにサラさんと似たような格好をした私は、騎士三人の小間使いという設定で行く。
もちろん『姫』として行っても良いらしいんだけど、お祭り状態になるとのことだ。それは絶対にNO! である。
「では、魔法陣を起動する」
「姫君、我らから離れないでくださいね」
ジャスターさんの言葉にはーい、と返事をしようとしたところで、急に目の前が真っ暗になる。
あれ? 停電ですか?
『きゅ?』
腕の中にいるアサギの鳴き声が聞こえる。なになに? どうしたの?
次の瞬間、目の前が明るくなり、ホッとした私は周りを見回して途方にくれる。
「王都って、緑化推進しまくってる場所……なわけ、ないよね」
緑の香りと、鳥の鳴き声。天気もいいから、木漏れ日が気持ちいい。
「ここ、どこ?」
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