50、少し昔を夢見る姫
それぞれの塔の周りでは、あまり「四季」の影響は受けない。だから近くにある町は常春で、夏姫が儀式を行っても気候の変化は見られなかった。
そうはいっても、まったく変化がないわけじゃないんだよね。
「わぁ、これメロンに似ている! 美味しい!」
「夏姫様のお陰で果樹園に実っていたそうです。今年初めて収穫した甘瓜ですよ」
食後のデザートはフルーツがそのまま出ることが多い。私はご飯でお腹いっぱいにするタイプなので、あまりデザートに魅力を感じないんだよね。
でもちょっとは食べたい気持ちもあって、そこを汲んでくれる料理長のモーリスさんが大好きだ。
ちなみに、私が好きなフルーツの入ったお菓子はお茶と一緒に出たりする。ああ、異世界で食生活に恵まれているかどうかって重要だよね。
基本的に食事で姫と騎士が同じテーブルにつくことはないと夏姫に言われたけど、レオさんに聞いたところ会議のような意味合いで食事を共にとることもあるそうだ。
それなら毎食会議にすると私がワガママを言ったから、春の塔では姫と騎士は同じテーブルにつく。さすがにセバスさんとサラさんは一緒に座ってくれない。ちょっと寂しい。
「さて姫さん、ちょいと相談なんだが……今日一日外出したいんだが。ジャスターは残していくが新人は借りていきたい」
「キラ君ですか? 何かありました?」
「傭兵たちと合同で魔獣討伐に出たいんだ」
「え? 魔獣?」
キラ君の方を見ると、彼は少し緊張した面持ちで頷いている。その横で甘瓜をナイフとフォークで器用に皮を切り取っていたジャスターさんも頷いて微笑む。
「ご安心ください姫君。うちの筆頭がいれば何も心配することはありません。無駄に戦闘能力が高いですからね」
「おい、無駄とか言うな」
「新人君の恩寵を調べたいのですが、どうも演習ではうまくいかないのですよ。そこで実戦なら多少は分かるのではという、自分たちの見解なのです」
「でも、わざわざ魔獣と戦わなくても……」
儀式の行軍で、レオさんとジャスターさんの強さは充分に分かっている。それでもやはり戦うという言葉に、平凡な日本人であった私は馴染めない。
強く反対も出来ずにいると、ジャスターさんが少し悪い笑みを浮かべて言う。
「今回の討伐案件は、インクの原料となる石が採れる場所です。恩寵を持つ騎士の強さは、歴戦の強者である傭兵を数倍以上……筆頭はさらにその数倍の強さがあります」
「……それが?」
「今まで出来なかった、インクや紙の原料となる場所の魔獣を定期的に討伐していけば……」
「もしかして、インクや紙の値段が安くなるとか?」
「少なくとも、春の塔周辺では劇的に変わると思いますよ」
なるほど……と私は納得する。
儀式と儀式の間、ジャスターさんのように塔の運営などを担ってくれる人はともかく、レオさんやキラ君のように手のあく時間が多くなる騎士もいる。
普通の騎士なら考えないだろうけど、レオさんは傭兵団長だったし魔獣討伐のプロだ。塔でトレーニングするだけでは時間を持て余すこともあるだろう。
塔にいるなら私の警護は必要ないしね。基本的に悪意のある人は入れないようになっているから。神王セキュリティ強い。
「分かりました。でも、無茶はしないように」
「おう。分かってる」
「キラ君も気をつけてね。魔獣と戦ったら、ちゃんと体を洗うんだよ」
「わ、わかっている!」
子供扱いしたいわけじゃないんだけど、どうしてもあの時の事が忘れられない。傷口をちゃんと洗わないからキラ君は高熱を出して苦しんだからね。
顔を真っ赤にしたキラ君が立ち上がろうとした瞬間、レオさんに後ろ頭を叩かれて声もなく悶絶している。
「未熟者が。姫さんの言葉は真実だろうが。しっかり感謝しとけ」
「……ぐぬぅ」
涙目で唸るキラ君が可愛くて、クスクス笑っているとセバスさんがそっと近づいてくる。
「何かあった?」
「夏姫様がこちらに再び来られるのは一週間後になりそうです。それまでにまた準備が必要だと思われますが……」
「お茶とかお菓子の選別はセバスさんとサラさんに任せてもいい? あとモーリスさんに夏っぽいお菓子を用意してもらいたいな……涼しげな感じの」
「お望みの通りに」
目じりにシワを寄せて、温かい笑みを向けてくれるセバスさんが眩しいです!
それじゃ私は儀式の練習してから、漫画の続きを描きましょうかね。
「姉さんはもう少し周りに頼りなよ」
そうは言っても、あんないい人たちに頼れないよ。アンタは可愛がってもらってるんだから、そのまま良くしてもらいなさい。
「俺だって考えてる。だから」
いいの。とにかく働いて仕送り送るから、アンタは頑張りなさい。
「姉さん!!」
ごめんね。
逃げてごめんね。
大丈夫。姉さんはこっちでちゃんとやってるから……。
「あれ?」
いつの間に寝てたんだろう。ベッドから起きあがると、着ている服はいつもの動きやすい青のワンピースのままだ。
散らかっていたはずの机の上は、ペンや紙が丁寧に片付けられている。
「うーん。元の世界の夢を見ちゃったか。しかも弟の」
頬が濡れているのに気づいて、サイドテーブルを見ると水の入った銀色の器と綺麗なタオルが置いてある。万能な執事と有能な侍女ってすごい。
それらを遠慮なく使わせてもらいながら夢について脳内整理をすることにした。
「やっぱ、気になるよね。どうしてるかなぁ我が弟は」
仕送りは止めても大丈夫なはずだ。この世界に来る前に彼は大学を卒業していた。それでも続けていたのは……なんというか申し訳なさと罪悪感だ。
育ててくれた人たちは良い人達だった。自分たちにとってお荷物でしかない、私という存在をこころよく受け入れてくれたのだから。
親を亡くした私を引き取り、衣食住の世話をしてくれた。
何をしても笑顔で「自分の思う通りにやりなさい」と言ってくれた。本当に良い人達。
でも、それって裏を返すと「私に興味がない」ってことだったんだよね。
子供らしくない。可愛げがない。
あの子に比べてこの子は本当に……と、陰で言われているのを私は知っていた。
「どうしろって言うのよ。ねぇ」
親を亡くした喪失感に浸る余裕もなかった。早く家を出て自立したかった。従兄弟から弟になった彼は心配し反対してくれたけど、それよりも恐ろしかったのは義理の両親の反対だった。
普通ではない道を歩もうとする私を悪であるかのように、それはもう優しく何度も諭してきたのだ。
「私は幸せだったよ。でも、こっちの世界の方が気持ちは楽なんだ。ごめんね」
真っ白なシーツの敷かれたベッドの上でしばらく考えていた私は、そのままぽふりと横になる。
目を閉じたら、もう一度会えるかな。
どうか彼も幸せでありますようにと、私は祈るように小さく息を吐いた。
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