49、癒されるひととき
皆が落ち着いたところで、軽食をとる私たち。アフタヌーンティー形式で、お皿にパウンドケーキやサンドイッチがひと口サイズに盛られている。
お皿にもテーブルにも色とりどりの花が飾られていて、目にも楽しいし可愛い。ジャスターさんとキラ君はサンドイッチに手を伸ばし、意外にもレオさんはケーキを食べていた。
彼曰く運動して疲れたから、だそうだ。全然汗かいてなかったのにやっぱり疲れてたんだね。
美味しいお茶とケーキに舌鼓をうっていると、ジャスターさんが口を開く。
「それで姫君、夏姫様にお渡ししていた絵ですが……」
「ああ、アレですか? 絵を描くのが好きって言ったら、夏姫が見たいって言ってたので」
「姫君の住む世界には、あのように絵と文字を組み合わせるものがあったのですか?」
ああ、なるほどそこからか。
確かにこの世界には娯楽小説もあるし、挿絵のある小説もある。絵と文字といえば絵本もそうだろうけれど、コマ割りして描かれるものは見当たらなかった。
やはり漫画って、元の世界の独自文化なんだなぁ……。
「漫画っていう名前でね、絵と文字で分かりやすく話しの内容を伝えたり、読む人を楽しませたりする娯楽文化だったんです。すごく難しい物語も、ああやって絵にすれば分かりやすかったりするでしょう?」
「確かにそうですね。絵本なども子供に分かりやすいように内容を伝えようとしているものですから、その派生という感じでしょうか」
「そうかも……どうかな? たぶん?」
「娘は画家であったか」
「そういうんじゃないよ。でも絵を描くのは好き」
キラ君の驚いたような表情に、私は少し照れながら答える。するとジャスターさんが頷きながらメガネの位置をクイッと直した。
「このような線画であれば、印刷することも可能かもしれませんね」
「そういや前に印刷技術に興味あるって言ってたよな、姫さん」
よく覚えていたなレオさん。そう、私がこの世界で姫の役割を終わらせた時、なんとか一人で生きるためにどうやって働くかを考えていた。そこでサラさんからも好評だった漫画はどうだろうと思いついたんだよね。
問題はこの世界の印刷技術、さらに紙とインクが高額だというところだ。私は元の世界では普通の事務員だったし、技術者でもなんでもないからそこら辺はサッパリ分からない。
だがしかし!!
「せっかく恩寵で身体能力が高くなっているから、この世界の技術本読んでみるのもいいかも。専門書とかも塔にあればいいんだけど……」
「姫君、身体能力が高いのと本を読むのと、どう繋がるのです?」
「あれ? 言ってませんでした? ほら、身体能力って体の全ての能力ってことでしょ? だったら頭脳も入ると思うんだけど……元の世界じゃ考えられないくらい、本を早く読んだり理解できたりするようになったんです、けど……」
レオさん、ジャスターさん、キラ君、さらにはセバスさんとサラさんに凝視されているのに気づいて、すごく居心地が悪い。
え? 何? 何か変なこと言ってます?
「はぁ……何というか、姫さんの恩寵については今までの常識で考えない方がいいかもしれないな」
「そうですね。姫君、恩寵について話す時は、春の塔関係者しかいない状態だけにしてください」
「娘、お前を守るためだ。心得ておけ」
「は、はい……」
ただでさえ美形の三騎士が真顔で圧をかけてくるんだから、私は人形のようにコクコク頷いてしまった。
サラさんが「姫様を怖がらせないでください!」と言ってくれたけど、それだけ重要なことなんだろうな。塔の関係者だけとはいえ、病気とか怪我とか治しちゃうやつだしな。国とかに知られたら恐ろしいことになりそうだ。ぶるぶる。
「塔の書庫にある本に専門書があるかどうかは自分が『鑑定』で探すとして、書庫を整理する人間が必要ですね」
「募集はしているのですが、なかなか塔に選ばれる人間がおりませんで……」
サラさんが申し訳なさそうな顔をしているけど、これはしょうがない。塔の選定基準は分からないけれど、サラさん、セバスさん、モーリスさんを見るに増員は困難を極めるだろうと思う。
だって、こんな良い人たちは滅多にいないもん。私のことを娘とか孫みたいに見てくれてるんだよ? 他人の私に対して、家族と同じように愛情を注いでくれるとか……。
「大丈夫だよサラさん。書庫について探し物はジャスターさんに頼むようにするし、なんとなくだけど塔に来る人はゆっくり増える気がするから」
「姫様……」
それよりも何よりも、私は今やらなければいけない事を思い出した。
「お茶飲んだら、儀式の練習しないと……」
初めての儀式は簡単な曲だったけど、毎回『奏で』の曲は違うらしい。それに毎日指をしっかり動かさないと、あっという間に弾けなくなってしまう。
ブランクもあるし、ちゃんとしないとダメだと気を引き締めたところでふと考える。
神王は、なぜ楽器演奏のプロとかを呼ばなかったんだろう。
そもそも、なぜ春の姫だけ異世界から召喚されるんだろう。
祈りの塔でキラ君が言ってた「神王に捧げられた四人の姫から『四季姫』が始まった」という逸話。
『きゅー!』
いつの間に膝の上にいたのか、アサギが私を見上げてひと声鳴く。
なぜか慰めるようなその声が私の心を落ち着かせてくれる。うん。精神安定にアサギは効果的ですな。
「姫様、儀式の練習は明日にしましょう。お疲れのようですから」
「そうかな……」
「雑貨店から、新作の花オイルが届きましたよ。これでマッサージとかどうですか?」
「マッサージかぁ、お願いしても大丈夫?」
「もちろんですよ」
『きゅ!』
なぜかサラさんの言葉に続いて、アサギもやる気満々で鳴き声をあげるのがおかしくて笑うと、皆も笑ってる。
うん。
頑張るのは明日からにしようっと。
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