48、少しだけ思い出に浸る姫
夏姫の儀式への行軍は、かなり大規模らしい。
「帰りにもまた寄る!」と言い切った夏姫は、私がそっと渡した漫画原稿を大事に抱えて浮き浮きと去って行った。
そう、私が前に夢中で描いていた、小さい姫とオッサン騎士の漫画だ。
趣味を聞かれて「絵を描くこと」と答えたところ、見せて欲しいと言われて……。
「まぁ、返してくれるならいいんだけどね。完結していないから……」
「あの美少年が一年後には成長しちまうっていうのも、なんとも言えない気分になるな」
何度もペコペコお辞儀している赤毛の騎士は、夏姫に筆頭は絶対に変えないと言われて涙目で喜んでいた。
美少年が喜ぶ絵はよきものだと微笑ましく見ていたけど、なぜかレオさんの目線が痛かった。何ですか? 若さというものはそれだけで素晴らしいものなのですよ?
「姫様、お疲れ様です。お茶を淹れ直しましたから中に入りましょう」
「ありがとうサラさん、セバスさんレオさんもご苦労様でした」
「夏姫様とのやり取り、ご立派でしたよ」
「姫さん、よく頑張ったな!」
笑顔のイケオジたちに褒められる幸せ。むふふ。
塔の入り口ではジャスターさんとキラ君が笑顔で迎え入れてくれた。それがなんだかすごく嬉しくて、ニヤニヤが止まらない。
そこにさりげなくセバスさんが前に立ち、先導してくれる。表情筋ゆるゆるだから隠してくれるの助かるわー。
「春姫様、モーリスが軽食も用意したとのことですが、いかがしますか?」
「そういえばお腹空いてるかも。もらおうかな」
「かしこまりました。騎士様たちにも用意しますので、しばらくたってから食堂へいらしてくださいませ」
「お、おう」
「了解……」
「……はい」
なぜか時間差で案内されてる騎士たちが気になったけど、そういえばレオさんは運動した後だから着替えるのかなと気づく。さすがセバスさんだ。私もフリフリフリルなドレスだし着替えよう。
でも、レオさんはほとんど汗かかずにいるのは驚いた。今更だけど、私ってすごい人を筆頭騎士にしちゃったかもしれない。
ホクホクする私だけど、常々「姫さんを欲しい奴は俺を倒せ」と豪語している筆頭騎士に、それどんな無理ゲーだよと内心ツッコミを入れたのはしょうがないと思う。うん。
『きゅー!!』
着替えをしようと、一度部屋に戻ったところでアサギが飛び込んできた。
いや、ぜんぜん衝撃とかなかったから大丈夫なんだけど、すごくビックリしたよ。ごめんごめん、寂しい思いをさせてたね。
滑らかでビロードのような部分をカリカリ掻いてやり、お腹のモフモフ部分もしっかりとモフってやる。うむうむ。愛い奴よのう。
「姫さま、ドレスを脱いでからになさいませ。それと湯を使われた方がよろしいかと」
「え? そうかな?」
「緊張なされてたんでしょう、体がいつもより張っている感じがします。湯の用意はしておりますから」
身体能力が上がっても、精神的な疲れは肉体に反映されるのかもしれない。言われて肩辺りを撫でるといつもより硬い気がする。おお、さすがサラさん。
リラックスするのは必要だよね。それに私がピアノを弾くたびに春の花がたくさん咲くらしく、お風呂に色とりどりの花を入れてくれてるから目でも楽しめる。
そこいらで咲いちゃうから、町の人も飾ったり花ジャム作ったりと色々楽しんでくれてるって。なんだか皆さんの役に立ってるのが実感できて、この話を聞いた時に少し泣いちゃった。
猫足のバスタブにゆっくり入っていくと、思わず出る声。
「はぁぁ……こりゃ気持ちいい……サラさんありがとう……」
露天になっているお風呂に最初は戸惑ったけど、塔の最上階だし見るものはいないだろうと気にならなくなった。むしろ今は開放感があるこのお風呂じゃないと満足できない体になりつつある。
「それにしても、夏姫は老け専だったとは……」
夏姫から聞いたのは、夏姫として塔に選ばれた時に騎士に立候補する者が大勢現れたそうだ。しかし、その時の彼女は幼く、伴侶候補ということも加味され同い年くらいの少年から選ばれた。
実は四季姫の中で一番幼く見える彼女は五年ほど姫をやっていて、歴代最長であるらしい。
「でも赤毛くんが一年でレオさんくらいまで成長するっていうし、いい感じに老けたら夏姫の性癖どストライクになりそうだよね。むふふ」
古の巨人族は、子供の頃は天使のように愛らしく背も小さい。しかし成人を迎えてから成長期に入り、一気に成長を加速させるそうだ。
今は血も薄まってそこまで大きくならないそうだけど、たまに赤毛くんみたいに先祖返りがいるそうだ。力が強く成長が遅い、耳が尖っているなどの特徴で分かるらしい。
「この世界は、種族差別とかないんだよね……」
さまざまな人種がいるという、この世界『フィアテルエ』には貴族と庶民といった階級で何かしらトラブルが起こるものの、種族によって差別する人はいない。
不思議なことに、そこは「個性」のように捉えているようで、元の世界のように〇〇人だからと差別する人はいない。
かくいう私も典型的な島国体質で、大きな外国の人が怖かった時期がある。
「テンパって、英会話の先生に『husband いますか!?』とか聞いちゃったのは、今でも悪いと思っている……」
人間、慌てるとロクなことにならないよね。その先生が「ご期待に添えなくてごめんよ! 僕はノーマルなんだ!」と爆笑してくれて良かった。
てゆか日本のBL文化にも精通してたっぽい先生で、もっと仲良くしたかったと今でも後悔している。
お湯に浸かりながら、浮かんでる花をちゃぷちゃぷ揺らす。
元の世界のことをつらつら思い出しながら、このリゾートにいるかのような待遇に甘えているばかりじゃダメだと気合を入れる。
「よし! 頑張るぞ!」
儀式の帰りに寄ると言ってた夏姫のためにも、漫画の続きを描かないとね!
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