45、四季姫からの手紙
次の儀式まで、あと三週間くらい余裕があるとレオさんは予想している。
この世界の一ヶ月は三十五日で一週間が七日だ。分かりやすくて嬉しいけど、元の世界よりと比べると妙な感覚になる。あまり考えない方がいいかもしれない。うんうん。
塔の中の会議室で私とレオさんは次回の儀式について、早めの打ち合わせをしていた。
「遠方での儀式だと、大型の移動魔法陣が現れるんですよね?」
「そうだ。そこに乗れば全員が一気に移動する」
「どこに移動するか分かるものですか?」
「大体は儀式場から馬車で二、三日の場所に出る。街道の近くだから位置の把握も出来るし、魔獣の心配はない……はずだぞ」
前回のこともあるせいか、レオさんの言葉が歯切れ悪くなる。また大量に魔獣が襲いかかってきたら怖いけど、あの時のレオさんとジャスターさんを思い出すと大丈夫って思えるよ。
「またレオさんの恩寵が見れるなら、魔獣も悪くないですね」
「……あれはちょっと恥ずかしいし、目立つから緊急時だけだな」
「えー!!」
目尻を少し赤くしてそっぽ向くレオさんに、私は盛大にブーイングを送る。だってめちゃくちゃ格好良かったんだもん。消臭効果抜群なフローラル騎士だったんだもん。
「おい、変な二つ名とか付けるなよ?」
「つ、つけないデスよ。フローラル・ファンシー・レオとか……」
「言葉の意味はよく分からんが、なんか嫌だ。頼むからやめてくれ」
情けない顔で懇願するレオさんが妙に可愛い。調子に乗って他に何か良い名はないかと考えていると、ドアがノックされる。
「入れ」
「失礼いたします。お二人にご報告があります」
セバスさんが珍しく硬い表情で部屋に入ると、丁寧に封された一通の手紙を手渡してくる。え? 私に?
この世界では珍しくない少し厚めの紙の封筒には、赤色の封蝋が押されていた。羽のような印にどこかで見覚えがあるとしばらく考えてると、強化された脳細胞はすぐに答えをくれる。
「これって『夏姫』の印?」
「左様でございます。封蝋に印が入っておりますので、春姫様か筆頭騎士様にのみ開封できるものです」
「俺がやろう」
レオさんが手紙を取ろうとするのを見て、私は思わず胸に抱き込む。
「待って、大丈夫。私が開けます」
「……分かった」
なぜかレオさんに温かい目で見守られながら、私はセバスさんに手渡されたペーパーナイフでパキリと蝋を割る。すると仄かに光る赤い光がふわりと散った。
「綺麗……」
「封が解けたな。姫さんもこういうのできるぞ」
「レオさんの技みたいに青い花が散るやつとかがいいなぁ」
そう言いながらいそいそと手紙を開くと、可愛らしい字で綴られた文章が目に入る。セピア色のインクだけど文字の先はグラデーションで赤くなっている。地位のある人の正式な文書は、インクの色も決められているとセバスさんが豆知識をくれる。
「えーと、要約すると『儀式に向かう途中に近くを通るので、ご挨拶に伺っても良いですか?』だって。どうしよう……。レオさん、姫同士って交流するものなんですか?」
「俺の記憶だとそういうのは無かったな。セバス殿は何か知ってるか?」
「風の噂では、秋姫様と冬姫様は何度かお会いになられたそうです。この近くで儀式をするということもありますし、このような偶然があれば有り得ることなのかもしれません」
「セバスさん、夏姫はどんな子か知ってる?」
「姫様と同じくらいでしょうか。お国柄もあるかと思いますが、小さくお可愛らしい姫様だったかと」
「お国柄?」
この世界については勉強しているつもりだけど、国ごとの人種とか特性までは理解できていない。レオさんを見ると、顎の無精髭を撫でながら何かを思い出しているようだ。髭を剃れってサラさんにいつも注意されてるのに、まったくレオさんは懲りないなぁ。
「今代の夏姫の生まれ故郷は東の小さな国だったはずだ。四季が色濃く移り変わるその地は、多くの国の重鎮たちが観光に訪れる場所でもあるな。傭兵時代に一度だけ行ったことがあるが良いところだぞ」
へぇ、なんだか日本みたいだなぁ。ラノベの異世界あるあるで「日本っぽい国がある」とかだったりして。
「そこではパンではなくライスというものが主食で、酒もえらい美味かった記憶が……」
「ライス!? コメ!?」
思わず勢いよく立ち上がった私に、めったに表情を変えないセバスさんも目を見開いている。わぁ、ごめんなさい、つい興奮してしまいまして……。
するとレオさんがセバスさんに目配せする。
「セバス殿」
「春姫様、少々モーリスに所用ができましたので、セバスはここで失礼いたします」
「あ、うん。分かった」
「後はお任せしました。レオ様」
「おう、任せとけ」
静かに部屋を出て行った執事長を見送ると、レオさんは真剣な表情で私を見た。もちろん、しっかりと頷いて意志を伝える。
「私は夏姫と会います。姫として、ちゃんとやってみせます」
「分かった。相手も筆頭は連れてくるだろうから、俺も一緒だ」
「ありがとう。心強いです」
へらりと笑った私の頭を、レオさんが優しく撫でてくれる。
子供扱いしないでって思ったけど、初めてのことに不安な今はちょっとだけ甘えてもいいよね。
部屋に戻って姫読本を開く。
前は軽い調子だった本の内容もここ最近は落ち着いていて、私にとって直近で必要な情報が記載されるようになった。気づくと内容が増えていたりするので、なるべく一日一回は開くようにしている。
「姫同士の会合、作法とか載ってないかな……」
そういえば姿絵って町で売ってた気がする。事前に見ておいた方がいいかしら。
つらつら考えながらページをめくっていると、思わず手が止まってしまう。
「四季姫付きの騎士同士の決闘について……何これ。今までなかったのに……」
これまでなかった項目が追加されたということは、私が何か行動しようとして起こるであろう事態についての注意書きでもある。
決闘とは、ちょっと不穏な項目が追加されてるなぁ。
「決闘ですか? 騎士様だけでなく、傭兵同士でもよくあることですよ」
「そうなの?」
お茶を用意してくれたサラさんにそれとなく聞くと、あっさり答えてくれた。なんだ、それならあまり気にしなくてもいいのかな。
「ですが、異なる姫に仕えている騎士同士である場合、少し意味合いが変わってきますが」
……ああ、やっぱり不穏なやつだった。
落ち込んでいると、サラさんが不思議そうに私を見ている。
「姫様、決闘とは勝てば良いだけの話なのですよ。素行はともかくうちには筆頭がいますから、何も心配することはございませんでしょうに」
「ああ、そっかぁ。そうだよね」
きっとレオさんなら何とかするだろう。
安心した私は、夏姫と会う日を心待ちにするのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
毎日更新が難しくなってきました……他の作品の更新もしたいので、ゆっくりになると思います。
これからもよろしくお願いします。




