44、過保護な人たちとご褒美
「姫さん! 無事だったか!」
「レオさ……むぎゅるっ!?」
祈りの塔を出た瞬間、お腹に響くような低い声で呼ばれたと思った次の瞬間、青い色といい匂いに包まれてしまう。そしてちょっと苦しい。むぎゅう。
「筆頭、姫君が苦しそうですよ。離してあげてください」
「ダメだ! 姫さんが無事だってことが分かるまでは!」
「おい筆頭、今まさに無事ではすまないことになってないか?」
苦しいのと恥ずかしいのといい匂いであったかいー。心配してたのは分かったから離してくださいー。
レオさんの盛り上がった胸のあたりを懸命にタッピングするも、ビクともしない。レオさん筋肉鍛えすぎの件。
『きゅっ!!』
その時、背負ってたリュックの中からアサギが飛び出し、クルリと一回転するとパコーンとレオさんのおでこを蹴り上げた。
解放された私は、ふらついたところをジャスターさんに柔らかく受け止めてもらう。アサギはキラ君が危なげなくキャッチしてた。ナイスだ。
「すみません姫君。戻るのが遅いと筆頭がうるさくて」
「おいジャスター、お前だってソワソワしてただろうが」
おでこをさすりながらレオさんはジャスターさんに反論するけど、銀髪の美形メガネさんはムッとしたような表情になる。
「明らかに帰りが遅いんですから、心配くらいはしますよ」
「ごめんなさい。神官さんとたくさん話をしていたから……」
さすがにジャスターさんを心配させたことは申し訳なく思う私。実は石碑の前で刻まれた文章を読み上げていたら、神官お兄さんが大慌てで書き取ることになっちゃったんだよね。
どうやら石碑にある文字は、私の恩寵じゃないと読めないみたい。神様の言葉だから人には読めないものなんだって。
この世界に伝わる神話と同じ内容みたいだけど、細かいところが違うとお兄さんの目が血走ってて怖かった。
「申し訳ない。家の繋がりはなくなったとはいえ、私の兄が迷惑をかけた」
「おい新人、石碑の言葉を読み取った姫さんに、何か不都合なことはあるか?」
「国は神の創ったものに関して無関心だ。いや、むしろ触れるのを避けている」
「そうなんですか?」
キラ君からアサギを受け取りつつ、私は首を傾げる。胸元に潜り込みたそうにしているけど、今日は後ろボタンのワンピースなんだよ。ごめんねアサギ。
それをなぜか満足げに見ているキラ君が、衝撃的なことを言う。
「国は四季姫たちを監視するが、強引に何かをさせようというのはしない。天罰がある」
「て、天罰!?」
「実際、滅んだ国があるって聞いたことがあるぞ」
「神王の恩寵を私利私欲で使おうとすると、恩寵が失われることもありますからね」
そういえば、レオさんの恩寵は増えたよね。前とは違うものになったとか言ってたし、そこんとこ詳しく聞いてないけど……もしかしたら過去にあったことが関係してるのかも。
落ち着いたら教えてもらえるかしら?
「国は強制しない。しかし思考を誘導しようとする。娘も気をつけるといい」
「うん、分かったよキラ君」
神妙な顔で頷いていると、レオさんが渋い顔をしている。
「おい姫さん。なんで俺たちには敬語で、新人には親しげなんだ」
「そうですよ我が愛しの姫君、自分も寂しいです」
「えー、だってキラ君そっくりなんだもん。元の世界にいた、反抗期真っ只中の弟に」
「弟ぉ?」
「未だに……反抗期……ブッフォ!」
「なん……だと……」
ガックリと項垂れるキラ君。レオさんが妙な顔で返した横で、ジャスターさんが盛大に吹き出す。ジャスターさんは笑いの沸点がかなり低いから、芸人にとってはありがたい限りだ。いや、私は芸人じゃないけど。
それにしても知ってます? 美形って爆笑してても、変わらず美形なんですよ?
「新人君、まずは弟からスタートとは前途多難ですね」
「……ぐぬぬ」
「気安くなってくれても家族としてなんだな。それなら今のままで我慢するか」
おでこにアサギの蹴り跡をつけたまま、レオさんはやれやれとため息を吐いている。
この世界での保護者であり、私を守ってくれている人に対してくだけた態度はとれませんよ。キラ君は弟だから別腹です。
「ほらほらレオさん、とりあえず塔に帰りましょう。神官様、付き添っていただきありがとうございます」
「わかったわかった、押すなよ姫さん。神官さんもまたな」
「お世話様です」
「また来る……兄上」
「道中お気をつけて」
私たちのやり取りを楽しそうに見ていたキラ君のお兄さんは、微笑みを浮かべたまま優雅にお辞儀をする。
その動作が何となく「弟をよろしく」って言ってるみたいだなと思ったりした。
塔に戻ると、セバスさんとサラさんに(キラ君が)怒られた。
私のせいで遅くなったからと言ったんだけど、サラさんの怒りはおさまらない。
「どれほど心配したと思っているんです!」
「すまぬ」
ぺこりと頭を下げると金髪がさらりと揺れる。そんなキラ君の素直さにサラさんは少し驚いて「次はないですよ」と言って許していた。
「姫様。祈りの塔で何かありましたか?」
「んー、キラ君のお兄さんって人に会ったくらいだけど?」
「それだけですか?」
「んー、たぶん」
久しぶりだろう兄弟との逢瀬が良かったのかなとつらつら考えていると、馬車を返しに行ってたレオさんが戻ってきた。ふわりと香るレオさんの匂いに頬を緩ませ、とたとたと駆け寄って近くでくんかくんかする。
「レオさん、いい香り。石鹸?」
「いや、別に何もやってないぞ」
「おや? 筆頭はオヤジ臭いとか言われたくないと、日に何度も……」
「黙れジャスター!」
これはいけない。彼らくらいのお年頃によくある、デリケートな問題だ。
大きな声をあげるレオさんの服をグイッと引っ張った私は、そのまま頭を抱えるようにして再びくんかくんかする。頭よし。首すじよし。他もよし。
「よし。大丈夫だよレオさん。全部いい匂いだったから」
「え、あ、そ、そそそうか。ありがとな姫さん」
「どういたしまして!」
両手で顔を覆いながら礼を言うレオさんに、泣くほど気にしていたのかと私は「いいことをした」とご満悦だった。
でもその後、サラさんとセバスさんから「ご褒美はほどほどに」と言われたけど、匂いかぐのってご褒美? 騎士ってよく分からない。
お読みいただき、ありがとうございます。
連休前でバタバタしているので、明日の更新はお休みします。
よろしくお願いします。




